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ALPINA: The Promise of Twilight  作者: 小深田 とわ
第3章:Mixture of Souls
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第243話:神と悪魔⑧

 それで、と姿を具現化させ切った神は徐に呟く。アルピナに負けず劣らずな可憐さとスクーデリアを彷彿とさせる落ち着いた美麗さを兼ね備える美女の姿を身に纏うエロヒムは小さく息を零した。その瞳は何処どこか物憂げであり、対極する可憐で天真爛漫な声色と合わさって奇妙な不安感が周囲に漂い始める。


「貴女はこれから如何どうする積もりなの? シャル君もルシーちゃんも殺しちゃって、次はバール君とラムちゃんにまで手に掛けようとしてるじゃない。まさか、また神龍大戦を始める積もりじゃないわよね? 幾ら私には何の影響も無いし理由上仕方無いとはいえども、加減は考えなさいよ」


 つい先程(まで)の少年体のエロヒムとは違い、何処どこか神の子達の生死を心配するかの様な態度と反応を示す女性形のエロヒム。同一でありながらもまるで異なる姿勢を見せるのは、それはこの二者のエロヒムが同一でありつつも相異なる存在である為。確かにエロヒムは唯一絶対の一柱ひとりしか存在しないが、しかし同時にあらゆる可能性を兼ね備えている事もあり、こうして姿形に応じて心境が変化する事も容易にあり得るのだ。

 それでもやはり、エロヒムとしての本質はどの姿形であろうとも揺らぐ事は無い。形としての心配と配慮を口にはすれども、しかし本心としては神の子以下のあらゆる生命や次元の未来は仮令たとえ如何どうなろうと全てが他人事でしかない。

 そもそも、蒼穹は別名〝かみの箱庭〟。何が起きてもそれは箱庭内の出来事であり、エロヒムにとっては砂場とそこで遊ぶ幼子に同じ。城を作ろうがトンネルを作ろうが水を流そうが砂鉄を集め様が、仮令たとえ子供が何をしてもそれを母親はそれを温かく見守る様に、エロヒムも彼ら神の子を見ても同様の眼差しを向ける事しか有り得ないのだ。

 し仮に本心から心配しているのであれば何らかの介入が行われていなければならないだろう。口先だけの心配や不安という事は、つまり言い換えれば畢竟そういう事なのだ。所詮、エロヒムエロヒムであり万物は万物でしか無いのだ。

 だからこそ、その言葉とは裏腹にエロヒムは自身の本心を包み隠さず曝け出すかの様な無感情な相好を保っている。そして、さながらスクーデリアの眼光を彷彿とさせる様な狼の如き金色の神眼がアルピナの心を丸裸にしようと襲い掛かる。

 しかし、アルピナの強靭な閉心術は神眼による読心を辛うじて防ぎきる。本来であれば神の子がエロヒムの力に抗う事などまず不可能と言って差し支えないだろう。それでも、アルピナは自身の魂を雁字搦めにする強靭な意地と罪悪感でそれを凌駕したのだ。

 それはつまり、かつての神龍大戦やそのきっかけとなった一件から齎される一連の心情が、それ程(まで)に強靭でありそれ程(まで)にアルピナの心を蝕んでいるという事なのだ。仮令たとえエロヒムであろうとも侵害する事を許されない程に、アルピナが内に秘める決意は強固だったのだ。

 そして、アルピナはそんな決意と意地と罪悪感を包み隠す様にあり合わせの演技力でもっともらしい態度を形作る。一世を風靡した大女優では無い為に演技力はご愛敬だが、しかしそれがかえって彼女の本心に対する説得力を齎す事となるのだった。


「結果的に開戦してしまったのであればそれは仕方ない事だろう? しかし、ワタシも一応二代目とはいえ悪魔公。他の悪魔達を守護し先導する立場にあるわば管理職。己の勝手都合であの子達を危険に晒す様なマネは出来無い」


 管理職としての責任感をヒシヒシと感じているかの様な発言を零すアルピナ。普段の勝手気ままな我儘で傲慢で傲岸不遜で威風堂々とした態度の何処どこにそんな責任感があるのだろうか、と追及したくなるが、しかし彼女にも彼女なりの想いというのがあるのだろう。


「まぁね。アタシとしては別に何方どちらでも良いもの」


 だからこそ、そうしたアルピナの思いを尊重する為にも、エロヒムは彼女のそうした思いについて兎や角批判しようとは思わない。何も思う所が無いといったらそれは完璧な嘘でしかないが、だからと言ってその全てを一一いちいちお世話してあげようとなどとは思わなかった。

 というのも、エロヒムは基本的に神界アーラム・アル・イラーヒー外の一切については不干渉の姿勢を貫いている。確かにエロヒムにとって彼女を含む神の子は我が子も同然ではあるが、しかし決して幼子という訳では無い。創造より幾星霜の時を経て、今や立派に独り立ちした良い年をした大人同然である。今更そこまで過保護になって面倒を見てやれる程、エロヒムもお人好しでは無かった。

 そして、それは彼女達神の子からしても同じ思いだった。その中でも取り分け彼女達草創の108柱は、他の神の子大半と異なりエロヒムに対する親子的情というのは少々色濃く塗られている。と言うのも、他の神の子大半が神界アーラム・アル・イラーヒー乃至ないし各世界の天界及び魔界に存在する生命の樹より産み落とされたのに対し、彼女達草創の108柱に関してはエロヒムの直接的施しを受けてこの世に創造されたのだ。その為、彼女達草創の108柱は他の神の子大半と比較してエロヒムという存在をより身近かつ親密に感じてしまう傾向があるのだ。

 故にこの場にいて、エロヒムと悪魔は内心で全幅の信頼と格別の想いを抱きつつも、それを恥じらうかの様に口先では辛辣()つ不愛想な言葉で取り繕う。中々素直になれないその姿は傍から見れば何とももどかしいかも知れないが、しかし誰も聞いている人がいないのだから別に構わないだろう。

 それに、何も今に始まった事では無いのだ。彼女がエロヒムにより創造されて以来、それこそ数十億と数えられる幾星霜の時の彼方から今に至るまで繰り返されてきた何時いつも通りのやり取り。ある種の風物詩とも見られ得る様な仲睦まじい光景だった。

 そんな折、エロヒムは再びその肉体を空間に霧散させる。あぁそうでした、と先程(まで)とは打って変わった丁重()つ冷静な少女の如き声色が、今(まさ)にアルピナの眼前で姿形を朧気にしている女性の声と重なる様にして反響する。

 何度も何度も姿形を変えてばっかりせずに少しは落ち着いたらいいのに、と呆れてしまいたくなる気持ちが心の片隅に浮上してくるが、しかしアルピナは適当な所でその感情を有耶無耶にしてエロヒムの動向を窺う。今更どんな姿形を取っても別に困る事は無いし、そもそもとして何らかの姿形を取るとも限らない。その気になれば精神生命体として不可視の存在へと変質する事だってできるし、概念的存在として意思や思考そのものになる事だって可能なのだ。

 そんな予測する事が到底敵わないと分かり切っている事柄だからこそ、アルピナとしても今更何らかの情動を表出させられる事無く冷めた瞳で見据える事しかしなかった。時間にして僅か数秒にも満たない変質に要する時間だが、そんな時間すらも煩わしかった。


「ジル君は元気にしていますか?」


 やがて朧気に新たな肉体を構築したエロヒムは、その姿形に相応しいだけの清楚でお淑やかな声色と口調で言葉を紡ぐ。さながらアルピナをそのまま鏡映しにしたかの様なその出で立ちは、あるいはセツナエルに酷似しているのかも知れない。宵闇より深い濡羽色の髪に映える金色のアクセントカラーは、アルピナの蒼玉色サファイアブルーやセツナエルの茜色と同じくその個体の色を反映したもの。この世の森羅万象を司るに相応しいその色は、同色の瞳と併せて眩い程の輝きを齎してくれる。

 何とも言語化し辛い所業だろう。まさしく自分への当てつけだという事が、アルピナには嫌という程理解出来てしまう。ついついその清純で大人しい可憐な姿形に引き摺られる様に誤解してしまいがちだが、眼前の存在は創造神なのだ。まさかそんな素直な性格の筈が無いだろう。

 それでも、アルピナは一一いちいち突っかかる事無くその態度を受け流す。今更逐一相手にするのも飽きてきたし、どの道会話と態度が其々《ぞれぞれ》堂々巡りするだけに終わってしまうだろう事は容易に想像が付く。適当に心中で一笑に付した所で改めてエロヒムの言葉に向き直るのだった。

次回、第244話は5/29公開予定です

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