表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ALPINA: The Promise of Twilight  作者: 小深田 とわ
第3章:Mixture of Souls
211/511

第211話:遠征開始の狼煙

 その為、セナもアルバートも揃って彼の言葉に対して素直に返答する事が出来無かった。面(くら)った様に呆然とし、非言語的な声を口腔の間隙から漏らすだけだった。傍から見れば何とも滑稽な様だが、しかしそれ以外の感情を認識の外へと亡失してしまっていたのだから仕方無いだろう。

 しかし、普段の彼らならこんな無様な姿を晒す様なマネはしなかっただろう。毅然とした態度と英雄然とした雰囲気を崩す事無く、もっともらしい仮面を絶えず被り続けていた事は容易に想像が付く。それにもかかわらず如何どうしてこの様な事態に陥ってしまったのか。

 理由は単純に、自らの種族的格差から無意識的な慢心を生じてしまっていた事に他ならないだろう。悪魔及びそれと契約を結んでその力の一端を受け取った者という自負が、二人の心に知らずの内に油断を形成していたのだ。そしてそれが人間種に対する軽視を誘引してしまっていたのだ。

 何という失態だろうか。これまで、再三に亘ってヒトの子を過小に評価してはならないと肝に銘じていたのだ。それにもかかわらず、無意識領域では神の子とヒトの子という種族の壁に胡坐あぐらを掻いて自らを過大評価乃至(ないし)他者を過小評価してしまっていた。

 幸いにして、この場には英雄とは直接的な関係の無い悪魔は招いていない。その為、この失態が全体に知れ渡ってしまう可能性は排除出来た。このまま何事も無ければ、セナとルルシエとアルバートだけの秘密として静かに処理されるだろう。

 もしこれが他の悪魔に知れ渡ったらと考えたら、何と恐ろしい事だろうか。取り分け恐ろしいのがアルピナ、スクーデリア、クィクィの三柱さんにん。悪魔種全体で数えた上位三本指に数えられる彼女達は、その実力に似合うだけの力や凄みを有している。セナでも到底敵わないそれを向けられたらと考えると、まだ雑多な天使を相手にする方がよっぽど楽だった。

 と言っても、それはあくまでもその力をもって失態に対する罰を与えられたらという仮定に基づくものでしかない。しかし、現実として彼女達の性格を考慮するとそれが現実のものになるとは到底思えない。それこそ、机上の空論として片付けられる程度の妄想でしかない。

 取り分けアルピナは、あの威風堂々とした傲岸不遜な態度や冷徹で傲慢な口調に反して意外と優しい性格をしている。余程バカな事を仕出かさない限り、彼女が怒りを露わにする事はほぼ間違い無くゼロだろう。それこそ、彼女にとって大切な友人を侮辱したり危険な目に遭わせたりしない限りは見逃してもらえる。

 逆に、三柱さんにんの中で一番優しそうなクィクィがこの場合は最も脅威な存在として君臨する。なまじ彼女が人間好きだからこそ、人間を見下す様なマネに対して過敏になりがちというのもある。しかしそれ以外にも、単純に彼女が恐ろしいだけというのが大きいだろう。一見して純粋無垢であどけない少年の様にもいとけない少女の様にも見えるが、その本質はアルピナを上回る残虐性を秘めている。それは仮令たとえ同族であっても変わる事は無く、神の子としての道理に反する言動に対して容赦無く罰を与える事に躊躇は無いのだ。

 古い友人としてそれをよく知っているからこそ、セナは心中で安堵の溜息を零すのだった。そしてそれを知らないアルバートもまた、彼女の強大さだけは身をもって知悉しているからこその安堵感によって齎される溜息を零した。

 そして改めて、二人は人間に対する価値観や自己に対する過大評価を見つめ直すのだった。特にアルバートに関しては自分もつい先日(まで)其方そちら側だったからこそ、その失態を恥じる。事の成り行きで力を授かっただけであり決して自分の力では無い事を思い出し、慢心や油断に対して心中で反省するのだった。

「えっ、あっはい。承知致しました。ぐに此方こちらも準備致します」

 アルバートは不審に思われない程度に独り反省を切り上げて、アルバートの言葉に応える。辿々《たどたど》しく上ずった口調になってしまったが、一度出た言葉を戻す事は出来無い。故に、如何どうにか自然な様を取り繕う様に態度で示す事しか出来無かった。

 しかし、ガリアノットの瞳に不信感の色が浮かぶ事は無い。精々、英雄としての仕事に慣れ切っていない為の態度なのだろう、と思う程度でしかなかった。むしろ、初々しさによる可愛がりがいがあるな、とすら思っている始末だった。まさか世間から英雄と持て囃されている人物が人間のフリに苦心している等とは夢にも思わず、鷹揚な笑い声で彼らの態度を水に流すのだった。

 そしてそのまま、集合場所だけを告げたガリアノットは足早に二人の前から走り去っていった。一応は彼も部隊の一員として相応の支度が必要であり、その上部隊を束ねる者としての仕事も同時にしなければならないのだ。一秒でも早くベリーズに出立する為にも、僅かな時間損失が惜しかった。

 対して、そんな彼の背中を見送るセナとアルバートは非常に落ち着いた様を見せていた。つい先程(まで)浮かんでいた微かな動揺も刹那程の時間で統制し切っており、最早日常の如き落ち着き様以外は存在していなかった。

 ふぅ、とセナは小さく息を吐く。人間達と違って特別な支度を必要としない彼らは、ガリアノットの様に慌ただしくする必要が無かった。剣は異空収納に収められているし、最悪魔力でつくれば良い。食料も最低限人間では無い事を怪しまれない程度の量があればそれで済む話だし、それも既に異空収納の中に常備されている。

 故に、セナとアルバートは余り遅くなり過ぎない程度にのんびりと集合場所に向かうだけで良かった。道を間違えて迷子にならない事だけ留意すれば、後は何一つとして不安は存在し得ないといっても良いだろう。

 その時、アルバートの影の中から二人に対して精神感応テレパシーが送られてくる。それは他でも無いアルバートの支援役であるルルシエからだった。ガリアノットが二人に話しかけてきた辺りから影の中を渡って何処どこかに行っていたのは二人も気付いていたが、如何どうやら戻ってきた様だった。

『ねぇねぇ。さっきあのガリアノットって人の副官を探してきて、その人が持ってた今回の遠征に関する行程の計画表みたいなのを覗き見てきたんだけど、やっぱり会議の話に出てた先遣隊と一緒で片道5日くらい掛かるみたい。未だ確定じゃ無いっぽいんだけど、一応アルピナ達にも精神感応テレパシーで伝えとくね』

 明朗快活で溌溂とした可愛らしい少女声が二人の脳内に響いた。誰に命令されるでも無くこれだけの裏作業をこなしてくれるのは大変有り難かった。未だ新生悪魔で碌な経験も積んでいないにもかかわらずこれだけ柔軟に動けるのは、セナもアルバートも素直に見習いたい程だった。指示待ち人間でも無ければ教条主義者マニュアルバカでも無い彼女の行動力は、英雄として余り表立って動けない二人にはこの上無い貴重な機動力だった。

 勿論もちろん彼女だけではなく、彼女と共に人間社会に潜入して監視と情報収集の網を構築している他の新生悪魔達もまたこの上無い大切な存在だった。もしかしたら、そんな潜入中の新生悪魔を束ねているからこそ、ルルシエに柔軟な思考力や積極的な行動力が身に付いたのかも知れない。図らずも管理職の様な仕事を任されてしまった結果としては嬉しい誤算だろう。

 今後とも当面の当面の抗争が解決するまでは頼りにしたいな、と内心で感謝しつつセナはルルシエの提案を了承する。仮令たとえ確定の情報では無いとしても、ある程度の目算が与えられるだけでも関係者としては非常に助かる。大雑把(なが)らも今後の予定を定められるのだから、情報はあるに越した事は無いのだ。報告・連絡・相談は社会を構築する上で最低限守らなければならない必須義務だとよく言われるが、まさにその通りだろう。

 さて、と大胆かつ不敵な笑みを零すセナはアルバートと共に王城の廊下を迷う事無く只管ひたすら歩きつつ、ようやく状況が動いた事を心中で安堵する。同時に、アルピナ達が無事にヴェネーノを救出出来ている事を願うが、しかし天使の魂を一つも観測出来無い事に一抹の不安を抱く。それでも、彼女達ならきっと何とかするだろうと楽観視しつつ、自分達のすべき事に意識を集中させるのだった。

次回、第212話は4/27 21時頃公開予定です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ