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ALPINA: The Promise of Twilight  作者: 小深田 とわ
第3章:Mixture of Souls
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第233話:宇宙の宇宙

「ん? 神界に行くのにその渦は使えないんだろ?」


「あぁ、これは魔界に行く為だ。ここから直接神界(まで)飛んでも良いのだが、天魔の理のお陰で我々神の子は地界にける力の放出量が神によって制限を掛けられているからな。少々手間だが、魔界から向かった方が天魔の理が適応されないお陰もあり結果的に早く到着出来る。ただそれだけの事だ」


 やれやれ、とばかりに小さな溜息を零しつつアルピナは端的に説明する。天魔の理如きに態々《わざわざ》説明しなければならない程の重要性も無いのだが、しかしそうして疑問に思うのであれば答える事も吝かでは無いだろう。

 それに実の所、クオンにも全くの無関係という訳では無かったりする。今彼が持つ龍魔力程度であればだ問題無いが、追々彼が天魔の理にも抵触する程の成長を見せる可能性だってある。それ以上に、今後の可能性や旅の裏事情を考慮すれば知っておいた方が良いのかも知れない。

 しかし、そんな彼女の思いはついぞ口に出される事は無かった。納得した様なクオンの顔を適当に一瞥し、彼女はそのまま黄昏色の渦へと足を踏み込む。何度も通った事があるその渦は、今更高揚感だったり不安感だったりといった感情の起伏を生み出す事は無い。日常の一コマと大して変わらない作業行為として軽く受け流されるのだった。

 そして改めて彼女は、スクーデリアとクィクィに念押しの眼差しと言葉を向ける。何が何でもクオンと彼が保有している遺剣と龍魂の欠片を守り抜いてくれ、というその願いは、さながら上位三隊の天使と対面した時の様に真剣なものだった。

 それに対してスクーデリアとクィクィは何とも頼り甲斐のある相好を浮かべ、アルピナもまた安心した様に微笑みを返す。そしてそのまま彼女は黄昏色の渦の奥へと身を投じ、第二の故郷とも言える魔界へ進入するのだった。

 やがて黄昏色の渦は縮小し、押し退けられていた周囲の空間が再結合する様に渦を消失させる。頭痛や眼痛を齎す程に濃密だった魔力もそれに合わせて霧散し、平時と何ら変わらない人間社会が帰還するのだった。

 さて、とスクーデリアはクィクィとクオンと栗毛の少年を其々見つめる。アルピナから代理的に引き継いだ全体の纏め役としての職務を全うすべく、彼女は今後の行動を脳裏に思い描く。アルピナが帰還するまでの約四日、そして英雄達が到着するまでの約五日、そして何時いつ来るか分からない天使達の襲撃。それを俯瞰的に眺め、彼女は今自分達が取るべき行動を逡巡する。


「暫くは暇になりそうね。無駄に私達から動いても徒にリスクを増やすだけだし、それに喫緊でしなければならない事も無かった筈だから」


「そだね。じゃあさ、何処どこか適当な所でお茶でもしながら時間潰そっか。ずっと此処で立ち話するのも疲れたし、それにまたボクお腹空いてきちゃったからさ」


 天真爛漫で明朗快活な態度と声色でクィクィは提案する。緋黄色の髪を揺らしつつ同色の瞳を輝かせる彼女の振る舞いはいとけなくありつつも非常に可愛らしい。無垢の民草がそれを見ればほぼ確実に見惚れてしまうだろうそれは、しかし幸いにも誰の瞳にも映らなかった。

 それを受けてスクーデリアは、仕方無いわね、と上品()つ妖艶に微笑みつつ彼女の提案を素直に受け入れるのだった。貴方達もそれでいいでしょう、とクオンと栗毛の少年にも確認を取りつつ、二柱ふたりの悪魔は足早()つ優雅に大通りへと向かうのだった。

 しかし、一見して素直に受け入れた様に見えてもクオンの心中は余り穏やかとは言い難かった。そもそも、悪魔は空腹になる事は無い。魂から産生される魔力が身体を形成するのであり、経口にしろ他の方法にしろ外部から別途エネルギーを摂取する必要は無い。

 それに、クィクィが提案してスクーデリアがそれを了承した所で最終的にお金を払うのは全てクオンだ。旅に出立する前に自宅から持ち出して異空収納に保管していたはずの金銭が彼女達にことごとく消費されているのだ。

 今となってはもう諦めが付いているので態々《わざわざ》文句を言う事は無いし怒ったりする事も無いのだが、それでもやはり平穏な精神環境とは言えなかった。ただでさえ神の子に満腹の概念が無い上にクィクィが取り分け大食感なお陰もあり、溶ける様に減っていく残金には頭が痛くなってくるのだ。今となっては真面な収入源が無い事からも、これからの生活が非常に悩ましかった。

 それでも、クオンは気持ちを切り替える。別に彼女達はただ楽しんでいるだけであり何らかの害を及ぼそうとしている訳では無いのだ。それに、ただ見る分に限っては非常に可愛らしくも美しくもあるし、席を一緒にする分に限っては非常に楽しいのだ。それを阻害するのは罪悪感が生まれてしまう。

 だからこそ、クオンは理性で不満を押し殺しつつ爽やかな相好の仮面を顔面に貼り付けて彼女達の背中を追う。栗毛の少年もそんな彼の気持ちを知ってか知らずか肩を並べる様にして一緒に彼女達の背中を軽やかな足取りで追いかけるのだった。




【数時間後 蒼穹】


 無限に広がる群青色の空間。幾億とも幾兆とも数えられる無数に輝く星々は、しかし正しくは星では無い。その一つ一つが〝世界〟と呼ばれるものであり、其々《それぞれ》が龍脈とそれに包まれた三界という構造を有している。その三界、すなわち天界と魔界と地界にも当然の事(なが)ら其々《それぞれ》神の子とヒトの子が存在しており、全てに共通するルールに基づいた魂の循環を行っている。

 そんな〝宇宙の宇宙〟とも呼称される事がある広大な空間こと〝蒼穹〟に浮かぶのは一柱ひとりの少女。燦然と輝く金色の魔眼は目尻をやや吊り上がらせつつも猫の様に大きく、その冷徹さと威風堂々たる佇まいを補強している。濡羽色に蒼玉色サファイアブルーのメッシュをちりばめた肩の長さの髪を後頭部で一つに纏め、男性的な漆黒色のロングコートと少女的な同色のミニスカートを纏っている。そして、その下から覗く雪色の肌は彼女の少女的な可憐さをより一生強調すると同時に扇情的な香りを醸し出し、背中から伸びる三対六枚の翼は彼女の悪魔的な冷徹さと残酷さを暗に示す様に揺れていた。

 全体的な印象としては10代後半の人間の少女。その中でもやや小柄な方に区分される様な子だった。しかし、ここは蒼穹である。その為、生身のヒトの子が存在する可能性はゼロなのだ。仮令たとえ如何いかなる方法を用いてその身を保護しようとも刹那程の時間すら生息する事が能わない過酷な環境である。

 つまり、その少女はヒトの子では無く完全純粋なる神の子に相違無いという事。そんな彼女は神の子の中でもヒトの子の転生を司る悪魔、その中でも頂点に君臨してその悪魔種全体を統括及び管理する悪魔公アルピナだった。

 彼女は、久し振りに訪れる蒼穹の環境に全身を晒す事で束の間の懐かしさを堪能する。ヒトの子にとっては到底生息出来無い程に過酷な環境であるここ蒼穹も、神の子である彼女からしてみれば如何どうという事は無い。むしろ、快適な程である。そもそも彼女は草創の108柱が一柱ひとり。つまり、現在こうして無数に存在する世界が存在する前に神界で生まれた神の子であり、蒼穹とはいわば庭の様なものである。今更何を苦痛に感じる事があろうか。

 さて、と彼女は周囲をグルリと見渡す。何処どこを見ても無限に続いていそうな群青の空間と星の様に瞬く各世界とが広がるだけであり、特別何かが見える訳では無い。それでも、彼女は何処どこか懐かしさを感じる様にその瞳を穏やかにする。


「久し振りの蒼穹……と言いたい所だが、精々ひと月ほど前に来たばかりだったな。人間社会に馴染み過ぎて体感時間がズレ始めたか? まったく、ワタシも随分と丸くなったものだ。これでは、あの子達に強く言えないな」

次回、第234話は5/19公開予定です。

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