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ALPINA: The Promise of Twilight  作者: 小深田 とわ
第3章:Mixture of Souls
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第245話:神と悪魔⑩

 もっとも、それが何時いつになるかは全く以て不明。一応、草創の108柱として創造された上で一度も死を経験していないアルピナは、蒼穹にまで出て来さえすれば朧気にではあるものの蒼穹全体と神界アーラム・アル・イラーヒーを合わせたこの世全てを把握可能。そして、不閉の魔眼を持つ為にそんな彼女より魔眼の精度が上のスクーデリアでも誤差程度にしか変わらない。数十億年生きて漸くそれなのだから、恐らく追加でもう数十億年程生きれば現時点の神眼には追い付くだろう。そう考えれば、希望も微かに見えてくるかも知れない。

 なお、アルピナとエロヒムによるそんなやり取りは傍から見れば全く以て面倒臭いやり取りにしか見えないが、本人達は何だかんだ言って楽しそうにしているのだからそれで良いのだろう。どの道ここ神々の間ヒー・メタクシュー・セオーンでは誰も咎める者はいないのだから好きにすれば良いだけなのだ。


「フッ。相変らずの自信家だな、君は」


「いえいえ、アルピナちゃん程ではありませんよ」


 穏やかで可愛らしい相好と声色と口調で相互に紡がれる言の葉。しかし、そんな薄氷の平穏で覆われた背後ではさながら地獄の如き混沌とした睨み合いが交わされている。互いが内奥に秘めたる不器用な本音をひた隠しにする様に渦巻く意地悪さと面倒臭さが、何時いつまでも飽きる事無くその存在を主張していた。

 いい加減にそんなくだらない意地なんか捨てて素直になったら良いのに、と言ってしまいたくなるが、しかし彼女達としても退くに退けない所(まで)来てしまった自覚がある為に足踏みしてしまっているのだ。ここで折れれば負けを認める様なもの、あるいは怖気付いて後退した軟弱者だ、という存在する筈の無いレッテルが脳裏に浮かび、彼女らの行動範囲を狭めているのだ。

 それに、これはこれでエロヒムらしいしアルピナらしいとも言える。下手に素直になって見た目通りの可愛らしい少女の如き態度振る舞いをするアルピナや創造された生命及び時空を大切にするエロヒムなんて想像付かないし、して欲しくもない。勿論、それをするならするで引き留めるなんてマネはしないが、しかし態々《わざわざ》そんな事をする筈がないと断言出来る為に兎や角言う積もりも無かった。

 なおそもそもとしてエロヒムもアルピナもそんな事をする積もりは毛頭なかった。確かに面倒臭い関係だと自覚してはいるものの別に現状に不満がある訳では無いし、特別何処(どこ)かしらに実害が及ぶ訳でも無いのだから変える必要も無かった。何だかんだ言って現状には満足しているし、下手に取り繕って改善するよりも心に染み付いた何時いつも通りな態度の方が何かと気楽に過ごせるものだ。

 両者の間に奇妙な感情が流れる。まるで見えない糸で繋がっている様な得体の知れない感覚が全身を襲い掛かる。存在しない筈の空気に代わり空間を形成する神力が渦巻き、無風の筈の室内に温かな風が微かに戦いだ様な気がした。

 数秒の無言が流れた。環境音一つ生じていないその時間は耳が痛くなる程の静けさだったが、しかし不思議と居心地悪さは感じなかった。一応ここがアルピナからしてもエロヒムからしても実家に相当する為というのもあるだろうが、それ以上にこの状況からでも居心地の良さというものを感じてしまうのだった。

 果たしてそれが何に由来する居心地良さなのか全く以て分からなかったし、そもそもとしてこの感情が本当に居心地の良さなのかすら分からなくなってしまっていたが、それでも悪い気がしないのは事実だった。しかし、下手に害が及ぶ訳では無いのだから気にするだけ野暮だろうか。

 そして、そこから最初に何らかの動きを見せたのはアルピナだった。彼女は小さく息を零すと改めてエロヒムを見据え直す。男性的な濡羽色のロングコート及びそれと同色のプリーツミニスカートの裾が靡き、背中から伸びる三対六枚の悪魔的翼を数度羽ばたかせる。それに呼応する様に魔力が周囲に撒き散らされ、猫の様に大きな金色の魔眼から齎される蛇の様に鋭利な眼光が改めてエロヒムの魂を貫く。後頭部で一つに纏めた蒼玉色サファイアブルーのメッシュが入った濡羽色の髪が微かに揺れ、甘い香りを漂わせる。

 さて、と彼女は片手を自身の腰に当てつつ軸足に重心を傾ける。対面するエロヒムに対して極自然体なウィンクを向けるその仕草は外見相応に可愛らしく、しかし冷徹()つ傲慢な彼女の本質とはかけ離れたもの。それでも、それがかえって彼女の魅力を殊更ことさらに引き出しているのであり、それは生みの親たるエロヒムをして認める所だった。そしてアルピナは、個体色と服装以外が鏡写しの様に瓜二つでありあたかもセツナエルと話しているかの様な雰囲気を覗かせる眼前のエロヒムに対して言葉を続ける。


「ワタシはそろそろあの世界に戻るとしよう。真面な回答は得られなかったとはいえ、聞きたい事は粗方聞けた。それに、これ以上待たせてしまってはまたあの子達に怒られてしまうからな」


 脳裏にスクーデリアとクィクィの顔を思い浮かべつつ、アルピナはその恐ろしさにワザとらしく怖がる振りをする。過去の行いのせいで如何どうしても彼女達に頭が上がらないのは事実だが、だからこそその恐ろしさはある意味では現実通りとも言える。全悪魔を統べる悪魔公としては何とも情けない姿だが、天使長セツナエル及び皇龍ジルニア共々同様なのだから、最早仕方無いし様式美とも言えるだろう。

 やれやれ、とばかりに自身の情けなさとスクーデリア及びクィクィの叱り顔を意識の外に放り出しつつ、アルピナはエロヒムに別れを告げる。そしてそのままきびすを返して部屋の入口扉へ向かおうとしていたが、あぁそれと、と何かを思い出したかの様に一度立ち止まり、エロヒムの方へ顔だけを向け直した。


「以前、君にはくだんの罪を不問にしてもらった恩がある。お礼と言っては何だが、多少の要望なら契約無しで聞いてやろう。もっとも、かみである君がワタシに何かをこいねがうとは思えないがな」


 フッ、と不敵な笑みを浮かべつつ、アルピナはエロヒムに投げ掛ける。心の奥底を覗き込む様なその冷徹()つ妖艶な瞳は、しかし何処どこか嘲笑しているかの様でもあった。エロヒムが神の子に何かを頼むというのは、それこそ王が奴隷に対して命令では無い単なるお願い事をする様なもの。ずあり得ない事だと断言して良いだろう。

 なお、悪魔の行動原理は全て他者との契約に基づいているが、それは何も他の神の子や人間を始めとするヒトの子にのみ適応される訳では無い。前例が無いとはいえども、魂を有する以上はエロヒムも悪魔に対して指示以外で何かを願う時には、必ず契約を介す必要がある。

 しかしアルピナは、それを自身の権限で一度だけ免除してやろうというのだ。内容が内容だけに本来であれば基本的に許されない様な暴挙だが、しかし彼女が務める悪魔公という地位は全悪魔の中でも頂点に立つという事もあり、多少の好き勝手は許されるのだ。後でスクーデリアやクィクィにバレたらまた面倒になる事は確実だが、しかし相手がエロヒムという事もあるし理由も理由だけに相当のヘマをしない限りはアルピナでも丸め込める自信はあった。

 それだけ言い残すとアルピナは再び歩みを始めてここ神々の間ヒー・メタクシュー・セオーンから出ようとする。流石のアルピナといえども、ここ神々の間ヒー・メタクシュー・セオーンの様な神力そのものといって過言では無い様な特殊な空間には連続して長時間滞在できない。あの星の暦を基準にして精々1.0×10^7(10,000,000)年が限度であり今回は時間にして僅か10分前後でしかないが、久し振りに神力を浴びるという事もあり気持ち的に早く出たかったのだ。あるいは、ここ暫く地界で生活していたという事もあり体内時計が狂ってしまったのかも知れない。いずれにせよ、極力早く出る事自体に損は無いのだ。

次回、第246話は5/31公開予定です

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