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ALPINA: The Promise of Twilight  作者: 小深田 とわ
第3章:Mixture of Souls
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第224話:喫緊の課題

 これで仮に人間の詳細な動向を全て把握した上で完璧な予定を立てていたら、それはある種の未来予知の類になってしまうだろう。流石のアルピナ達といえども残念(なが)らそんな技術や魔法は持ち合わせていない。だからこそ、ルルシエもアルピナから齎される計画が大雑把であろうとも別に気にする事無く全てを受け入れたのだった。

 そして、そのまま精神感応テレパシーは切断される。名残惜しさに後ろ髪を引かれる事の無い何とも味気無い幕引きだが、しかしそれはそれで彼女達らしいとも言える。アルピナとルルシエはまるで異なった正反対な性格を持っている様にしか見えないが、その本質としては特定の少数以外に対する情は非常にあっさりとしているのだ。

 なお、その反対例を挙げるならアルピナ-ジルニア間だったりルルシエ-アルバート間に構築される情だろう。神の子は特定個人に対する個人的な感情を抱く事は基本的にあり得ないが、だからこそそれらには淡泊とは正反対な非常に深い情が構築されているのだ。

 そんな特殊な例はさて置き、精神感応テレパシーを切断したアルピナは小さく息を吐き零す。別に緊張していた訳では無いものの、自然と双肩に掛かる力が抜ける。悪魔の長として他を管理乃至(ないし)先導しなければならないという重圧から一時的に逃れる様に、彼女は思考をリセットする。

 やがて、彼女はおもむろに視線を澄み渡る青空から地上に降ろす。宝石の様に美しく燦然と輝く蒼玉色サファイアいブルーの瞳を動かして、彼女は自らの旅路の供であるクオン達を見据える。その相好は非常に凪いだものであり、魂の奥底に宿る本心を読み取らせてくれなかった。

 しかし同時に感じるのは、雷撃の様に激しい傲岸不遜()つ傲慢な覇気。生身の人間なら近付くだけで意識を狩り取られてしまい兼ねない程に鋭利で無差別的な残虐性を秘めた強大な代物。契約により同じ性質の力を授かっているクオンですら、その肌表面には恐怖に由来する鳥肌が薄っすらとだが浮かんで止まなかった。

 そんなアルピナは、改めてクオン達に対して口を開く。精神感応テレパシーの内容は彼らにも共有されていた為に態々《わざわざ》説明する必要は無いが、それでも詳細の共有だけは改めて行う必要があったのだ。そもそも、先程の対話で決められたのは全体に共通する事情に関してのみ。アルピナ達魔王が個別に行う言動に関しては何ら触れられていないのだ。


「さて、先程の精神感応テレパシーを聞いての通り英雄が此方こちらに到着するまでおおよそ5日といった所だ。態々《わざわざ》待たなければならない理由がある訳では無いが、かといって彼らが来るまでに終わらせなければならない事情も無いだろう?」


 片手を腰に当てて首を傾げつつ、アルピナはスクーデリア達に問いかける。極自然体なウィンクと共に奏でられる声色も相まって、その佇まい及び振る舞いは可愛らしい少女の様。燦然と輝く陽光に照らされる事で、その輝きに負けず劣らずの可憐さを露わにしていた。

 その質問は、彼女らに対する確認としての問い掛け。聞くまでも無く仔細は把握出来ている為に実際は聞く必要は無いが、彼女らの意志を蔑ろにした独裁者に成れる程にアルピナの心は冷たくなかった。傍から見れば悪魔らしい冷徹さを多く含んでいる様に見えても、その背後には非常に強い仲間意識が聳えていたのだ。

 スクーデリア達もまた、そんな彼女の内心はよく把握している。質問の意図も、その裏にある彼女の真意も、全ては長き時を共に生きた彼女達にとってみれば何時いつもの事でしか無いのだ。故に、事情は何ら把握出来ていない記憶喪失の少年を除く三柱さんにん全員は、そんな彼女の言動に対して柔らに微笑むのだった。

 そしてその少年もまた、事情を何ら把握出来ていないながらも如何どうにか理解しようと努めるのだった。命を救ってもらった手前何もせずにただ揺り籠に揺られるだけの存在へと堕落するのは流石に申し訳なかったのだ。

 それに、朧気ではあるものの何故か不思議とアルピナ達の事情が分かる様な気がした。言語化は出来ないものの、ぼんやりとした抽象的なパズルのピースが何処どこか手の届く場所に浮かんでいる様な気がしてならなかったのだ。

 しかし、かといってそれを不用意に発言して場を搔き乱す訳にはいかないという思いから彼は口を噤む。平時ならきっと相談出来ただろうが、今はとてもそんな平和的な状況だとは思えなかったのだ。もっとも、その程度なら同時並行的に処理出来たのだが、彼女達の本質を知らない以上はそう勘違いしてもおかしくは無いだろう。

 そんな少年を置いてけぼりにしつつ、最初に口を開いたのはスクーデリアだった。彼女はアルピナの幼馴染として長い時を共に歩んできた、いわば右腕的存在。だからこそ、スクーデリアはアルピナの思う所を完璧に捉えた上で彼女の言葉の流れに乗るのだった。


「そうね、今後の事を考えたらあの子達にはもっと強くなってもらう必要があるもの。少し強引かも知れないけれど、今回こそあの子達には天使と戦ってもらう事にしましょう」


「だよねぇ~。レインザードで戦った時って、天使が少なかったっていうのもあるけど、単純にあの子達には魔物との茶番ばっかりお願いしてたもんね。今回は結構天使も多いみたいだし、そろそろ天使との実戦経験があっても良いかも知れないね」


 スクーデリアの提案に対して更に乗っかかる様に賛同するのは、彼女のすぐ傍でクオンに背中を預けてもたれ掛かる様にして身体を楽にしているクィクィ。その小柄な体躯から放たれるいとけない仕草はさながら年の離れた兄弟の様に仲睦まじく、彼女が真に悪魔である事を忘れてしまいそうな程だった。

 しかし、その緋黄色の瞳から放たれる鋭利な眼光と魂から零れる冷徹な悪戯心は、彼女が真に悪魔である事を教えてくれる。アルピナをも凌駕する残虐性は伊達では無いと改めて実感させられ、しかし同時に仲間の事を大切に思っているからこその優しさも内包している事を忘れさせなかった。

 確かに、今後の事を考えれば英雄達——その中でもアルバートとルルシエの二者であり、セナは実力を考えれば優先順位が低い——には更なる実力を身に付けて欲しかった。というのも、これまでの神の子達の歴史や現状のこの国の雰囲気及び天使-悪魔間を走る緊張感を考慮すれば天使対悪魔による抗争が更に激化の一途を辿る事は確実だったのだ。

 かつての神龍大戦がその激しさの余りヒトの子の文化文明を容赦無く頽廃させてしまったのは、当時を知る神の子達にとっては記憶に新しい。そして当時から相変わらずその目的だけは知らないが、天使と悪魔による抗争が開戦する契機自体は今回も殆ど変わらないのだ。

 また、ただでさえ悪魔の数が非常に不足しているのだから、その少ない戦力を最大限活用する為にも実力の向上は喫緊の課題だった。故に、多少強引な手段を用いる羽目になったとしても天使との戦いの経験は積ませてあげたかった。

 しかし、そんな戦いを優先する為という建前の裏にはまた別の本音が隠されていた。それは単純に、天使の攻撃による被害を増やしたくないという思い。神龍大戦で同胞を多く失ってしまったという事実を今回こそは繰り返したくない、という彼女達なりの優しさだった。あるいは種族全体の管理者及びそれに近しい立場として必然的に抱く事になる無意識的な感情かも知れなかった。

 もっとも、彼女達がそれを面に出す事は無いだろう。単なる照れ隠しなのか、将又はたまたこれまで積み重ねてきた彼女ら自身を形作るブランドイメージを崩さない為の意地か。その何方どちらなのかを断定する事は彼女達自身であっても不可能であり、態々《わざわざ》断定しようとも思わなかった。それでも、きっとその両方なのだろうとクオンは朧気(なが)ら心中で感じ取っていた。

次回、第225話は5/10公開予定です。

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