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ALPINA: The Promise of Twilight  作者: 小深田 とわ
第3章:Mixture of Souls
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第231話:クオンの価値

 とはいっても、それは明確な拒絶では無い。何方どちらかと言えば嫌味や文句に近く、本気で彼女達の意思に真っ向から対立しようとは思っていなかった。した所で勝てる訳無いし、何より理屈としては納得出来ていたのだ。


「何だよ、皆揃って……。俺がそんなに信用ならないのか? まぁ、お前ら神の子の視座から見たら俺みたいな人間なんて赤子未満の存在でしかないだろうが……」


 それでも、如何どうしてもプライドがそれに対して不平不満を抱かざるを得なかった。天使や聖獣を倒して師匠の敵を討つと決意した手前、こうして赤子の様に全てをお世話されている自分が情けなくなってくるのだ。

 しかし、余り意気地になっても仕方無いだろう。ヒトの子が神の子から見れば圧倒的な程に下位種族である事は、仮令たとえどれだけ頑張っても否定出来ない事実でしかない。それは、これまでの旅路にけるあらゆる出来事を通して痛感させられている。

 だからこそ、ここで無理をしてまで己のプライドを貫き通そうとする意志には何ら価値は無い。それ処か、全体の協調性を阻害する事による停滞やくだらない道の踏み外しを誘因する可能性しかない。仮令たとえそれが小さな誤りだとしても、それがやがて大きな損失へと繋がる事だってあるのだ。

 何よりクオン自身、そこまで惨めで見苦しい心を持っている覚えは無かった。確かに自分は迷う無く悪魔に魂を売り払った軟弱者かも知れないが、かといって何が何でも自分の欲望を貫き通そうとする傲慢な我儘者ではないのだ。

 故に、クオンはそんな嫌味や文句もそこそこにして口を紡ぐ。これ以上の誹りは何一つとして利点を生まないし、何より彼自身面倒だった。それに、そもそもとして本気で彼女達の態度に不満を持っている訳でも無かったのだ。

 というのも、彼女達がそれをするという事はそれをするに値するだけの合理的な理由があるという事の裏返しである。平時なら兎も角、この様な状況下にいて理由も無く仲間を揶揄う程に彼女達は能天気ではない。あるいは楽観主義者かも知れないが、仮にそうだとしたらだからこそ状況は弁えられるだろう。

 同様に、アルピナもまたそんなクオンの考えは当然の事(なが)ら認識していた。それはクオンが閉心術で思考を秘匿していなかったお陰という事もあるだろうが、しかし前提として彼の閉心術程度なら魔法が苦手——同世代はおろか、同じく生き残りの悪魔であるヴェネーノやワインボルトにも劣る——なクィクィでも条件次第では突破出来ない事も無いのだ。もっとも彼女自身、態々《わざわざ》そこまでして彼の心を覗き見ようとする程に覗き魔になった覚えは無かったが。それでも、天使から守るという名目で彼の魂を常に保護している為に如何どうしても見えてしまうのだ。

 兎も角、そういう訳もあってアルピナはクオンの不満とも愚痴ともとれる言葉に対して微笑を浮かべる。そんな事をしていられる程に余裕がある訳では無いが、それでも彼の態度に対して微かな微笑ましさを感じていた。

 同時に、出来る事ならかつてジルニアと繰り広げた様な一波乱でも起こしてしまいたくなる程に、彼の態度から懐かしさを見出していた。しかし、そんな好奇心をアルピナはグッと堪える。彼女の眼前にいるのはクオンなのだ。来るべき時は必ず来るのだから、気持ちを先行させ過ぎて約束の時を間違えてはならない。

 それに何より、そんな事をしたらまたスクーデリアとクィクィからこっ酷く怒られてしまう事だろう。それはそれでかつての日常を思い出せて楽しくもあるのだが、流石にそれは申し訳無さ過ぎる。幾ら傍若無人で傲岸不遜な態度を常日頃から纏っていようとも、時と場所と場合だけは最低限履き違えない様にするべきだろう。

 アルピナは脚を組み、漆黒色のミニスカートの下から伸びる雪色の大腿を日輪の下で扇情的に輝かせる。少女らしい快活で可憐な雰囲気に彼女の内奥から零出する冷徹で傲慢な悪魔的覇気を重なる事で周囲に筆舌に尽し難い複雑な雰囲気を振り撒き、彼女は冷たくも温かみもある言の葉を紡ぐ。

 それは、ここがその辺の適当な店なら客が送り狼になっていたかもしれない程には危険なものだった。もっとも、アルピナにそんな心配は徒労でしかない事は確実だが。それでも、ここが人気の少ない裏通りで良かったとクオンは染み染みと感じるのだった。


「フッ、そう不貞腐れる必要は無い。君が信用ならないのではなく、君を失う訳にはいかないからこその判断だ。本来なら魔界の深奥に閉じ込めておきたい程に君の価値は高い。しかし、君はそれを望まないだろう?」


 不敵な笑みを零す彼女の相好は、身の毛も弥立よだつ悪魔らしさが十分に含まれたもの。日の当たり具合も相まって、その姿形はとても味方とは思えない。一応は味方のはずだしそうでないと困るのだが、しかしたら、という存在しないはずの仮定が現実味を帯びる様に襲い掛かってくる。

 それでも、如何どうにかクオンはその妄想を思考の領域から追い出す。現実味が無ければ客観的な根拠もない予想は単なる妄想でしかなく、それは現状では何ら価値を生まない。それ処か、思考や感情をたぶらかす原因以外にはなり得ないのだ。

 そして、クオンはそんな乱れる感情を如何どうにか押し留めて平常心を手繰り寄せる。下手な戦闘行為よりよっぽど難しいが、かといってやらない訳にもいかないだろう。如何どうにかこうにか落ち着きを取り戻した彼は、ややあって途切れ途切れになりながら言葉を紡ぐ。


「……まぁ、そういう事にしておくよ。どうせ、お前の事だ、深い理由を聞いたって、今は知る必要のない事だ、とか言って教えてくれないだろうからな」


 嘲笑する様に鼻で笑いつつ、クオンはアルピナのマネをする様な態度を見せる。最早、アルピナが何を言おうとしているのかすらも朧気(なが)ら分かる様になってきた。それはそれでいい様にあしらわれている様で癪に障る様な気がしないでもないが、かといってあらゆる手段で挑もうとも敵わない事は目に見えている。その為、少々悔しいが気持ちを押し殺して静かにやり過ごすのだった。

 なお、表向きこそそうして苛立ちを伴う反駁をしている様に見えているが、しかし現実としては全く以て苛立ってなどいなかった。状況を踏まえた上でのある種の茶番の様なものでしかなく、むしろこの状況を楽しんですらいた。

 それは、クオンとアルピナとの間に構築された深い信頼の紐帯によって齎されたもの。契約による回廊とは異なる個人的感情に基づくそれは、決して事務的な繋がりでは無かった。さながら親友の様に深く、しかし恋人の様に密接では無いその紐帯は、二柱ふたりを取り巻く特殊な環境が生み出した成果だった。

 当然クオンは、それをそのままの意味として受け止める。ラス・シャムラで出会い今この瞬間に至るまでの全てを内包するその紐帯をそのままの意味で受け止めていた。しかしそれに対して、アルピナからはその紐帯をまた異なった意味合いを含めて観測していた。

 それはさながら、クオンをクオンとして見ていない様な瞳。クオンの背後、あるいはその深奥に別の何かを見出そうとしているかの様な姿だった。懐かしさに微笑み、魂の色に未来への希望を見出すその瞳は、悪魔らしい冷徹さとは正反対とも言える穏やかさを秘めていた。

 そんな彼女の姿を見て、スクーデリアもクィクィも何処どこか微笑ましい相好を浮かべていた。彼女のジルニアとの約束と今回の旅路の本音を知っているからこそのそれは、まるで母親の様な慈愛だった。本当の彼女の母親的役割などは決して御免だが、しかし友人としてそれに近しいだけの感情を持つ事に抵抗は無かった。

次回、第232話は5/17公開予定です

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