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ALPINA: The Promise of Twilight  作者: 小深田 とわ
第3章:Mixture of Souls
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第183話:魔力のVEIL

 幸いにして城の外に集まる人間達には届いていない事だけが幸いだったが、それでも城の内部はちょっとした恐慌状態へと陥ってしまっていた。

 しかし、だからといってこればかりはどうしようもない。魔法を使用するには魔力が必要であり、その為には魂から魔力を取り出す必要があるのだ。完全に魔力を秘匿した上で魔法を行使することもできなくはないが、それをするのは労力に対して割に合わなすぎるのだ。精々一度きりの、しかもちょっとした肉体の認識阻害程度のためだけであれば、周囲へは適当に話をはぐらかした方がよっぽど早いし楽だろう。

 日輪が力強く輝き、温かく陽気な陽光が大地に降り注ぐ。人間達の喧騒に負けじとその存在感を主張するのは、この星に住む生命が遍く受ける恵みの光。成長と生育の為には必要不可欠な土台であり、天使や悪魔にとっては馴染みがないエネルギーだ。

 というのも天界では聖力、魔界では魔力がその領域内に隅々まで満ちて飽和している。そしてその力の作用により空間そのものが光を持っていることから、天界や魔界には地界の恒星に相当する星が必要なく存在すらしていないのだ。

 だからこそ、セナもルルシエも天頂から降り注ぐ日輪の恵みに目を細めつつその暖かみを全身で受け止めていた。地界でしか得られない特別な力を堪能しつつ、セナは自身及びアルバートとルルシエの認識を阻害させる魔法を発動する。

 セナの魂から溢出した魔力は、そのまま空中で霧散してしまうことなくアルバート及び彼の影に潜むルルシエに到達する。肉眼には映らない特殊な力は、その金色の魔眼を介して見ることで漸くその仔細を詳らかにすることができるもの。

 燦然と輝くその瞳越しで見える世界には、夜空に瞬く天の川のように美しき帯を形成する魔力の流れが鮮明に映っている。この星に存在する凡ゆる宝石細工でも敵わないのではないか、と思わせてくれるほどのその美しき姿は、それが神に近い存在が持つ力であることの証左。人ならざる超常の存在が持つに相応しい力であることを鮮明に物語っていた。

 やがて、その魔力はアルバートとセナの肉体に薄いヴェールのように纏わり付く。同時に、魔力の一部はアルバートの影の中へ入り込んでいた。内部の様子をアルバートでは窺いようはなかったが、恐らくルルシエの肉体にも同じように魔力がヴェールとなって纏わり付いているのだろう。

 そのヴェールはまるでキラキラと輝く海岸線を彷彿とさせるもの。美しくも儚い、そんな諸行無常な時の流れに揺蕩う海月の如き仕草のようでもあった。とても戦いに使用する物騒な魔法と同一規格の存在だとは思えない、平和的で長閑な色味にしかアルバートは見られなかった。勿論、彼も悪魔の事を完全に知悉しているわけではないため、それがおかしいと糾弾することはできない。ただ、改めて魔法が不可思議で興味をそそられる未知の領域であり、それを匂わせてくれていることに対して好奇心を高めるだけだった。

 何れはもっと悪魔や魔法について造詣を深める機会が訪れるのだろうか? 何れは自分もこういった魔法をより高度なものまで巧みに使い熟せるときが来るのだろうか? 或いは、これからもこれまでと同じように彼ら悪魔の手を借り続けなければならないのだろうか? 

 アルバートの脳裏に渦巻くのはいくつかの疑問乃至不安。英雄としての姿の背後に隠された悪魔の契約者としての姿及び彼らの仲間としての振る舞いに対する静かな疑念だった。スクーデリアから付与された加護が少ないことを彼自身理解できているからこそ、そして何より彼ら悪魔の仲間としての誇りを抱きつつあるからこそ生じる己の存在意義にも係わる根幹的な疑問だった。

 天使は非常に強大な存在。レインザード攻防戦で彼らと直接戦闘する機会は彼にはなかったものの、しかしその存在だけはスクーデリア達から聞いていたため把握していた。魔物との茶番ですら相応の苦戦を強いられ、更には悪魔であるアルピナ達との茶番戦闘ですら死にかけるほどの苦労をしたのは今でも彼の記憶に新しい。

 だからこそ、何れ必ず訪れる天使との闘いを考慮すると現状の自分の実力に対して不安しか浮かばないのだ。このままでは彼らの助けになるどころか足手まといになる未来しか見えず、そんな自分の未来予想図に対して嫌悪感すら覚えてしまう。

 自分と同じく悪魔との契約者であるクオンは、彼と異なり天使との激しい戦闘をアルピナと共に幾度となく繰り返している。それこそ、彼の精神を支配していた智天使級天使であるルシエルとも互角に近い戦闘を繰り広げていた。あれほどの力を得るのに一体どれ程の経験を積んだというのだろうか。どれほどの経験を積めば彼に追いつくことができるのだろうか。

 アルバートは、クオンに対してのみならず悪魔や彼らや自分達契約者が行使することができる力や根源的な能力の全てに対して羨望や尊敬を抱いてきた。彼らから仲間として迎え入れられたという事実に喜ぶと共に、だからこそ彼らの足を引っ張ってしまわない様にという責任感に駆られていた。当初こそ悪魔達に対して人間社会に仇なす外敵だと敵愾心を露わにしていたが、それはすっかり過去のものになっていた。

 刹那ほどの時間で紡がれる魔力のヴェールと魔法の奇蹟に瞳を輝かせつつ。アルバートはそんなことを考えていた。そんな彼の心を影の中からルルシエは穏やかな微笑みを携えて見守っていた。影に潜んでいるからこそ形成されている精神的な回廊から流れ込む彼の感情を味わいつつ、彼女はそんな彼の優しさと心の強さに対してより一層の信頼と慈愛を抱いていた。

 ルルシエにとって彼は初めて直接的な関係を結んだヒトの子。これまで転生の理に係る諸々の業務の兼ね合いで肉体的死を迎えたヒトの子の魂とは触れ合った経験こそあったが、こうして生きたヒトの子との交流に関しては完璧な処女だった。だからこそ、初めてこれほどに直接的な関係を構築できたのが彼でよかったと彼女は本心の深奥から溢れんばかりの想いを抱いていた。

 勿論、他の生きたヒトの子と密接な直接的関係を構築したことがないため正確な比較をすることは困難である。しかし、これまで見て来たヒトの子の魂に宿っていた記憶や性格、感情や思想といったものとであれば間接的ながらも比較することは可能である。

 そして彼女が思うのは、ヒトの子の中には思いの外、邪な野望や感情が渦巻いていることが多いということだった。とりわけ、同じ言語を用い神の子の中でも自分達悪魔と天使がその肉体の直接的モデルになった人間ほど、そういった傾向が強く感じられた。或いは、人間種以外の動物達が天使や悪魔ではなく龍をモデルに創造されたためにわかりにくいだけなのかもしれないが、いずれにせよ人間達に対してその傾向を感じたという事実がことが覆ることはなかった。

 また、一括りに邪な感情だとか野望としてもその内容は多岐にわたる。それは多くの人間にとって害悪となる自己満足な野望なのかもしれないし、或いは不快感しか覚えられない下心かもしれない。共通しているのは欲に関わる感情の内、同族である悪魔からは基本的に生じることがない種の思想だった。

 勿論、それが悪い思想だと糾弾したいわけではなかった。人間である以上、そうした思想や野望を抱くのはある意味当然とも言える。ルルシエとしても他者の感情や思想を支配したいとまでは思っていない。それでも、どうしてもそうした邪な思想や感情を受け入れられる自分が存在しなかった。

次回、第184話は3/30 21時頃公開予定です。

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