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ALPINA: The Promise of Twilight  作者: 小深田 とわ
第3章:Mixture of Souls
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第181話:教養

 暫く外の景色を見ないうちに、どうやら随分下層まで降りてきたようだった。何より、彼らの進行方向数十メートル先にある角を曲がればそこが王城の出入り口のようだった。切り立った崖を穿つように設けられた出入り口から陽光が差し込み、目が眩むほどの輝きが彼らを手招きしている様だった。

 漸くだな、とアルバートは城下町に胸を躍らせる。人間として産まれ人間として生きて来た彼にとって、本来城下町は大して魅力的に感じるほどのものではない。勿論、国の枢要都市として相応しいだけの華やかさと荘厳さはそこに住む者以外にとってはある種の憧れでもある。

 事実、彼も王都に来るのは今回が初めてと言うこともありそれなりの楽しみは抱いている。凱旋時に馬車に揺られつつ王都の街並みを眺めるだけでもかなりワクワクしたのだから、自らの足で気持ちの赴くままに散策するのは格別の楽しみを齎してくれるのは確実だろう。

 英雄の凱旋を祝賀する喧騒に溶け込むように満たされるのは、大路に立ち並ぶ種類も規模も様々な店達。陳列された商品や芳醇な香り漂わせる食べ物達は、とても魔獣及び魔王被害に怯える矮小な種族のそれではなかった。

 凱旋に合わせて用意された特設の出店ではない事から、普段から営業している歴とした店舗なのだろう。レインザードにいた頃は見たことも聞いたこともないような鮮やかさと格式高い佇まいを見せつけていた。

 さすがは王都、それも王城から眼鼻の先という一等地なだけのことはあるだろう。それなりに相応しい店でない限りこういった立地には出店できない暗黙の了解でもあるのだろうか。王の膝元として恥ずかしくないような品と実績が、出店に際して最低限必要とされているのだろうか。 

 そして当然、そんな店にはそれに相応しいだけの格式を漂わせる客しかいないものだ。表向きは大衆を相手にしている様でも、言外に含まれた品定めにより店としての品格に相応しくない客というのは無意識のうちに弾かれるのだ。

 つまり、客は神様もなければそれに近しい上位者ではないということ。客は客であり、店は店であるのだ。客が店を選ぶように、店側にも客を選別する権利は当然として与えられてしかるべきなのだろう。リスクを冒して多くの人を招くよりも、たとえ少なくても店としての格式を保持できるような人とのみ付き合っていった方が、長期的視座においては有利に働く場合があるということなのだろう。

 勿論、アルバートにはそういった経営に関わる諸々の知識は全くと言ってよいほど持っていなかった。一応文字の読み書きと簡単な計算程度であれば出来るが、しかし裏を返せばそれだけである。本腰入れて勉学に励んだ経験はほとんどないために決して教養があるとは言えない、と彼は自負している。

 尤も、義務教育の概念が存在しないこの国において、彼のような人達は決して珍しい存在ではない。勿論教育の概念が全く存在しないという訳ではないが、学校に通っているのは一部の金銭的余裕がある家の子供——大抵は王族貴族や商人、兵士、聖職者といった家柄の出身であり、その他平民出身は珍しい——だけである。

 プレラハル王国の学校教育は7歳から16歳までの10年制——16歳以上を大人として扱う不文律が存在しているのはここに由来する——であり、年間学費は平民の平均年間所得の約2倍といったところ。

 その為、国内に在住している全子供の内学校に通っているのは、公称されていないため正確な値は不明だが多くても3割程度に留まるのではないかと噂されている。一応、年間の成績優秀者にはその年の学費が全額返還されるなどの特典があったりするが、しかしそれに期待して破産しては元も子もないという理由からあまり入学者増加には貢献していない。

 それでも、王国全体の識字率は6割を超えているとされており、それは文字の読み書きや簡単な計算程度であれば学校に通っていなくても家族や友人、近所付き合いなどで広めることができたためだとされている。しかし、それ以外の中等乃至高等教育に関しては学校に通っていない者達にとっては全くの未知の世界であり、流石にそのレベルになると内輪で教え合うには無理があったのだ。

 現にクオンは彼の師匠から、アルバートはカーネリアから教わっていた為に文字の読み書きや簡単な計算程度なら問題なく可能である。特にクオンに関しては将来を見越して師匠から色々教わっていた為、実際に学校に通っていた者には敵わないもののそこそこの教養は得ていた。それは、貴族との付き合いが必要な事に由来する各種マナーや、職人として働くうえで必要となる計算や経済的な知識に限られていたが、それでも彼という存在を安定させる土台としては十分すぎる働きを担っている。

 現在は色々と忙しい為に本腰入れて勉学に励むことはほとんどできていないが、それでも暇な時間を見つけて彼らは悪魔達から教わる機会を得ていた。ヒトの子を管理するという立場の都合上からやはり当然とも言うべきなのか、悪魔に限らず神の子は総じて高い知能と知識を持っており、彼女達からでも十分に教わることができるのだ。

 その為クオンはスクーデリアから、アルバートはルルシエから暇を見計らって色々な学問領域を手広く教わるようになったのだ。それはプレラハル王国の学校教育と比較しても遜色ないレベルは最低限確保されており、いずれはそれを遥かに凌駕する高度な知識にすら手が届くのではないかとすら思わせてくれるほどだった。

 なお、悪魔達曰く王国の教育はいろいろと粗末らしく、あまり良い印象は抱けないらしい。人間種全体でみればプレラハル王国の教育は平均程度には収まっているのだが、それでも大元の文明レベルを考慮すればそれも仕方ないのかもしれない。

 勿論、悪魔といえども万能ではない。種族として根本から異なる都合上、彼女達にも知らないことはどうしても出てきてしまう。人間としての種に由来する独自の文化文明から生まれた学問や、何より歴史に関わるものがその代表例だった。悪魔が経験してきた歴史と人間の文化文明で伝わっている歴史とでは大きく異なっていたり知らない部分がどうしても出てきてしまう。それはクィクィですら把握していないような細部に関わる事であり、そういった側面はどうしても人間達の知識を借りる必要があるのだ。

 それでも、やはり悪魔としての知能は並大抵のものではなく、暇を見つけて専門書を盗み見るだけでそれらは全て賄えてしまっていた。その為、クオンもアルバートも安心して彼女達の教育を受けて人間としての教養をこれまで以上に高めることができていた。

 だからこそアルバートは、これまでの教養がなかった頃と比較して町の見方が変わったような気がした。喧騒の裏で日常と変わらない営業を続けている各種店達を見て、その内部事情を考えるようになったのだ。これまでにように、ただそこに店がある、で終わることなく経営や運営といった裏側事情を窺うようになったのは、ある種の成長だと彼は自分に言い聞かせることができた。

 彼の教育担当として様々な基礎的教育を施しているルルシエは、そんな彼の様子を見て少しばかりの恥ずかしさを含む嬉しさを魂の深奥から滲出させていた。自分が教えたことを実生活に活かすことができているという事実から齎される達成感は、人間ではない純粋な悪魔である彼女でも味わうことができる共通の感情だった。そして同時に、だからこそこれからも彼の支援役としてあらゆる限りの手練手管を尽くして彼を支援しよういう覚悟すらも抱くことができた。

次回、第182話は3/28 21時頃公開予定です。

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