第201話:王立軍と四騎士
しかし、現状はこの通りだった。どれだけ待ち焦がれても、どの兵士も彼には到底敵わなかった。戦術や戦略的側面を始めとする直接的な戦闘行為以外ならどれも十分な人材が揃っていたのだが、何故かそこだけが一向に育つ気配が無かったのだ。
如何したものか、と色々悩んだ挙句に漸く現れたのが英雄の存在だった。未だそれなりに若い事も相まって、彼は心の底から歓喜した。勿論、未だ暫くは四騎士の職を降りる積もりは無かったが、それでも後継者候補が現れた事は彼の双肩に圧し掛かっていた荷を下ろすには十分だった。
始めこそ、英雄の称号の上に胡坐をかいただけで実態は大した事無いのではないかとも疑ったものだった。しかし、蓋を開ければ何と素晴らしい事だろうか。幾ら実情を知らなかったとはいえ、僅かでもそんな猜疑心を抱いてしまった事が非常に申し訳なくなってしまう。それ程までに、英雄と呼ばれる者達の実力はガリアノットの理想を凌駕していたのだ。
そして、だからこそとでも言うべきなのかも知れないが、ガリアノットはついついこの二人に対して英雄として以上の期待と羨望を無意識の内に向けてしまうのだ。レインザード攻防戦での活躍を上回る、国家の安全を一任してしまいたくなる程の期待を心の片隅から無意識の内に湧出させてしまうのだ。
しかし、だからと言って今直ぐにでも彼らに全てを丸投げする訳にはいかない事もまた事実ではあるのだ。確かに彼ら二人の英雄はレインザード攻防戦に於いて類稀な功績乃至武勲を立ててくれた。しかし、裏を返せばそれしかないのである。仮令どれだけ素晴らしい功績を有していたとしても、時間という信頼には敵わないのだ。つまり、余りの新興者故に抱かれる不信感のお陰で周囲から認められない恐れが生じてしまうのだ。
その上、公式上の彼らの扱いは今の所は民間人となっている。決して、為政者としてこの場に招かれている訳では無いのだ。無関係の人間をいきなり四騎士と任命して国家の枢要に招き入れる訳にもいかず、それはそれで別の意味で周囲から不審がられてしまうかも知れない。英雄としての功績を盾にすれば無理矢理認めさせる事は訳ないだろうが、裏を返せば英雄としてのコネクションを利用したとも捉えられ兼ねないのだ。
それでも、ガリアノットは彼ら二人の英雄には期待しているし信頼もしている。同じ四騎士であるアエラとエフェメラからレインザードの一件を耳に胼胝が出来る程に聞かされたお陰もあり、それに関しては一切の疑念も無いのだ。
だからこそ、個人的感情に基づく興味関心もまた同時に彼らに対して抱いていたりもする。英雄と呼ばれる者達の強さやそれと同等以上の脅威を持つ魔王に対して、彼はその異次元の強さや超常の力を直接相まみえてみたいのだ。まるで子供の様な純粋で危機感の無い感想だとは彼自身承知していたものの、かといって理性で全てを抑え込める程に彼は理論派ではなかった。
「では、私が出ましょう。私の麾下に王立軍の一般兵を幾つか引き抜けば、四騎士全員分の直属部隊に相当する戦力は捻出出来ます。そこに英雄のお二人を加えれば、如何にか喫緊の対症療法程度であれば十分可能かと」
アエラの意見を受けて真っ当な具体案を捻出するのはガリアノットの声。四騎士として当然の義務と覚悟の裏に隠された個人的な興味関心を悟られない様に、生真面目の仮面を被って周囲を見渡す。勇ましさと強靭さを如実に示す瞳は、灯りの乏しい室内にあっても燦然と輝いている。それは、仮令彼をよく知らない者であっても見ただけでその頼りがいに一切の疑念を抱く事は無いだろう、と思わせてくれる程。
そして肝心の彼が出した具体案だが、それは意外と真っ当な代物。流石は四騎士として長年軍事を司っていただけの事はあり、決して直情的な突撃戦法を選択する様な蒙昧者では無い様だった。尤も、この期に及んでそんな事をされたら堪ったものでは無いし、抑これだけの地位や権力を持たせてもくれ無いだろうが。
それは兎も角、王立軍を引っ張り出して来るのは悪くない判断かも知れない。抑、王立軍とはプレラハル王国に所属する公的且つ純粋な暴力装置とも呼べるもの。四騎士及びその直属部隊や近衛騎士と異なり、彼らは政に一切関与する事が無い純粋な兵士達である。
尚、王立軍と近衛騎士と四騎士乃至その直属部隊は、其々《それぞれ》組織図上の立ち位置が全て異なる組織でもある。近衛騎士と四騎士乃至その直属部隊が国王直属——その中でも二つは別ものとして扱われる——であるのに対し、王立軍は国王ではなく国家に属する事になるのだ。
また、別組織である以上当然の事ではあるが、それら三つの職は其々《それぞれ》与えられる職務が全く異なる。近衛騎士の職務は主に国王及び他の王族の身辺警護。それに加えて時折来訪する要人の警護も担当している。最近担当したのは英雄だが、それ以外にも他国の政治家や貴族等がこれに該当する。総指揮は国王陛下が有しており、国防の関係上かガリアノットですらその全貌は知らされていない。
対して四騎士及びその直属部隊の仕事は多岐に亘り、軍事や政、財政や福祉及び教育等、必要な所に必要な時に派遣される便利屋の様な扱いである。そのお陰もあり、四騎士及びその直属部隊は残りの二職と比較して多忙且つ広範囲に亘る知識を必要とされる。尚、四騎士直属部隊はその名の通りに各四騎士に指揮権限が付与されており、その四騎士の総指揮権は国王陛下が所有している。
そして残りの王立軍だが、その職務は単純に国防にある。カルス・アムラを含む龍人の町を除く各町に派遣されている警備兵や関所の門番がこれに該当し、仕事は単純且つ平和的である一方で慢性的な人手不足がある種の御約束と化している。また、王立軍の最高司令官は代々四騎士の内誰か一人が担当する事になっており、現在はガリアノットがその地位を兼任している。
尚これら三職は互いに素であるものの、訓練兵時代は共通の訓練所に所属する事になっている。そこで三職其々の知識や技術を学んだ後に、卒業時の成績や本人の希望を基にして各部隊に配属される仕組みとなっているのだ。
しかし各職の業務内容の都合上、実技関連の成績上位者程近衛騎士として配属され、座学関連の成績上位者程四騎士直属部隊に配属される傾向がある。そのお陰か、王立軍は基本的に四騎士直属部隊や近衛騎士に能力が僅かに劣ってしまう。しかし、集団戦に於いては寧ろ王立軍の方に分があるかも知れない。何より、数的有利は四騎士直属部隊を遥かに上回るのだ。魔獣との集団戦を考慮すれば、質より数での戦いに慣れている方が良いかも知れない。
何より、ガリアノットは王立軍の最高司令官も兼任している事から、縦方向の連携にも不都合は生じないだろう。これが仮に即席の上下関係だったら意思疎通の観点で齟齬が生じるかも知れなかったが、普段から勝手知ったる上官なら、下僚としても精神的負担を削減出来るものだろう。
その上、今後を考えれば魔獣が王都に来ないとも限らない。勿論そうならない事が理想だが、かといって魔獣乃至魔王の動きはこちらでコントロールする事は出来ない。その為、仮に彼ら魔王が王都に狙いを定めたらそれを未然に防ぐ手立ては現状存在しないのだ。
そうなれば、王都の守護を担当する王立軍の兵士達も必然的に魔獣との積極的戦闘を余儀無くされる。それを思えば、今の内から魔獣と戦ってある程度の経験を積んでおくべきだろう。被害は最小限に留めたいが、その為にも時としてある程度の危険に立ち向かう必要がある。何より、能動的に手にした危険を適切に対処出来て初めて受動的な危険にも適切に対処出来るのだ。
次回、第202話は4/17 21時頃公開予定です。