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ALPINA: The Promise of Twilight  作者: 小深田 とわ
第3章:Mixture of Souls
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第223話:計画

 それでも、如何どうにか理性でその狼狽する心を抑え込んで普段と変わらない態度を保つ。指摘したい気持ちを今はグッと押し殺す事で、余計な荒波を立てない様に配慮しつつその楽しみを暫く後に取っておくのだった。

 しかし、改めて冷静になって彼女の態度を見ればこれはこれでアリなのではないかとも思えてきた。確かに違和感があるし何方どちらかと言えば気持ち悪い方ではあるが、よくよく考えれば今回が初めての事では無かった事をスクーデリアとクィクィはそれと無く思い出したのだ。

 と言っても、それは誰彼構わず振り撒く様な華やかで微笑ましい過去では無かった。それは、唯一特定の相手であるジルニアに対してのみ見せていた彼女の裏の顔。しくは、彼女が理性で常に押し殺し続けている彼女の本質的要素の表出なのだろう。

 それが何故こうして何でもない相手でしかないルルシエに見せているのだろうか。これまでの彼女なら決して見せなかっただろうし、仮に漏出してしまったとしてもあらゆる手段をもって否定する様な代物。あるいは、暴力的手段を用いて隠滅する事すら容易に想像出来る。

 幾星霜の長き時を共に歩んできたスクーデリアとクィクィですら、その理由を正確に把握する事は出来ない。きっとこうなのだろう、と朧気な予測程度にしか留める事は出来なかった。しかしそれでも、不思議と間違っている気がしなかった。

 その確信は、アルピナとジルニアの約束を知っているからこそ抱ける微笑ましさに由来するもの。龍魂の欠片を巡る一連の旅路の本当の目的を知っている悪魔種ならではの感覚だった。故に、何一つ裏事情を知らない駒同然の立場にあるクオンでは到底思い至れない結末だった。

 だからこそ、クオンはアルピナの態度に対して言葉に言い表せない様な奇妙な感覚を抱く。これまでの傲岸不遜で傲慢な態度からは遠く離れた思いりに溢れる言動は、とても彼女らしくは無かった。気持ち悪いと唾棄する事は無かったが、それでもそれに近しい程の違和感を一瞬(なが)らも抱いてしまう事に抵抗を感じなかった。

 しかし、そんな気味が悪い程に穏やかで平和的な声色だったにもかかわらず、何故か同時に懐かしさに似た微笑ましさをも感じてしまうのだった。これまでの大して長くも無い旅路の中で初めて目撃するにもかかわらず、何故かそう感じてしまったのだ。

 その原因は分からない。きっと彼女達悪魔が未だに包み隠したり誤魔化そうとしている何らかの秘密に多少の関係があるのだろう、と信頼性の欠片も無い妄想の如き予想を立てる事しか出来なかった。それでも、いずれそれも分かるだろうと自身に言い聞かせる事でそれ以上の追求が行われる事は無かった。

 そんなクオン達は余所に、アルピナのそんな穏やかな言葉掛けを受けるルルシエもまた一瞬だけ呆然としてしまう。そもそも、ルルシエはアルピナとそれ程接点がある訳では無い。何ならレインザード攻防戦が初対面であり、精々過去の功績等を全て仄聞した程度でしかない。その為、彼女の予想外の平和的口調を前にして一瞬だけ如何どう反応すべきかの正解が分からなくなってしまったのだ。

 故に、普段通りに大人しく返答すべきか、あるいは雰囲気に悪乗りして同じ様な調子で揶揄しつつ返答すべきか。それらを基軸にしたあらゆる可能性の選択肢が脳裏に過ぎり、そのどれもが捨て難かったのだ。

 それでも、停止する思考を如何どうにか理性で引き摺り戻して話の本題を手繰り寄せる。時間に追われて切羽詰まっている訳では無かったが、しかし余り悠長に時間を浪費出来る立場でも無かった。英雄として王国に仕える者として、迅速な行動が如何どうしても求められているのだ。


『ハハハッ、何か気持ち悪いくらいに優しいね。何か良い事でもあった? でも、ありがと。私達なら大丈夫だから気持ちだけ受け取っておくね。一応、天使が襲って来ない限りは私が裏でこっそり排除すればそれで良いし、仮に襲って来たとしてもセナに任せれば上位三隊以外なら如何どうにかなると思うから』


 嘲笑とも揶揄ともとれる彼女の愉快な笑みが、精神感応に乗せられてアルピナの脳裏に響く。階級の差や潜在的恐怖をものともしないその怖いもの知らずな言動は、聞いていて心がスッキリする様な朗らかさを内包している。

 だからこそ、それを受けるアルピナは最早反論する気など完全に失せてしまう。そして、諦観というよりは感心に近い様な感情で形成された何とも言えない苦笑を零すだけだった。それはそのまま天使と悪魔の抗争で生み出された緊張感や殺気を霧散させ、双肩に圧し掛かる嫌な重みを自然と解消してくれるのだった。

 しかしアルピナは、そんな穏やかで緊張感の欠片も無い感情を再び引き締め直す。というのも、まだ戦いは終わってないし、何方どちらかと言えば始まったばかりなのだ。あるいは、未だ前哨戦に近しい段階に置かれていると言った方が正しいのかも知れない状況に置かれている。

 だからこそ、それを改めて思い出した彼女は無感情で重たくありつつも緊張感の張り詰める息を静かに零すのだった。やれやれ、と辟易した様なその感情は、まさしく彼女の嘘偽りも無い正真正銘の本音だった。

 しかし同時に語弊の無い様に付け加えるのであれば、それは決してルルシエに対して向けられているものではなかった。事実、彼女の嘲笑とも愉悦とも捉えられ得るその囁きには言語化し辛い乾いた笑いしか零れない。しかし一方で、決して彼女に愛想を尽かした訳では無いのだ。

 確かに、これ以上の揶揄からかい合いはただの不毛な言い争いにしかならないだろう。それでも、決して不快になる程しつこい訳でも無い意地汚い訳でも無い。むしろ、我が子を可愛がる母親の様な穏やかさだったり気心知れた友人に対する包み隠さない信頼を感じる程なのだ。

 その為、その辟易とした溜息はルルシエに対して向けられたものではなく敵対する天使達に対して向けられた軽蔑的な代物だったのだ。幾星霜の彼方より繰り返されてきた神龍大戦やその延長線上にある今回の抗争のくだらなさに対する、彼女なりの侮蔑や呆れがその感情を構築していたのだ。

 だからこそ、そんなくだらない戦いに終止符を打ちつつも同時に自分とジルニアとの間に結ばれた約束を早く叶える為に、アルピナはルルシエに対して言葉を紡ぐ。決して蛮勇による勇み足にならない様に適度なユーモアを交えつつ、同時にそれは悪魔の長としての責任感やカリスマ性をも内包していた。


『そうか。では、5日後を目安に此方こちらも用意をしておくとしよう。といっても、天使達が我々と同じ様に大人しく待ってくれるとは到底思えないがな。……あぁそれと、今回はレインザード攻防戦の際の様に人間達を本格的に巻き込む積もりは無い。もっとも、偶発的に巻き込まれてしまったのであればその限りでは無いがな。兎も角、その都合上から君達はちょっとした露払いさえしてもらえば残りは英雄としての職務を優先してもらって構わない。あの子達にもそう伝えておいてくれるると助かるな』


 現状として未だ詳細な計画が無い為、彼女達英雄に伝える言葉もそれなりに大雑把なものにしかならない。それでも、何も伝えないよりはまだ気休め程度になるだろう、という観点から大雑把な予定だけをアルピナは紡ぐ。

 了解、とルルシエはそんなアルピナからの情報に対して楽観的()つ陽気に答える。彼女としてもそれ程詳細な計画が送られてくるとは思っていなかったし、自由意志を持つ人間達がその計画予定通りに動いてくれるとは到底思えなかったのだ。

次回、第224話は5/9公開予定です。

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