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ALPINA: The Promise of Twilight  作者: 小深田 とわ
第3章:Mixture of Souls
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第218話:提案

 そんな彼女の思考が届いているのかは兎も角として、スクーデリアとしても彼女からの拒絶乃至(ないし)抵抗の意思表示は想定していなかったりする。その為、ただ単なる親心にも似た慈愛の眼差しだけを彼女に対して向けるのだった。

 やがて、クオンは大きく息を吐くと徐に言葉を紡ぐ為に口を開く。別に彼女達の仲睦まじい平和的()つ長閑なひと時を邪魔してやろうという意図は微塵も込められていない。むしろ、別に彼女達の気が済むまで彼女達の思うがまま好きな様にやってもらって全然構わなかった。

 というのも、最早彼女達の自由奔放な振る舞いを口先だけで丸め込められない事は明々白々だったのだ。到底不可能な事を闇雲に続けた挙句に徒に体力乃至(ないし)気力を浪費する様な愚行だけはクオンとしては極力避けたかったし、そもそもそれをする程に蒙昧になった覚えも無かった。

 それでも、彼なりの止むに止まれぬ事情によって如何どうしても口を挟まずにはいられなかった。もっとも、客観的に見てそれ程緊急的な事情があるという訳では無い。何方どちらかと言えば、クオン自身の主観的な不安心や悪い予感によるものの方が断然大きかった。

 彼がそれを思える理由は単純に、つい先程(まで)座天使レムリエルを主軸とする天使達の一団と一戦交えていた為に他ならない。戦いそのものに関しては如何どうにか収まったものの、依然として心理的な緊張状態に置かれている事には変わりなかったのだ。

 その上、ここベリーズの町そのものについても天使と悪魔の抗争によって異常に張り詰められた極度の緊張状態に陥ってしまっていた。抗争による直接的被害こそそれなりに軽微であり、復旧自体はして苦労をいられないだろう。

 それでも、これまで幾度と無く魔獣からの侵略被害を跳ね返し続けてきたという絶対的な安全神話が音を立てて崩壊した事による精神的ダメージまでは修復する事は出来ない。もっとも、時間を掛ければある程度の状態(まで)は自然治癒するかも知れない。

 しかし、安全神話というものはその性質上の理由から一度崩れ去れば完全に修復する事は出来ない。ゼロとイチの間には単純な計算では算出出来ない程に隔絶された信頼の差が含まれているのだ。そればかりは、仮令たとえどれだけ時間が経過しようともその事実が存在する限りにいて覆される事は無いのだ。

 それこそ、神の子による全ヒトの子の記憶改竄の様な大規模な介入が必要になるが、誰もそんな面倒な事をする訳が無いのは明らかな事だった。そもそも、それをする理由が無いのだ。如何どうしてもやって欲しいのであればそれ相応の対価を求める事になってしまうが、かといって人間としてもそんな事に態々対価を支払う様なマネはしないだろう。

 兎も角、それによって齎されたあらゆる可能性の糸が複雑に絡み合いながらクオンの脳裏を過った結果、彼はその脳内を得体の知れない恐怖や不安(およ)び予感によって支配される事となってしまっていたのだ。それは彼の様な俗世間から身を退いた者であろうとも容易に打ち消せない程に強く鋭利にこびり付いて離れなかった。

 だからこそ、クオンは自身の声を用いてアルピナ達の意識と思考を現実的側面に無理矢理引き戻す。自分一人の思考では如何どうしようも無いと早々に見切りを付け、未だ底が知れない超常の存在に対して素直に助力を求めるのだった。

 しかし、彼女達に単純な力では到底敵う訳が無いし舌戦であろうとも悠久の時を生きた彼女達には到底勝ち目が無いのは今更疑うまでも無い事。彼女達三柱(さんにん)の中では一番幼く見えるクィクィですら、あらゆるヒトの子を圧倒する様な長い時を生きているのだ。たかが1.0×10^7(10,000,000)年程度しか生きていないヒトの子と比較されるのは彼女としては非常に癪かも知れないが、今回ばかりは堪えてもらおう。他に良い比較対象が無いのだから仕方無いのだ。

 それでも、クオンは知っている。アルピナにしろスクーデリアにしろクィクィにしろその本質的な性格こそ純粋に悪魔らしいというか上位種族らしいというべきか、いずれにせよ傲岸不遜で傲慢で我儘なものでしかない。しかし、そんな悪魔らしい威風堂々とした冷徹さの裏では、仮令たとえどれだけ些細な事柄であろうとも彼女達はクオンの言葉を無碍に扱う事は絶対にあり得ないしそんな事をされた経験は一度たりとも無いのだ。

 天使や他のヒトの子に対してはそれなりにぶっきらぼうで冷徹()つ冷酷な態度を見せつける事があった事から考えても、自分に対する態度が普通という訳では無いだろう事は容易に予想が付く。しかし、それが何故なぜなのかと問われてもクオン自身でさえ何一つとして見当が付いていない。彼らと自分とで一体何が違うのか、違いしかないと言われたらそうなのだが、では態度の差異を生み出す直接的要因は何かと問われたら話が変わってしまうのだった。

 しかし、彼女達に彼是あれこれ個人的な質問を投げ掛けても悉く梨の礫にされてきた事もあってか、クオンとしても今以上に追求しようとは態々《わざわざ》思わなかった。勿論、その理由はかなり気になるし可能なら暴いてみたいという隠れた好奇心すら抱いている始末だった。

 それでも、彼女達が語ろうとしない限りに於いてそれ以上の無理な追及をするのは彼女達の為にならないだろうという事もあって、クオンはその思いをグッと堪える。それに、何時いつかその気になったら彼女達の方から自主的に話してくれる可能性だってあるのだ。

 何より、それに彼女達も〝話したくない〟のではなく〝今は知る必要の無い事だ〟と言って問い掛けをはぐらかしているのだ。その為、辛抱強く待っていれば何時いつか話してくれる時が来る可能性が十分あると言えるだろう。

 兎も角、だからこそクオンは仮令たとえ現実性の希薄な個人的心情に基く主観的意見であろうとも、一切の忌憚も無く素直に問い掛ける。相手が悪魔であろうとも一切臆する事無く、まるで友人と仲良く語らう様な身軽で気楽な心情と雰囲気だけは確実に保たれていた。


「アルピナ、スクーデリア、クィクィ。こうしてくだらない御喋りに花咲かせるのも悪くは無いしお前達の好きにすれば良いと思うが、一先ひとまずはこれからの動向を一度考えておくべきじゃないか? 何時いつ天使達が再び襲撃して来るかも分からないし、何よりこの騒ぎだ。どうせまた英雄が出張ってきて一戦交える事になるかも知れないだろ?」


 やや溜息交じりに口腔から零出するのは、彼なりに考えた率直とも素直とも取れる単純な推測を基にした提案。そこに根拠を伴う客観性は全く以て一欠片たりとも含まれていなかったが、しかし今更そんな事を考慮するのは唯々億劫だった。

 そもそも、アルピナと出会って以降の全ての事物はクオンにとって未知のものである。その上、その全てが客観性と再現性と実証性からは対極に位置する様な事物として記録乃至(ないし)記憶されている。その為、そんな摩訶不思議な超常の事物に対して今更ヒトの子的視座を基にした考察が大して役に立たない事は彼自身嫌という程に認識させられているのだ。

 だからこそ、クオンのその提案は何ら捻りも面白みも無い率直なもの。彼自身の個人的心情を下地にした彼なりの感想をそのまま言語化しただけのものでしかなく、故にそこには一切の社会情勢等は何一つとして考慮されていなかった。

 それでも、流石は種族間に渦巻く抗争の参加者もとい当事者とでも言うべきだろうか。あるいは、神の子の力の一端である魔力を授かった上に神の子の力の一端である龍脈を従え更には神の子達と常に行動を共にしている内に、自然と彼の人間的視座が徐々に薄れつつあるのかも知れない。

次回、第219話は5/4 21時頃公開予定です。

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