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ALPINA: The Promise of Twilight  作者: 小深田 とわ
第3章:Mixture of Souls
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第194話:認識の乖離

 その上、輪廻乃至(ないし)転生の際は魂に刻まれた記憶は全て消去された上で各(ことわり)に流される決まりになっている。その為、仮に魂にすら影響を及ぼす様な事態が発生していたとしても記憶と共に洗い流される様になっている。必ず実行する業務の過程でついでに処理される様な副産物だからこそ、その優先順位は必然的に低く見積もられてしまうのだ。

 結果、セナもルルシエも彼らの単純さに対してはそれほど興味を示さなかった。むしろ、少しばかりでもそれを考えてしまうのは価値観が人間社会に染まりつつある事の知らせかも知れないとすら考慮できた。そして反対に、神の子達のそういった価値観を持たないアルバートの方が現状に対して過剰に呆れてしまう始末だった。それでいいんだ、と乾いた笑いすら零れてきてしまいそうな眼前の光景に対して、しかし決して人間達に悟られたり怪しまれてしまわない様に感情を押し殺す。

 そしてそんな心境と同時に、神の子とヒトの子の価値観が揃う日はまだまだ遠いな、とも思ってしまうのだった。同じ見た目で同じ言語を使用している事実及び同じ空間内で共存出来ている現状のお陰でついつい見誤ってしまいがちだったが、現実としてはまだまだ課題が山積しているのだ。

 それはひとえに、神の子はヒトの子に対して、ヒトの子は神の子に対してそれぞれ抱く印象が現実的側面から大きく乖離かいりしてしまっている事に起因する。未知故の過剰な期待や無知故の認識過誤が積み重なった結果として浮き彫りになったそれを解消できない限り、その乖離かいりを埋める事は出来ないだろう。

 例を挙げるなら、ヒトの子は神の子を必要以上に崇高で神聖な存在だったり、或いは恐怖の象徴としての側面を見出そうとしてしまっている事だろう。宗教上仕方のない事かも知れないが、事実としてそれが認識の乖離かいりを生み出している事には相違ない。

 しかし、宗教学乃至(ないし)その他のあらゆる学問領域にいて共通認識として挙げられているその印象に反して、天使がどれだけ欲にまみれており悪魔がどれだけ俗世間に染まっているだろうか。下手な修行僧の方がよっぽど崇高な次元に到達している事だろう。

 必要以上に彼らを高く見積もり過ぎている事が、かえって必要以上の期待と恐怖を抱かせている良い例だった。これ程までに彼らが愛嬌と欲にまみれているという現実を知れば、あるいは悪魔や天使達も必要以上に人間社会に染まる事に対して抵抗や不安を抱かないかも知れない。

 そんな事を考えつつも、だからと言ってどうしようもない事もまた事実だった。アルバート一人乃至(ないし)クオンやナナ達を加えた数人のヒトの子が彼ら神の子に対する正しき認識を抱く事が出来たとしても、世論を動かす事は到底不可能である。むしろ、実在性があやふやになりつつある神の子の実在性を主張している段階である程度の信頼は消失してしまうだろう。

 つまり、考えるだけ無駄なのだ。現状の神の子とヒトの子の相互に抱く認識の乖離かいりやそれに伴う相互理解の難しさなど、アルバート如きが考えるのは完全なお門違いでしかないのだ。その為、考えた所でどうしようもない事にくだらない労力を使うのは惜しい、とばかりに彼はその思考を虚空に放棄した。そして、より優先順位の高い眼前の課題に改めて意識を集中し直すのだった。

 そして、そんな彼の眼前では、男女入り混じる大人達が英雄であるセナの言葉を受けてその意味を噛み砕いていた。人という種の存続にける希望の光でもあり救世の象徴でもある英雄の言葉を、一欠片も取り零す事無く受け止めて反芻はんすうし、決して選択を間違えない様に細心の注意を払う為だった。

 それは、自らの地位や立場から生じる職務を遂行する上で生まれる当然の義務として無意識領域に刷り込まれている為かも知れない。或いは、英雄に全てを託して自らは座して待つ事しか出来ない事に対する彼らなりの贖罪の意も込められているのかも知れない。

 つまり、彼らに共通している事は現状に対して真剣かつ真摯に受け止めているという事だ。決して敵を侮る事も無ければ自身を驕る事も無いそれは、誰もが自身に与えられた使命と自身が有している能力を正しく把握しているからこそ出来る事だった。

 しかし、彼らは決して知る事は無い。どれだけ最善を尽くそうとも、或いはどれだけ敵の虚を突く様な奇抜なアイデアを生み出そうとも、それは全て悪魔のたなごころの上でしかないのだ。そして同時に、それは本来敵対視しなければならない天使をみすみす見逃している事でもある。

 存在しないはずの存在が実在し、魔王を隠れみのにしたその背後で繰り広げられている超常の者同士の抗争を認識し、その上で自身達が単に抗争に巻き込まれただけの完全なる被害者であると認識できない限り、彼らに能動的な未来が到来する事は無い。

 しかし、幾星霜の彼方から続くその抗争は、人類文明が勃興する遥か以前に始まったもの。それは即ちこの議場にいる誰もが一切関与していないという事であり、更に言えばルルシエは元よりセナですら途中からしか知らない程の過去である。

 それ程までに古く一欠片の関係性すら持たないその抗争を、一体どうして認識する事が出来ようか。ただでさえ天使や悪魔といった上位存在に対する認識すら曖昧なのだから、彼らですら古い歴史と断言出来るそれを人間である彼らが認識出来るはずがないだろう。

 それでも、彼らは模索し続ける。一寸先すら見えない闇の海底から浮上しようと、あらゆる手の限りを尽くして藻掻き続けた。或いは、何も知らないからこそ藻掻く事が出来たと言った方が正しいかも知れない。敵の理不尽さを認識出来ていないからこそ、彼らは可能性を見出す事が出来たのかも知れない。

 知っている者から見れば滑稽なそれも、しかし彼らは本気でそれを実行しているのだ。勿論もちろんセナもルルシエもアルバートも、そんな彼らを嘲笑したり侮蔑しようとは一欠片も思わない。むしろ、限りある言葉を尽くして尊敬と賛辞の言葉を贈りたい程だった。それ程までに、彼らの姿は悪魔達にとっては美しい光景だったのだ。

 そして、そんな彼らの中で他者より少しだけ前に進んで半歩先の思考を動かす事が出来ていたのが二人いた。それは四騎士としてセナ達英雄と共にレインザード攻防戦にて魔王アルピナ達と対面し剣を交えたアエラとエフェメラだった。

 彼女達はその直接的戦闘の経験を基に、セナの言葉に対して深い理解を示しつつ反芻はんすうする。彼の言葉を信用していない訳では無かったが、それでも彼の全てを唯々諾々と採用する訳にもいかないのだ。何より四騎士としての経験から王国軍の練度や規模に関しては一日の長があるのは彼女達の方なのだ。果たして彼の立てた計画で本当に実行しても良いのかを、彼女達は自身の麾下きかの姿を脳裏に思い浮かべてシミュレーションする。


 確かに、いらずらに犠牲を増やす訳にはいかないし、それを考えたら最少人数で行くのも一つの手よね……。でも、魔王達が強大なのも事実だし……それにこの戦いの余波……絶対に何事も無く無事に終わるとは思えないわよね……。


 それに、と彼女は心中で更なる危険性を思い描く。それは敵が保有している戦力に関してはらんでいる悪い予感だった。或いは、予感ではなくレインザード攻防戦での経験を基にした確信に近い予測かも知れない。何れにせよ、最大限の警戒を抱く必要がある事には相違ない。

 それは、魔王以外の敵に対する警戒、つまり魔獣達という決して無視出来ない大きな障壁だった。敵が魔王だけならまだしも——それでもかなり厳しいが——、そこに魔獣までもが参戦したら数的不利を免れない事は明々白々だった。

次回、第195話は4/10 21時頃公開予定です。

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