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ALPINA: The Promise of Twilight  作者: 小深田 とわ
第3章:Mixture of Souls
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第206話:決定案

 しかし、そんな数多に存在する選択肢からたった一つの真実を的確に選び出せる力を、彼は持ち合わせていなかった。いや、仮令たとえ彼ではなかったとしてもそれは不可能だっただろう。人間達が有している根本的な価値観にこれまでの一連の事件から得られる情報を加えたとしても、根拠のある答えを求めるには情報が不足し過ぎている。

 神の子の存在を確実な存在として認識出来ていない人間なのだから、それは仮令たとえ国王といえども例外ではない。しかし、この場を取り仕切る立場として彼は選ばなければならない。たった一つの真実など到底分かり得ない、という現実の海底へ誘われながら、彼は思考の海を揺蕩たゆたわざるを得なかった。

 一歩間違えれば取り返しのつかない大損害を誘引してしまう恐怖は、仮令たとえ長年国王として辣腕を振るい続けてきた彼をしても積極性を抑制される。英雄という強大な切り札(トランプカード)を手に入れても、彼の心の闇を完全に打ち払うには不足していたのだ。

 しかし、何時迄いつまでも悩んだ所で天から最適解が降りて来る訳では無い。それに、敵である魔王だって悠長に此方こちらの出方を待ってくれている訳では無いのだ。現に今でもこうしてベリーズで不穏な騒ぎが起きているし、今後も何時いつ同じ様な被害が生じるかも分からないのだ。

 ふぅ、と小さく気を吐いたバルボットは決意を胸に覚悟を決める。周囲から向けられる12対24個の瞳と双肩にし掛かる無数の民草の命を冷静に一瞥し、おもむろに最終的な決定策を取り纏める。重厚感あるその声は、冷静さを取り繕う事により普段と変わらない鷹揚な威厳が保たれていた。


「……そうだな。では、マクスウェル殿の案で実行に移すとしよう。お主の部隊に王立軍の一部を加えれば多少の有事にも対応出来るだろう。しかし、魔王との直接戦闘を考えればまだまだ実力不足は否めないでしょう。その為、その場合は今回も英雄殿には多くの負担を掛ける事になりますがご了承いただけますかな?」


 バルボットは英雄であるセナとアルバートの瞳を真っ直ぐ見据えながら問い掛ける。国王の地位に就いているに相応しい威厳を内包する重厚感ある低音の声色と口調を受けて、セナもアルバートも無意識的に緊張感を高めざるを得なかった。

 しかし、それでも不思議と恐怖や萎縮といった感情は浮上してこなかった。往々にして、こういった口調や声色によって齎される言葉には心理的に屈服させられてしまいがちである。当人にはその意図は無いだろうが、立場や階級等による上下関係も合わさる事で言葉には不思議な力が宿ったりするものなのだ。

 その代表例を挙げるなら、セナやアルバートもよく知る相手であるアルピナだろう。彼女は声色こそ外見性別及び年齢に相応しい可愛らしいものだが、口調やそこから齎される冷徹な雰囲気等は無感情でありながらも非常に高圧的である。そしてそこへ悪魔公という立場が合わさる事で、彼女の言葉には多くの相手を屈服乃至(ないし)萎縮させられるだけの力が宿っているのだ。

 現に、セナもルルシエも彼女とは対等()つ気楽な口調で会話を出来るものの、心の奥底では少しばかり恐怖や萎縮の色が打ち消せていなかったりする。身体表面や言の葉の上にそれが表出される事こそ無いものの、それでも無視出来かねる程度にはハッキリとした影響力を宿している。

 恐らく、新生悪魔を除いた現在この世界にいる全ての悪魔——即ち、戦後に復活した悪魔及びスクーデリア達生き残りの悪魔——の内で彼女に対して一切臆した感情を抱く事が無いのはスクーデリアとクィクィ程度だろう。何れもっと沢山の悪魔が復活すればそれも増えるだろうが、現時点ではこの二柱ふたりに絞られる。

 また彼女を知る人間であるクオンとアルバートだが、当然の事(なが)ら彼らでもアルピナの言葉には時折恐怖を感じざるを得ない、セナを始めとする彼女を昔から知っている者ですらそうなのだから、それ自体は当然の事であり何ら不思議ではない。取り分けアルバートに関しては、一度彼女に心を折られた経験がある事から一種の苦手意識すら感じている程だった。

 勿論、苦手意識があるといえども決して嫌いな訳では無い。彼女の事は当然の事(なが)ら信頼しているし、今後とも良好な関係を構築し続けたいとも思っている。確かに彼女の口調は冷徹だし傲慢で傲岸不遜な態度は筆舌し難い恐ろしさすらあるが、それでも悪事を働いている訳では無いのは知っているのだ。その上、彼女の目的をある程度知っているからこそ、その可愛らしい優しさで恐ろしさを打ち消す事が出来るのだ。

 それに対してクオンは、そんな感情はほぼゼロと言っても良い程には打ち解ける事が出来ていた。確かに時折そういった思いが湧出しない事も無かったが、それよりも呆れて溜息を零す機会の方が断然多くなりつつあった。それは、彼女の傲岸不遜で自由奔放な傲慢さに振り回され続けてしまうが故の反応だった。

 その為、今ではそんな彼女に文句を零す事すらある程度には心を開いて打ち解けているのだ。しかし、実はそんな事が出来る者の方が少なかったりする。やれやれ、とばかりに心中で微笑を浮かべる者はそれなりにいるが、実際に口にしてそれが出来る悪魔はスクーデリアとクィクィ程度なものだ。もっとも、そんなアルピナでさえもこの二柱ふたりに対しては過去の行いによる都合もあって頭が上がらないのだが。

 兎も角、実際に彼女にはその小柄で可憐な外見からは想像付かない様な冷徹な覇気や殺気が際限無く溢出している。それは紛う事無き事実であり、クオンを含む周囲も確実にそれを常日頃から受けて実感出来ている。仮令たとえ味方であろうとも避けるのが難しいそれに彼女の意志が介在しているかは不明だが、しかし悪魔公という立場も合わさる事で決して無視出来ない力を宿しているのは真実なのだ。

 そんな彼女を知っているからこそ、セナはバルボットの言葉に対して微かな微笑ましさすら浮かんでしまう始末だった。人間という小さな種族でありながらもこれだけの威厳を保有しており、しかし恐怖に依拠しない存在感を保持出来ているのは何と素晴らしい事だろうか。悪魔として、セナは彼の事を手放しで称賛出来ると確信出来た。

 しかし、それでも所詮は人間レベルでしかない事もまた事実である。どれだけ同じ人間達にとって畏怖乃至(ないし)萎縮してしまう様な威厳や覇気を宿していようとも、あくまでも人間という枠組み内でしか通用しないのだ。純粋な悪魔であるセナやアルピナを知っているアルバートが秘める恐怖の閾値には到底届かない。

 勿論、相手を萎縮させようとしている訳では無い事だって承知している。あくまでも心配心や申し訳なさに由来する穏やかな感情であり、寧ろ恐怖から正反対に存在する様な感情とさえ言えるだろう。その為、一概に彼に威厳が無いと断罪する事は出来ないのだ。

 英雄は本来王国には存在しない立場であり、公にその存在が規定されている訳では無い。つまり、客観的な地位は完全な部外者乃至一般国民と大差ない。一応はレインザードの一件にける功績を称えて英雄という称号こそ受けているものの、あくまでも名誉による称号であり報酬による職種名ではない。その為、四騎士及び他の騎士や六大貴族を含む各貴族の様に気楽に指図乃至(ないし)命令するのは如何どうしても憚られてしまうのだ。

 勿論、国王という権力を利用すれば幾らでも酷使出来るのだが、バルボット自身の性格から如何どうしてもそれが出来なかった。そんな弱気な性格でよく国の長としての立場が務まるものだな、と言いたい気もするが、この年になるまで大きなトラブルなく来られたのだから大丈夫なのだろう。

次回、第207話は4/22 21時頃公開予定です。

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