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ALPINA: The Promise of Twilight  作者: 小深田 とわ
第3章:Mixture of Souls
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第185話:視線

 りげ無いウィンクと共に、ルルシエは二人より一歩前に出て彼らを先導するように誘う。明朗快活で朗らかなその態度は、城下町に降りることをずっと心待ちにしてきたことの証左でもあり、ずっと影の中で存在を潜めていたことに対する解放感の表出のようでもあった。何方どちらにせよ、彼女のその態度は数多の人間達の中でも一際存在感を放つほどに可憐で美麗な色と香りを放っていた。

 仮に認識阻害が無かったら、彼女の姿は性別問わず多くの人間を虜にしていただろう。神の子の特徴的な雪の様に白い肌と、まるで宝石を溶かしたかの様な翠藍色の髪と瞳は、人間社会の中で一際の注目を浴びていただろう。

 若しくは、認識阻害越しであったとしてもそれは変わっていないのかもしれない。彼女が持つ明朗快活で少女的な艶やかさは、それをよく見慣れたアルバートですらついつい引き込まれてしまいそうな魅力で溢れ返っている。なまじ、認識阻害をかなり軽めにしかかけていないお陰もあり、漏出したその魅力は認識阻害越しの認識にすらも影響を及ぼしていた。

 だからなのだろう。現在、城を抜け出したアルバート、セナ、ルルシエは三人仲良く城下町の目抜き通りを散策している。ルルシエを中心としてその左右にアルバートとセナが並んでいるのだが、周囲を擦れ違う人間達の視線がルルシエをチラチラと一瞥しているような気がしてならなかった。当のルルシエは全くと言ってよいほどに気にしていないのだが、横を並び歩くアルバートもセナもそればかりがどうしても気になってしまう。

 勿論、単なる過剰な自意識や警戒心乃至(ないし)不安に起因する勘違いの可能性だってある。或いは、三者の身長差が織りなす凹凸感が気になっているだけなのかもしれない。ルルシエは女性としては平均——プレラハル王国の成人女性の平均身長は160cm程度——を少しばかり上回る程度の身長を有しているが、憖アルバートもセナも男性としてそれなりの高身長——プレラハル王国の成人男性の平均身長が約172cm程度なのに対し、両者とも180cmを超えている ——なお陰でその凹凸感が浮き彫りになっているのだ。

 しかし、認識阻害の影響下にないからこそアルバートもセナも確信を抱くことができる。自身のすぐ真隣で人間社会の喧騒を堪能しているルルシエに魅せられているからこそこれだけの注目を浴びていることは明らかだった。

 雪解けの清水のようにしなやかな四肢を躍らせ、ルルシエは周囲をせわしなく見渡しながら大路を練り歩く。まるで、田舎少年が一念発起で都会に出て来たかのような姿は非常に微笑ましく、人間が本能的に宿す親心を刺激していた。

 チラチラ、と彼女を一瞥する誰もがその頬を微かに紅潮させ、それが異性故の下心や同性故の羨望なのか、或いはそれ以外の感情によるものかは定かではない。しかし、そう捉えられてもしかない光景がアルバートとセナの視界には映っていた。

 そのお陰もあり、認識阻害があっても無くてもあまり関係ないのではないだろうかとすらアルバートは心中で考えてしまっていた。或いは、これほどまでに周囲の視線を浴びてしまっているのは中途半端な認識阻害により自分達が英雄だと微かに気付かれつつあるせいなのではないかという予想すら立ててしまう始末だった。

 しかし、それは決してセナの魔法技術を軽視しているからではない。寧ろ、彼の魔法技術に対してアルバートは全幅の信頼で以て傾倒しているほどだった。しかし、そう考えてしまわないと心が落ち着かないほどに、周囲の視線は彼ら三人に集められていたのだ。


「何というか……凄い見られてるような気がして落ち着かないな……」


 アルバートは周囲を見渡しつつ、落ち着かない心を無理やり落ち着かせるように溜息を吐きながら呟いた。澄み渡るような青空の下にあって小鳥の様に可憐で白鳥のように優雅なルルシエ。そんな彼女とは対称的な彼の姿は、まるで仕事疲れでやつれた社会の家畜の様であり、或いは自由奔放な子供の育児に振り回される母親の様でもあった。

 しかし、そんな彼だが決して不快感や嫌悪感を抱いているわけではない。ただ周囲が気になって落ち着かないだけであり、その発言もちょっとした独り言程度のつもりでしかなかった。同情や否定が欲しかった訳でも無ければすぐにでも改善してして欲しくて堪らないという訳でも無かった。

 そんな彼の心に則っているのか、将又はたまた無関係なのかは不明だが、周囲の人間達の様子は当然の事(なが)ら変わることはない。喧騒の一欠片として城下町の賑わいの片棒を担いでいると同時に、その中で一際周囲の視線を集めるルルシエに対して、認識阻害越しの魅了を受けた視線で虜になっていた。


「ああ。俺も同じ気分だよ。だが、認識阻害の効果は必要最低限以上は確実に発揮されている。だから、考えられる原因は一つしかない。ルルシエ、お前が必要以上に周囲の注目を集めてるみたいだな」


 今回セナが自分達にかけた認識阻害は、彼らを英雄だと認識すればその認識を阻害するもの。仮に一般人達がアルバートを見て英雄だと認識すれば、それは英雄アルバートではなく英雄とは全く関係ないただのアルバートとして認識してしまう。また、確信まで至らなくても英雄かもしれないと遠目に疑っただけでもその認識阻害は効力を発揮し、彼らを英雄ではないただの一般人だと誤認する様にその認識は書き換えられてしまう。

 故に、その認識阻害が正しく効力を発揮したら二人はただのアルバート・テルクライアとただのセナ・キトリアとして町中に溶け込めるはずなのだ。ルルシエにも認識阻害をかけたのはもしもの際の保険であり、仮に彼らが英雄だとバレてしまっても英雄とは無関係の一般人だと装えるように対策されたものだ。

 しかし、現実として城下町を彩る一般人達は彼らと擦れ違う度に不自然なほどに一瞥している。まるで、珍しいものを見つけた時の様な不自然さで形成されたそれは、自然な日常の中に於いては非常に目立って仕方なかった。一瞥する当人としてはバレていないと思っているのだろうが、こういった視線は往々にして受け取る側にバレているものなのだ。

 そして、そうした認識阻害の影響下にあってこれほどの視線を集めているのだから、その理由は一つしかない。単純明快なその理由とは、即ち認識阻害で誤認された先の人物像が民草の視線を集めているためだ。ただのアルバート、ただのセナ、ただのルルシエ。そのどれかが道行く民の注目を集めているのだ。

 現在、三者は肩を並べて大路を歩いている。両脇に並ぶ店に誘われて右往左往しつつ、時折店内に立ち寄って時間を潰したりしながら、他の民草と何ら変わらない態度と仕草を露わにしている。それだけであれば、別に注目を集めるような要素は何一つないだろう。それは、認識阻害に詳しくないアルバートでも人間の特性や文化に詳しくないセナでも確信できる程度には至極単純なこと。

 では、何故それほどまでに注目を浴びてしまっているのだろうか? それは、偏にその三者集団の主導権を誰が握っているかに尽きる。普段の英雄として振る舞っている際は、セナが残りの二者を率いつつアルバートが人間としての知識で適宜フォローしている。それに対し、ただの人間として行っている現在の観光は、残りの二者が完全にルルシエの支配下に組み込まれる形で事が運ばれている。それはまるで子供が母親の袖を引っ張るかの様であり、ルルシエの気分と興味に基づく自由意志がセナとアルバートを振り回していたのだ。

次回、第186話は4/1 21時頃公開予定です。

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