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ALPINA: The Promise of Twilight  作者: 小深田 とわ
第3章:Mixture of Souls
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第214話:嫉妬心と悪戯色

「ううんっ、クオンお兄ちゃんは気にしなくても良いよ!」


 クィクィは、後ろ手を組みつつ小さな背で見上げる様にして否定する。普段の彼女が見せる我儘で自由奔放な態度とは打って変わった鷹揚で寛容な心。それは、長い時を生きた上位種族故に生じる心の余裕によって生み出されたものなのだろうか。あるいは、単純に今の彼女の気分次第なのだろうか。いずれにせよ、彼女がそれを許した事実は変わらないしそもそもとして大して重要な事ではない。

 細く非常に長いアンダーポニーテールに結われた緋黄色の後ろ髪が柔らに靡き、日輪の様に眩い輝きを見せてくれる。一見して快活な少女の様にしか見えないその姿は、つい先程(まで)アルピナに対して頬を膨らませていたとは思えない程に平和的だった。

 また、それはクオンをしても虚を突かれてしまうジェットコースターの様な急変動でもある。余りの代わり映えに、かえって恐怖心すら浮かべてしまう。しかし、それが彼女の本来の性格だと知っているお陰もあり、刹那程の時間で動揺を打ち消す事が出来た。

 そして改めて、クオンはそんな彼女に対して微笑を浮かべる。罪悪感を抱いていた事すらもう忘れてしまいそうな程に、彼女のその態度はクオンにとって非常に有り難い効能を秘めていた。むしろ、如何どうしてあれ程(まで)に苦心していたのだろうか、と恥ずかしくも思ってしまう。

 クオンに限らず、スクーデリアもまたそんな彼女の言動を見て和らな微笑みを浮かべる。まるで幼子を見守る母親の様な抱擁感を感じさせてくれるその瞳は、彼女がクィクィの事を非常に大切に思っている事の証。大切に思っているからこそ、彼女の一挙手一投足全てに対して慈愛の心を浮かべてしまうのだ。

 同時に、クオン本人が認識していない本質的要素を基にしてスクーデリアはそれを見ていた。それは、まだ開けてはならない宝箱。アルピナの許可無しでは触れるすらも許されない彼女達の秘密を軸にして抱かれる感情だった。

 それは懐古。慈愛とはまた異なる特別な感情によって齎される微笑みだった。幾星霜の彼方より積み上げてきた信頼と友情によって形成されたその紐帯は、仮令たとえ欠片ばかりの相互理解すら無くても自然と繋がるものなのだろうか。魂の奥底に眠る根源的記憶が保有している感情によって無意識的に形成されるその本能の効力は、スクーデリアにとって全くの予想外だったし確信に至らない予測だった。

 クィクィ自身も同様だった。スクーデリアと立場や境遇をほぼ同じにしている事を考慮すれば当然の事ではあるのだが、彼女もまた自分のクオンに対して向ける感情が特別である事を認識していた。そして同時に、その原因がまだ開けてはならない宝箱に由来する懐古の念である事もまた同時に認識していた。

 それでも彼女はその懐古の念に蓋をする事は無い。あるがままの感情を天真爛漫な性格に乗せて花咲かせ、裏表の無い素の感情を開け放っている。それは単純に、それこそが彼女の本質的性格だからというもの。あるいは、頑張って隠し通そうとした結果がこの程度なのかも知れない。いずれにせよ彼女はこれで良いと思っているし、周囲も彼女の性格ならこれでも大丈夫だろうとして無理に止めさせるようなマネはしなかった。

 しかし、そんなスクーデリアと肩を並べて立っているアルピナは二柱ふたりとは少しばかり異なる事情によって形成される感情を抱いていた。スクーデリアと同じく懐古に基づく感情を抱いていた事には相違なかったが、彼女と異なりその要因に対しては予測ではなく確信を抱く事が出来ていた。

 それはひとえに、その要因に対してアルピナ自身が深く関わっていた為。スクーデリアと異なり10,000年前の第二次神龍大戦終戦のきっかけとなった例の件の実行者だからこそ知っている〝約束〟の結果の表れであると認識しているからこその反応だった。

 しかし、アルピナはそれをクオンに伝える事はしない。伝えたい気持ちで胸が張り裂けそうになるが、そんな心を理性で無理矢理押し殺し続ける。息苦しくて胸が痛くて堪らないが、近い将来に必ずや訪れるであろうその瞬間を夢見る事で、如何どうにか意識を保ち続ける。

 だからこそアルピナは、クィクィとクオンの姿を見てついつい自分の心に渦巻くその夢を重ね合わせてしまう。彼女達二柱(ふたり)の仲睦まじい様子を自身とジルニアの姿に重ね合わせる事で、魂にポッカリと空いた空虚感を如何にか埋め合わせる事で疑似的な心の幸福を得ようとしてしまうのだった。

 しかし、それはあくまでも夢想の幸福であり現実の快楽にはなり得ない。故に、やれやれ、とばかりに自分の愚行を嘲笑する。それは、二度と手に入らない訳では無く一時的な惜別にも拘らず無性にも焦がれてしまう己の心の弱さに対する嘲笑だった。これでは他者を愚弄出来ないな、と溜息を零しつつ現実に改めて意識を戻すのだった。


 あの時の〝約束〟は如何やら無事に果たしてくれているようだな、ジルニア。10,000年も待ったのだから、この様な所で挫けている場合ではないな。


 さて、とアルピナは気持ちを切り替える様に微笑を浮かべて息を吐く。蒼玉色サファイアブルーのメッシュが入った肩の長さの濡羽色の髪が仄かに揺れ、同じく蒼玉色サファイアブルーの瞳が陽光の下で燦然と輝く。男性的な漆黒色のロングコートと少女的な漆黒色のプリーツミニスカートが海風に煽られる様に揺れ、スカートの裾とロングブートとの間から覗く雪色の大腿が陽光を照り返す海原の様に燦然と輝いた。

 そして、慌てる事も焦がれる事も苛立つ事も無く彼女は平常心で魂を満たす。普段の威風堂々()つ傲岸不遜な態度で身を固め、改めてクィクィ達の会話の輪に混ざろうとする。クィクィとクオンの会話を遮る様に、同時に稚い憤懣を悪戯っぽく織り交ぜて彼女は口を開くのだった。


「ほぅ、ワタシとクオンとでは随分と扱いが違うようだな、クィクィ」


 それは、普段の彼女の冷徹で無感情な声色と口調。何らおかしい所は無く、悪魔らしいとも彼女らしいともとれる覇気が盛り込まれていた。しかし同時に感じるのは彼女の外見に由来する逞しいまでの可愛らしさ。年頃の少女らしい感情が込められたそれは微かに人間臭い感情が練り込まれていた。

 それは当然の事(なが)らその原因を知らないクオンや少年には認識出来ないもの。しかし、彼女の性格やこれまでの経緯を知っている悪魔達なら誰もが気付く事が出来る代物だった。

 また、外見通りの少女らしく可愛らしいそれは彼女の性格からは大きく逸脱したもの。それでも、そのギャップがかえって彼女の可愛らしさを助長してくれる。本人にそれを聞かれたら間違いなく怒られるだろうが、それすらも可愛らしく感じてしまう。

 しかし、アルピナは自身のその感情が何かイマイチ理解出来ていなかった。それは〝自分の事なのに〟と、言うよりは〝自分の事だからこそ〟とでも言うべきだろう。主観的に見れば見る程に分からなくなるその感情は人間の特有とも言って差し支えない様な複雑な感情。神の子の文化文明全体を見ても非常に珍しい感情の色だった。

 それは嫉妬。クィクィに対して抱いてしまう微かな嫉妬心だった。何故そんな感情を抱いてしまうのか、と問われたらその答えは一つしかないのだが、しかし彼女はそれを指摘されても決して認めないだろう。あらゆる言葉の限りを尽くしてそれを否定し、しかし本心ではその感情に葛藤するのが瞼の裏に鮮明に描かれる。

 クィクィもスクーデリアも、そんな彼女の倒錯した心に対してちょっとした悪戯色の笑顔を浮かべてしまう。別に彼女に対して恨みがある訳では無いが、日頃の仕返しをするには丁度良い材料だった。天使を相手にしている時でも浮かべた事が無い様な不敵な笑みはとても味方に対して見せるような代物では無かった。

次回、第215話は4/30 21時頃公開予定です。

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