第220話:連絡
しかし、そんな外見的印象に反して内奥ではその対極にあるかの様な心情が渦巻いていた。決して怖い訳でも無ければ絶望している訳でも無い。かといって強い不安に狼狽している訳でも無く、唯々理解出来ない事情に思い悩んでいた。
それは、つい先程迄行われていたレムリエル達との抗争で感じた違和感もとい疑問。本来であれば何ら問題なく観測できるはずの彼女達の魂の色。天使というヒトの子の魂の輪廻を司る上位種族である事を示す暁闇色を、何一つとして観測する事が出来なかったのだ。
その事実は、それを突き付けられたアルピナにとって非常に痛ましい屈辱のはずだった。しかし、それ以上に強く感じるのは素直な疑問。観測出来る筈のものが観測出来ないという事実は、何よりもの強いと悩みの種として彼女の思考を支配して止まなかった。
しかし、幾ら彼女とて全知全能で唯一絶対な存在ではない。それに該当するのは神界に存在する神のみであり、決してアルピナではない。当然、彼女自身もそれを履き違える程に傲慢だったり蒙昧だったりはしない。神の子と称される神の一つ下の階級に属しているという自覚を、彼女何よりもの第一優先事項として高く掲げていた。
だからこそ、クオンがその口腔から零す提案に対して彼女は勇み足になったり慢心したりする事は無い。かといって慎重固辞になり過ぎる事も無く、真勇にも蛮勇にも偏る事も無い丁度良い思考のバランスを保つのだった。
そして同時に、あくまでもその平常心の範疇の枠組みの中で出来る事やすべき事を分析する。現時点で出来ない事や不必要な事に時間を浪費する事無く、問題解決の足掛かりを掴むだけに注力するのだった。そして、英雄の存在に振り回されて人間社会に余計な混乱を齎さない様する為にも彼らが動き出すその時を待つ事を改めて明示するのだった。
尚、それは決して彼女の独り善がりではない。場の状況を適切に判断した上での適切な提案であり、彼女以外も同意出来る事柄だった。勿論、それはスクーデリアやクィクィという悪魔種だけに適応される思考では無い。同じ悪魔である者同士として、同じ様な思考の枠組みと立場に基づく共通の回答を導き出していた。
また、最初の意見の発言者であり彼女達と行動や志を同じくするクオンもまたそれには賛同だった。抑として、最初の自身の発言に対して彼自身が大した期待を有していたなかった。始めから否定される積もりの発言だったし、仮令そうで無くても何らかの形で発言を取り消す積もりだった。
唯一、何ら記憶を持たず状況を適切に把握していない栗毛の少年だけが訳も分からないといった具合に彼女達四柱を順番に眺めていた。
しかし、状況が状況だけにそれは仕方無いだろう、という事もあって勿論だが誰も彼を批判する事は無かった。尤も、仮令同じ状況や立場同士だったとしてもそのような些末事で相手を批判する積もりは更々なかったし、それをする程に彼女達の心は狭量では無かった。
兎も角、そういう事もあって彼女達の思考や当座の目的意識はほぼ完ぺきに一致していた。勿論、個体が異なる故に微妙な部分で僅かな差異こそ生じているものの、大枠としての方向性に関しては特別齟齬や語弊無く一致している様子だった。
その上で、彼女達は当座の予定を立てるべく適当な場所に移動しようと足を動かし始める。別に此処で全て決めてしまっても良いのだが、しかし無関係な人間が大勢集うこの場所でそういった秘密裏な話をするのは可能な限り避けたかった。その上、仮に天使が突如襲撃してくる可能性を考慮すれば余り人気のある場所にはいたくなかった。
その時だった。不意に、アルピナ達三柱の脳裏に精神感応が結ばれる。突然として届くそれに三柱は挙って瞠目しつつもその主が誰かを瞬時に把握する。声色、口調、発信元の魂の色等、それを断定する要素は数多く、そのお陰も相まって発信主を特定する事は非常に容易だった。
例によってその栗毛の少年だけはそれを聞く事は出来なかったが、立場や状況を考えれば当然の事だろう。それでも、彼女達が心中で何かをしようとしている事だけは朧気乍らに認識する事は出来た。その為、彼女達の邪魔にならない様に無言でその成り行きを見守るのだった。
『あっ、急にごめんね、今大丈夫?』
クィクィの様に明朗快活で天真爛漫な口調と声色。それでいて神の子らしい冷静さと荘厳さもまた同時に併せ含んだそれは、耳にするだけで不仕事心落ち着かせてくれる。接続される魂の色味も合わせて、それがルルシエである事に何ら疑問を抱かせない。
久しぶりに齎されるその声に、アルピナもスクーデリアもクィクィもクオンも、其々が思い思いの穏やかな相好を浮かべる。人間社会のパラダイムを参照すれば遠く離れた地で英雄達の支援をして暮らしている彼女の元気一杯なそれは、彼女の身に今現時点では特別不都合が生じていない事の証左だった。
そんな、英雄側の事情を裏から全て把握している彼女からの連絡は、アルピナ達にとっては非常に好都合で願ってもいない好機。今後の予定を立てる上で英雄側の動向を把握していおきたかったという一方的な都合だったが、しかしそんな事は気にならない程に有り難かった。
だからこそ、アルピナの口元には穏やかな微笑が浮かび上がる。普段の冷徹で傲慢な雰囲気からは少しばかり逸脱しつつも、しかし外見通りの可愛らしい少女的な雰囲気は寧ろより強く感じられた。そんな周囲の目を憚る事の無い可愛らしさは、付き合いの浅いクオンにとっては非常に珍しく感じられた。しかし同時に、何処か奇妙な懐かしさが感じられる様なきもしてくるのだった。
また彼女に限らず、スクーデリアもクィクィもルルシエの声を聞いてその雰囲気に沿った相好を浮かべていた。久びりに聞く友人の声を耳にすることで、月先程迄囚われていた殺伐した戦いの香りを漸く忘れる事が出来たのだった。
そして、そんな懐かしさも一先ずにしてアルピナは彼女の精神感応に対して言葉を返す。近場に置いてある適当な樽に腰掛けて足を組むその仕草は非常に可愛らしくあると共に非常に扇情的。陽光の下で輝く雪色の大腿を隠す事無く曝け出し、同色の上肢は一方を頬杖を突き乍ら指尖を耳に当てるのだった。
次回、第221話は5/6公開予定です。




