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ALPINA: The Promise of Twilight  作者: 小深田 とわ
第3章:Mixture of Souls
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第186話:魅力と観察

 しかし、普通であればたかがその程度の事で周囲の注目や視線を集めることはない。仲が良い集団なんだなと微笑ましく思ったり、或いは溌溂な子なんだな、と可愛らしく思ったりする程度である。多少は目立つかもしれないが、言い換えれば多少程度に留まるはずなのだ。

 それでも、現実としてルルシエは非常に周囲の注目の的としての地位を確立してしまっていた。それは、ランウェイを優雅に歩くモデルの様であり、観客の視線を独り占めにする道化師の様でもあった。状況や立場次第では羨ましいとすら思えてしまうほどの注目度は、しかしアルバートやセナとしては何とも言えない複雑な心境だった。

 それはひとえに、彼女の生まれ持った外見が全てを物語っていた。日輪の下で雪解け水のようにしなやかに躍る神の子特有の雪色の肌。それは、白人種がやや多めの多種族共生国家であるプレラハル王国の社会であってもかなり目立つ美しさ。勿論、決して他の有色人種の肌を汚いと罵っているわけではない。ここでいう美しいとは、あくまでも肌色が類似した白人種と比較した場合にける相対的な評価の事である。

 加えて、あたかも宝石を溶かしたかの様に燦然と輝く翠藍色の御髪と瞳がその雪色の肌の中で一際引き立てられている。それは王国が所有する凡ゆる宝石細工より豪華絢爛であり、王国の庇護下に属する凡ゆる職人が作製したどんな工芸細工よりも繊細な色を奏でているかの様だった。

 そんな、この世にあってこの世ならざる存在のような美麗な宝石箱が眼前で白鳥の様に舞っていたとしたら、果たして我関せずの態度で素通りできるだろうか? 恐らく不可能だろう。仮にできたとしてもそれは極少数。如何なる理由があってもマジョリティと呼ばれることがないマイノリティよりもさらに少数の極稀な確率だろう。

 とどの詰まり、誰もがルルシエの美貌に視線を奪われてしまっているだけなのだ。世界的な有名人が町中に突如として現れた時のように、或いは、世界的な大女優が赤絨毯の上を優雅且つ華麗に歩いているかのように、周囲の民草達は彼女の虜になってしまっているだけなのだ。

 言い換えれば、そこに彼女やセナの悪魔としての介入があったわけではない。寧ろ、認識阻害のヴェールがあるお陰で彼女を正確に彼女と認識する事すら出来ていない。目に映る姿形こそ元のルルシエのままだが、その認識は状況次第でルルシエではない何かへと変換されてしまう。

 畢竟ひっきょう、彼女が周囲の視線を集めてしまっている事実に、悪魔乃至(ないし)神の子としての超常の力は何一つ関係していないという事。単純に、ルルシエという個体にのみ備わっている根源的な性質だけでそれは構成されているのだ。良くも悪くも、彼女のお陰であり彼女のせいでもあるといったところだ。

 しかし、それほどまでにルルシエの外見は人目を魅了するほどに飛び抜けて美麗乃至可憐なのだろうか? そんな疑惑を抱くのは当人に対して非常に礼節を欠いた愚考なのは承知だが、アルバートとしてはどうしても首をかしげてしまいたくなる。セナもまた、彼女の事をよく知っているからこそアルバートと同様の気持ちで彼女を見てしまう。

 勿論、ルルシエは可憐乃至美麗だとはアルバートもセナも認めている。明朗快活な美少女としてはお手本のような外見をしているのではないか、と感心してしまうほどにその言葉通りの姿形をしていた。スラリと伸びた撓やかな四肢や艶やかな御髪など、恰も幼子を夢の中へ誘う御伽噺に出てくる御姫様の様でもあった。

 しかし、だからと言ってこれだけの視線を集めるのは些か程度が過ぎるのではないだろうか、という思いが脳裏を燻っていた。魅了する側もされる側も、そのどちらも悪いわけではないしその様な事実に嫌悪感や不快感を抱くことはないが、純粋な疑問だけが脳裏にこびり付いて剥がれなかった。

 それでも、事実としてこの光景が広がっている以上、それを受け入れるしかなかった。別に何か不都合がある訳ではない上に、ルルシエ当人がこの状況をなんだかんだ楽しんでいる以上、部外者であるアルバートやセナが口を挟む権利は持ち合わせていなかった。

 実際、彼女がこれだけ周囲の視線を集めている事に何か裏がある訳ではない。天使が裏で蠢動している訳でも無ければ、悪魔の誰かがちょっとした悪戯を仕掛けている訳でも無い。ただただ単純に彼女の魅力のみで構成された結果がそこにあるだけなのだ。異性としての魅了や同性としての羨望など、その感情は多岐に亘るが、いずれにせよルルシエという個体が持つ少女的魅力を前に誰もが本心を曝け出しているだけに過ぎない。

 そして肝心のルルシエはというと、そんな周囲の視線を意に介す事無く人間社会を堪能していた。アルバートが持っていた個人的なお金を拝借し、感情の赴くままに城下町を縦横無尽に歩き回る。猫の様に可憐に跳ね回り、周囲の空気をキラキラと光り輝かせながら彼女はアルバートの手を引いて束の間の休息を堪能する。年頃の少年少女の初心な恋心の絡み合いを彷彿とさせるそれは、ただの人間の男女として何一つ不自然な要素は見当たらなかった。

 セナは、そんな彼らを一歩下がった所から温かく見守りつつ、同時に自分と同じようにアルバートとルルシエの仲良しこよしな様子を観察している集団を苦笑する。決して見間違えるはずのない長い付き合いを持つ彼女達が果たして何を企んでいるのか、セナは一欠片の疑いも無く確信できた。

 りげ無い自然な身のこなしでアルバート達から離れたセナは、そのままその集団のもとまで歩み寄る。菫色の瞳を平和的に光らせつつ穏やかで敵意を一欠片も含まない所作は、流石歴戦の悪魔といったところだろう。認識阻害のお陰で誰一人にすら訝しがられる事無く、セナは目的としていた集団の横に自然な体で肩を並べる。


「相変わらずこういうの好きだよな、クィクィ。念のためお前らを認識阻害の対象外にしておいて正解だったか」


 彼女達と目線を合わせる事無く、セナは恰も独り言のように呟いた。大きな身長差が生む大きな凹凸感は、一瞥しただけでは親子と見間違えてしまい兼ねない様な印象を与えてくれる。なまじ、クィクィは女性としては非常に小柄——アルピナよりも更に背が低く、150cmをギリギリ下回る程度しかない——であり、一見して10代前半の子供かと見紛うほどの稚さを思わせてくれる。

 そんなクィクィは非常に長い後ろ髪を細いアンダーポニーテールにした、正面から見れば少年らしいザンバラなショートカットの様にも見える緋黄色の髪を、暖かくそよぐ街風に乗せて柔和に靡かせる。同時に、髪と同色の緋黄色の瞳を恰も新しい玩具を今まさに与えられようとしている幼子の様に輝かせていた。

 そして、その視線は真っ直ぐとアルバート及びルルシエの方へと向けられ、彼らが織りなす青春の一時を餌に興奮冷めらぬといった態度で観察していた。ルルシエの可憐で華麗な振る舞いによって周囲の視線が彼女達に集約される様にクィクィもまた彼女の一挙手一投足に心を躍らせ、横にセナが来たことなどまるでどうでもよさそうな雰囲気ですらあった。

 実際、彼女にとって重要なのはアルバートとルルシエの様子でありセナの優先順位は限りなく低い。勿論それを態々《わざわざ》口にして余計な対立を生み出す様な愚行は侵さないが、態度がそれを言外に含んでいるお陰で容易に理解できる。もっとも、それは今に始まった話ではない上にセナも彼女のそうした態度は承知の上だった為に一切の不快感が浮かぶことは無かった。

次回、第187話は4/2 21時頃公開予定です

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