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ALPINA: The Promise of Twilight  作者: 小深田 とわ
第3章:Mixture of Souls
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第190話:感情乃至記憶の綯交

 そして、クオンもまたスクーデリアと同じ様に諦観の言葉をそれとなく零す事しか出来なかった。悪魔ですらないヒトの子の一欠片でしかない彼では、悪魔の行動の良し悪しに口を出せる義理は存在しなかった。権利は誰にでも平等にあるのかもしれないが、それを行使できるかはまた別問題だったのだ。

 しかし、仮に悪魔に対して面と向かって文句不満を呈する事が出来る程に肝が据わっていたとしても、クオンはそれをアルピナにぶつける事はしなかっただろう。それは、彼女の勝手気ままな本能的行動に振り回されるのはいつもの事だからという慣れに由来するもの。そしてもう一つ、そんな彼女の傲慢さに対して慣れとは異なる特別な感情を抱きつつあったこと。楽しさや喜びとは異なる、何処となく懐かしさに似た奇妙な微笑ましさを見出しつつあったのだ。

 しかし、クオンにはその理由が分からなかった。彼女の行動原理に懐かしさを見出す理由に一切の心当たりが存在しなかった。彼女本人は元より、彼女に似た性格の人物とかつて一度たりとも遭遇した記憶が無かったのだ。

 ともなれば、現時点で彼に考えられる理由は二つ。首に掛けて保管している龍魂の欠片の影響か、腰に携えている遺剣の影響。つまり、ジルニアの根源から齎される感情や記憶の変化という可能性。根拠がある訳でも無ければ信頼性がある訳でも無い。完全な空想と荒唐無稽な妄想による産物だった。

 だからこそ、クオンはそれを他者に明言する事は無い。神の子について全く無知な自分でも決してあり得ないと鼻で笑える様な妄想でしかないのだ。例えジルニアが強大な龍であり剣や欠片に変質後もその強大さが残滓として溢出していたとしても、それに影響されれば否が応でも気付くはずだ。

 何より、龍脈を自身の魂に逆流させる事により記憶乃至(ないし)感情が綯交されたのだとしたら、アルピナから魔力を授かった時点でそれらが彼女の色に染まっているはずである。それが無いという事は、龍脈による汚染の可能性は無いと断言しても良いだろう。

 しかし、クオンが導き出したその仮定は、全く以て間違いであるとは言い切れなかった。あたらずといえども遠からずといった所であり、それが完璧に正しい訳でも無いのが現実である。真相はアルピナ達悪魔の心の中で厳重に秘匿されている為現状それを確かめる事は出来ないが、しかし思考の方向性としては間違っていないだろう。

 そしてアルピナもスクーデリアもクィクィも、そんなクオンの思考変化には薄々勘付きつつあった。気付いた上で表面上は普段通りに接しつつ、その内奥ではある種の微笑ましさを共有し合っていた。アルピナがかつてジルニアと交わした〝約束〟へ着実に近づきつつある事を心の奥底で安堵していた。

 早く彼に教えてあげたい気持ちがフツフツと湧き上がるが、彼女達はそれをどうにか理性で無理やり抑え込む。いずれ来るその時を心待ちにしつつ、あるいは彼が自力で気付くかもしれない奇蹟に対して好奇心を抱くのだった。

 アルバートとルルシエの友愛観察というちょっとした楽しみに心奪われて物事の優先順位を見誤らない様に、彼女達は改めて気を引き締める。そして同時に、本筋の目的ばかりを気にして視野が狭窄してしまわない様に程度に肩の力を抜く。セナにアルバート達の世話を頼むのも、そんな息抜き用の遊び道具を確保する為の気持ちが無意識の内に働いていたのかもしれない。


「ああ、わかったよ。俺としてもあの二人には今後とも仲良くしていてもらいたいからな。悪魔と人間の友情物語なんて、創作物の中の事みたいで見てるだけで面白いだろ?」


 それじゃあ、とセナはアルピナ達と別れる。認識阻害の魔法が解けていない事を改めて念入りに確認しつつ、アルバートとルルシエの許へ歩いて行く。相変わらずその可憐な魅力で道行く人々の視線をほしいままにしている様であり、目眩がする様な人混みの中でも容易に見つけられた。改めて認識阻害の魔法がかかっている事に感謝しつつ、同時に英雄である事がバレた場合の混乱具合に悪寒を走らせるのだった。



 ◆◆◆◆     ◆◆◆◆



 アルピナの発案によって行われていたそれは、当初は人間社会に順応出来ていないセナとルルシエをサポートする為のものだった。しかし、気が付けばクィクィ主導によるアルバートとルルシエの仲睦まじい様子を密かに茶化したり冷やかしたりする為の享楽と娯楽の舞台へと変貌していた。

 何とも性格が悪い行動だと非難したくなるし、現にスクーデリアとクオンは溜息交じりに何度か愚痴を零していたのをセナはよく覚えている。取り分けスクーデリアは大戦以前の自由勝手だった頃のアルピナを思い出したのか、頭が痛くなる悩みの種だと言って懐かしさに浸る始末だった。

 懐かしさに浸る様なそれを果たして悩みの種と言っても良いのだろうかと疑いたくなったが、彼女がそれを悩みの種だというのだからきっとそうなのだろう。決して、幼馴染故に甘やかして全てを許している訳では無いとセナとしては信じたい所だった。

 それにしても、とセナは英雄として人間達の会議に出席している自分を見つめながら考える。自分だけではなく、アルピナやスクーデリア、クィクィといった魔王として人間社会に溶け込んでいる悪魔達の態度を思い返しながらの思考だった。


 クィクィはともかく、よくこれだけ新しい俗世に染まる事が出来たものだな。アルピナなんて一番難しいと思っていたが……いや、ある意味ではアイツが一番人間に近いのかもしれないな。


 それはセナなりの素直な称賛だった。アルピナ達によるくだらない企みやルルシエとアルバートによる種族の垣根を越えた関係など、その理由を挙げれば枚挙にいとまが無い。

 と言うのも、平和な世の中になって10,000年もの長い時間——それは人間を主体に置いた場合の価値観であり、悪魔にとってみればそれほどでもない——が経過した。それだけあれば人間達の文化文明は当然の事(なが)ら大きく変遷していて当然である。

 その上、その間は悪魔とヒトの子との間の直接的な交流は断絶していた。魂の管理のみを粛々と行うだけの機械人形の様な生活を送っていた。加えて、ここ最近復活してきたセナ達は皆総じて第二次神龍大戦初期での死亡組である。つまり、ヒトの子とは全くと言って良い程に交流を持つ機会が無かった。

 そんな状況で、まさか人間達とこれほど円滑な関係が構築できると誰が予測できただろうか。寿命のサイクルが短いヒトの子の価値観や文化文明等は僅か数年目を離しただけでも大きく様変わりするもの。それが数万年規模で目を離していたのだから、言ってしまえば人間ではない別種族と交流している気分になってもおかしくないだろう。

 しかし、そんな不安とは裏腹に何と快適な一時を過ごせている事だろうか。なまじ戦争の機会に多く恵まれた世代であるが故に、その感情は一入だった。まさか友情と愛情の甘い一時を第三者視点で冷やかす様な時が来るとは夢にも思っていなかった。

 人間種の存亡を賭けた魔王と英雄によるせめぎ合いに関する重要な会議の最中にそんな甘く緩い事を考えるのは英雄意識が不足しているのではないだろうか、とセナは改めて気持ちを切り替える。一つの大きな机を囲む様にして席に着いているのは、英雄を除けば誰もが国が誇る指折りの重鎮達。一人欠落するだけでも国の運営に支障を来す程の重役を担う精鋭だった。

 その誰もが、額に薄らと汗を浮かべて人間種の未来を憂慮する。それは、魔王という未だかつて類を見ない未知の存在が及ぼすであろう人間種への甚大な被害。国家を背負う為政者としての矜持を揺さぶられ、不可視の鎌を喉元に突き立てられているかのような恐怖が背筋を走り抜ける。

次回191話は4/6 21時頃公開予定です

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