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ALPINA: The Promise of Twilight  作者: 小深田 とわ
第3章:Mixture of Souls
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第226話:何処へ

「聞かなくてもある程度予想は付くけれど、一体何処(どこ)に行くつもりなのかしら?」


 妖艶な微笑みと狼の様に鋭利な眼光とを重ね合わせた凛々しい相好を浮かべつつ、スクーデリアは言葉を紡ぐ。極自然体なその口調は、しかしそれでいて同時にそれを聞く人に奇妙な悪寒を走らせる。まるで油断や慢心に対して改めて釘を刺す様なその感覚は、彼女が常日頃から持ち合わせている気品ある冷静さによって確立されたものだった。

 しかし、それを態々《わざわざ》尋ねたのは単なる優しさなのか後で聞かれた時に説明するのが面倒だからという理由の何方どちらなのだろうか。それを知る事はアルピナであっても叶わないが、きっとその両方の意図が込められていたのだろう。

 もっとも、その何方どちらであろうともこの際如何(どう)でも良い事でしかない。それを態々《わざわざ》断定した所で、得られるものは何も無いのだ。ただ己の興味関心の靄を払うだけの疑問に貴重な時間や気力を支払うのは費用対効果が合わなさ過ぎる。

 だからこそ、スクーデリアと同じく大方の予想が付いているクィクィは当然として、クオンも栗毛の少年もただ黙然とスクーデリアの問いに対するアルピナの返答を待つ。横から下手に口を出すのも野暮でしかないし、そもそも聞いた所で次元が違い過ぎて理解出来ない可能性の方が断然高いのだ。

 それでも、内心の片隅には微かな好奇心が沸き上がる。神の子という未だ得体の知れなさ過ぎる存在のちょっとした一欠片でも窺い知れるというのは、好奇心旺盛な男心を擽る格好の材料なのだ。堂々と顔に出したりこそしないものの、それでも完璧には隠し切れない高揚感が身体表面に鮮明に浮かび上がっていた。

 それに、アルピナもスクーデリアもクィクィも人間レベルから根本的に異なる高い知能を有している。それは多少の付き合いがあるクオンは元より出会って極僅かしか経過していない少年でも容易に認識出来る程。

 そんな神の子として持って生まれた高い知能があるのだから、きっと何らかの意図が込められているのだろう、と確信出来るのだ。決して無駄な行動をするはずも無く、龍魂の欠片探しやレムリエル達との抗争及び少年の正体や天使達がこぞって彼を付け狙っている理由を掴む為に必要なのだろう、と信頼出来るのだ。

 そんな人間達の純粋な信頼と想いを認識しているのかしていないのかは兎も角、アルピナはスクーデリアの質問に対して冷徹な微笑みを浮かべる。スクーデリアが何故そんな事を態々聞くのかを刹那程の時間で認識すると共に、事情を知らない人間達にもある程度理解出来る様に脳裏で会話の流れを想定するのだった。

 そして、彼女はそのままおもむろに口を開く。それは非常に短い単語程度の言の葉でしかなかったが、だからこそ誰でも容易に理解出来る様な分かり易さでもあったのだ。なお、その言葉が人間社会の文化文明にも同様に存在しているのかは既に確認済み。故に、その点では何も問題無かった。

 しかし、仮令たとえバカにも分かる様に説明を噛み砕いても、バカはそもそも説明を聞いていないのだ。その為、幾らアルピナが人間にも分かる様に簡潔な表現に言い換えようとも、それを聞く側が蒙昧だったら完全な徒労と終ってしまう。

 しかし幸いな事に、クオンも少年も天才ではなかったが決してバカでもなかった。相手の話を聞くだけの素直さも持っているし、聞いた言葉を理解しようと努める誠実さも持っている。故に、そういった根本的な問題とは何ら縁を結ぶ事はなかった。

 だからこそ、アルピナは何ら心配する事無く思った通りに言葉を発する事が出来た。スクーデリアからの問い掛けに対して浮かべた冷徹な微笑みをそのままに、彼女は言葉を紡ぐ。海風で御髪と服の裾を靡かせつつ、宝石の様な蒼玉色サファイアブルーの瞳を海原の様に輝かせながら、彼女の可憐な相好はより一層の輝きを辺り一面に余す事無く見せつけていった。

「神界だ。神には久しく顔を見せていなかったからな。それに、くだんについても恐らく既に周知しているだろうが少々話しておく必要がある」

 やれやれ、とばかりにその面倒さにアルピナは溜息を零す。辟易としたその相好は暗く、しかし何か思う所があるのか神妙な色も併せ含んでいる様だった。それはこれまでの旅路にいてクオンが知る限りでは見た事が無い様な色合いで、普段の彼女を知っている身とすれば非常にらしくない萎れ具合だった。

 そして何より、クオンはその言葉の内容を脳裏に反復させていた。彼の聞き間違いでなければ、彼女は確かに〝神界〟と発言したはずである。それは神話や聖典などでは嫌になる程に何度も何度も登場する事になる、世界的に有名な名称の一つだった。

 そんな有名な名称だからこそ、クオンもその言葉の意味を瞬時に理解出来た。出来たからこそ、その意味に相応しいだけの緊張感が無意識的に魂から湧出される。それはまるで、アルピナと初めて会った時の様に静謐とした荘厳な緊張感。人間社会のあらゆる場面で生じる緊張感とは、そのベクトルはまるで異なっていた。

 そして同時に抱くのは疑問。これまでの話の中でも〝神〟という名称は時折だが登場していたし、何より宗教関連の物事とは切っても切り離せない程に深い関係性がある。そのため今更真新しさこそ感じないが、かといって今更登場するというのも何とも違和感がある話だった。

 というのも、これまで登場してこなかったという事は、これまでの出来事は神にとって大した重要性を秘めていないという事だろう。あるいは神の子と異なりヒトの子や世界に対して介入が出来ないのかも知れないが、世界もヒトの子も神が創造したという歴史を考慮すればその可能性は低いだろう。

 それにもかかわらず今になって漸く登場するという事は、それなりの理由があると考えるのが筋。そもそも、全ての行動には何らかの理由が存在していなければならない。理由や根拠が存在しないという事は、それは行動とも呼べない単なる出鱈目でしかないのだ。

 しかし、クオンにはその理由が分からなかったし何故態々(わざわざ)神の許(まで)行って話をする必要があるのかも理解も出来なかった。しかし、当の発言者は自分達より遥かに優れた知能を持ち、神の子として世の理を支配している立場にあるアルピナだ。彼女がそれを必要とし、スクーデリアとクィクィがそれに疑問を持たないという事は、それが事実として必要な行動だという事の何よりもの証左。それを今更になって疑う程、彼も彼女達に対して不信感は抱いていなかった。

 それでも、幾ら納得出来ているからといっても神や神界に対して抱いている疑問が全て消失したという訳では無い。分からない事は分からないままであり、未知に対する疑念や好奇心というのは変わらず燃え続けている。

 だからこそ、クオンは素直に彼女達に尋ね返す。別に知らなくても支障は無いと思うが、かといって知らないまま過ごすというのも何か居心地が悪い様な気がした。しかし彼は何方どちらかといえば無神論者であり、以前より宗教にもそれ程関心は無かった。それにも《かかわ》拘らず自分がこれ程熱心に尋ねるのは、自分自身でも奇妙な違和感があった。

 しかし、クオンはその理由は分からなかった。アルピナかスクーデリアかクィクィに聞けばその理由も分かるのかも知れないが、それはまた別の機会でも良いだろう。今優先すべき事項ではない、と彼は断じてその思考は頭から追い出す。しかし彼は、それが実際は龍魂の欠片集め及びアルピナと彼自身との間に結ばれた契約、そしてアルピナとジルニアとの間に結ばれた約束に深く関与している事を知る由も無かった。

次回、大227話は5/12公開予定です。

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