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ALPINA: The Promise of Twilight  作者: 小深田 とわ
第3章:Mixture of Souls
235/511

第235話:神界

【同刻 神界アーラム・アル・イラーヒー

 

 新緑薫る長閑な平原が何処どこまでも無限に続く。そこは、死と不安が渦巻くこの世の混乱から完全に切り離された楽園そのもの。如何いかなる悪意や憎悪をも決して受け付ける事の無い絶対安寧のエスケープゾーンとしての装いを全面的に押し出すその空間は、あらゆる生命の母にしてあらゆる時空の父であるエロヒムが住まう地。神話などで度々登場する〝神界しんかい〟と呼ばれる領域そのものだ。

 尚、人間社会で広く認知されている神々が住まう領域の名称は〝神界しんかい〟だが、エロヒムや神の子といった所謂いわゆる当事者達の社会では〝神界アーラム・アル・イラーヒー〟が正式な名称として充てられている。しかし、時代が変遷するに従い神の子達の価値観がヒトの子の影響を強く受けてしまい、今では神の子達の間でも〝神界しんかい〟という呼称が一般的となっている。一応は正式な場では〝神界アーラム・アル・イラーヒー〟という呼称を使用する様に通達されているが、それも精々が努力義務でしかない為にそれ程厳格に守られている訳では無い。

 同様に、〝天使てんし〟の正式名称は〝天使アンゲロス〟であり〝悪魔あくま〟の正式名称は〝悪魔ディアボロス〟であり〝りゅう〟の正式名称は〝ドラコーン〟である。また、〝かみ〟だって〝神の子(セオウ・ヒュオイ)〟だし〝ヒトの〟だって〝ヒトの子ヒュオイ・アンスロポーン〟が正式名称なのだ。しかし今の時代にいてこれらの正式名称は最早死語同然の代物へと堕落してしまっている。

 兎も角、そんなさながら人間達が夢想と理想の極致として想起する天国だったり約束の地だったりニライカナイに近いと言っても過言では無い様な領域がそこには広がっている。いずれにせよ、そこがあらゆる生命にとっての理想を体現した様な正しく楽園そのものである事には変わりない。ヒトの子であれ神の子であれ、そこは万物に共通する快適さをそのまま具現化しているのだ。

 そんな長閑で静謐な大地を天上より包み込む透き通る様に美しい空に、突如として荘厳な門戸が出現する。空間をそのまま切り開いたかの様なそれは、空気の代替を為す様に神界アーラム・アル・イラーヒーに隈なく満ちる力である神力のみで形成されたもの。純粋なエロヒムの力によって支えられたそれは、近付く事すら本来であれば憚られても何ら不思議ではない程に神々しい。

 しかし、その門戸は一柱ひとりの悪魔の手によって容易に操作させられる。まるで自宅の玄関扉を開くかの如きその所作は、一切の緊張感を感じさせない非常に慣れた手付きだった。それも当然であり、彼女はこれまでも幾度と無くその扉を使い続けてきたのだ。今更この程度の事で動揺する程に彼女の心は小さくなかった。

 彼女はアルピナ。この世を管理する神の子の内の一種である悪魔であり、その悪魔を統括及び指揮する悪魔公。一見して10代後半の人間の少女の様にしか見えない彼女だが、その内奥には如何いかなる者をも寄せ付けない圧倒的強者としての覇気が暴流している。

 そんな彼女は門戸から身体を覗かせると、そのまま極自然体な身体動作で神界アーラム・アル・イラーヒーの大地に降り立つ。この地で生まれた彼女にとっては帰省の様なものであり、何方どちらかと言えば緊張感よりも実家に帰った安心感の方が大きかった。

 さて、と平原に降り立った彼女は空間を満たす神力に身体を慣らす。今更神力に当てられて体調を崩す様な事は無いが、それでも久し振りに浴びるという事もあって大事を尽くす事に損は無いだろう。三対六枚の翼と金色の魔眼はそのままに、肩の力を抜いて精神を落ち着かせる。


 漸く着いたが、相変わらず神界は長閑なものだ。とても天使と悪魔が抗争中とは思えないな。別に悪くは無いが、これだけ緊張感が無さ過ぎると抗争中である事を忘れてしまいそうだ。


 やがて一息ついた彼女は、視界の先に聳える幻想的な美しさを放つ宮殿を見据える。この世に存在するあらゆるものよりも荘厳で美麗なそれは、この長閑で牧歌的な理想郷の如き平原が広がる神界アーラム・アル・イラーヒーいて異彩を放っていた。

 それは神々の宮殿(カルス・アラーハ)。この世を創造した母にして父でもある天上の主たるエロヒムが住まう宮廷。何人たりともその上に立つ事の許されない雲上人たるエロヒムだからこそ許されるその豪華絢爛さは、まさしくエロヒムエロヒム足らしめるのに相応しいだけの神々しさもまた併せ含んでいた。

 あるいはエロヒムが住んでいるからこそそれだけの神々しさがあるのかも知れない。しかし、そこまで来ると最早卵が先か鶏が先かという哲学的な問題と成り下がってしまう為、余り深く考えるべきでは無いだろう。

 そんな相変わらずの豪華絢爛さと神々しさに、アルピナは溜息を零す。やれやれ、とばかりに呆れ果てるのはその価値が余り理解出来ない為。趣味が悪い、と拒絶している訳では無いが、自分の住処にも同様の豪華さを持たせようとは到底思えなかった。

 それでも、アルピナは適当な所でその感情に見切りを付ける。今更どれだけ呆れ果てても何かが変わる訳では無いし、そもそも他者の趣味嗜好に口を出すのは自由原則に反する行為でしかない。個人の趣味嗜好は個人の価値観によって異なるのだし、それを他者に強要される様な事はあってはならないのだ。

 だからこそ、アルピナはそれから齎される感想を適当に受け流しつつ神界アーラム・アル・イラーヒーを歩く。態々《わざわざ》飛んで移動する程の距離でも無いし、ぐそこが宮殿の敷地門なのだ。どの道神界アーラム・アル・イラーヒーへの門戸を開くのに消費してしまった大量の魔力を回復する為の時間が欲しかったという事もあり丁度良かった。



 やがて、ものの数分程でアルピナは神々の宮殿(カルス・アラーハ)内へと足を踏み入れる。広大な敷地が態々《わざわざ》御丁寧に城壁と門で囲われているが、そもそもとして神界アーラム・アル・イラーヒーにはエロヒム以外住んでいないのだから何の意味も成さない。これはだ蒼穹に世界が創造される以前の時代、つまり全神の子がエロヒムと共にこの神界アーラム・アル・イラーヒーで暮らしていた時代の名残。当時から別に立ち入り禁止という訳では無かったが、形式上の線引きとして敷設されたものだった。

 なお、そういった歴史的背景があるお陰か、現在はエロヒムしか住んでいないここ神界アーラム・アル・イラーヒーにも天使や悪魔乃至(ないし)龍に由来する建造物や遺物が点在していたりする。役目や機能を有するものは一つも無く全てただのモニュメントでしかないが、そういう時代もあったのだと認識させるにはこれ以上無い客観性があるだろう。

 当時を知るアルピナは、そんな点在するあらゆる遺物を懐かしむ様に一瞥しつつ歩みを進める。確かに懐かしいが態々《わざわざ》足を止めて感傷に浸る程に思い入れがある訳では無いし、仮にあったとしてもそもそもとしてそんな事をする様な性格では無かった。

 その後、アルピナは神々の宮殿(カルス・アラーハ)の本館とも言えるその建物の前に到着する。龍——平均体長は尻尾を込みで18m程度で、基本的に15~22mの範囲に収まっている。その中でも22mを超える者はかなり珍しい——でも余裕をもって通れそうな程に広い入口扉と、その前には10段足らずの外階段。人間社会なら到底真面に値段が付けられない程に美しく、そういった類に対して興味が無いアルピナでも感心させられてしまう。

 しかし、そんな感心もそこそこにアルピナはさっさと扉を開けて中へと入る。ここへは観光の為に来た訳では無いのだ。目的を履き違えて観るべきものを見誤ってしまっては元も子も無い。仮にそんな事をしようものなら自分は悪魔公としてどころか悪魔として失格だろう、と彼女は冷笑しつつ心中で思うのだった。

 そうして足を踏み入れた宮殿内部だが、当然の事(なが)ら内部も外部に負けず劣らずの豪華絢爛さと神々しさを兼ね備えた非常に非現実的で幻想的な空間が広がっていた。エロヒムしかいないのにこれだけの規模はかえって無駄でしかないだろう、と言いたくなるが、しかし権力を示すには形から入るのが案外手っ取り早いのかも知れない。そんな事に全く気をつかっていないアルピナには到底分かり兼ねる難問だった。

 その後もアルピナは黙々と宮殿内を歩く。内部構造は全て頭に入っているし、そもそもここは草創の108柱である彼女にとって実家である。分からない筈は無いし、幾ら実年齢が所謂いわゆる高齢者とはいえどもも分からなくなる程にボケた覚えも無かった。

 なお、彼女がここを実家として認識するのは彼女が草創の108柱である為。神の子の試作品としてエロヒムの手により直接創造された原始の神の子だからこその認識である。一方で、同じ神界アーラム・アル・イラーヒー生まれでも草創の108柱では無い旧時代の神の子は認識が異なる。

 天使だと智天使級~力天使級、悪魔だと侯爵級~伯爵級(まで)が該当するその区分の神の子の場合、その生まれは同じ神界アーラム・アル・イラーヒーでも神々の宮殿(カルス・アラーハ)では無く生命の樹になる。神の子の完成品として生を受けた彼ら彼女らはエロヒムの直接的な施しを受けていない為、その帰巣本能が神々の宮殿(カルス・アラーハ)へ向く事は無いのだ。

次回、第236話は5/21公開予定です。

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