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ALPINA: The Promise of Twilight  作者: 小深田 とわ
第3章:Mixture of Souls
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第177話:対立か慈愛か

 それは、何も今回の対立に限った話ではない。それこそ第一次神龍大戦の遥か以前である草創期から続く長い歴史であり、アルピナとセツナエルとジルニアの人生そのものと言って過言ではないのだ。

 しかし、彼女達が紡ぐそれは本人達にとってみれば憎悪と嫌悪による対立ではなく親愛と友情による慈愛の話なのだ。決してそれ無しで相互の関係性を語れないほどに、それは彼女達の人生そのものとして根強く絡みついている。

 だからこそ、天使と悪魔及び龍の対立は種族全体を巻き込んだ大規模で長期的な抗争へと墜落してしまったのだろう。一方が正義で他方が悪というわかりやすい対立関係ではないからこそ、双方の傲慢な意地は挫折することなく億を超す年月を積み重ねることとなってしまったのだ。

 しかし、それに人間を含むヒトの子は一切の関係を持たない。ヒトの子は神の子に管理されるだけであり、彼らに仇なす必要性もなければ彼らから攻撃される必要性もない。戦場として選ばれただけの完全なる被害者としての立場しか有さない哀れな存在なのだ。

 だからこそ、彼らは魔王と称して地上で傍若無人な振る舞いを撒き散らすアルピナ達を批判する権利があるだろう。例え力では及ばなくても、言うだけなら何の力も権力も必要ない。損害を被ったのであれば、それ相応の賠償を求める権利だけは全体に平等に齎されていなければならないだろう。

 セナも、ルルシエも、アルバートも、王城の廊下を歩いて城下町に向かう道すがらにすれ違う人間達の相好と魂を観察することで、彼らの意志や気持ちを汲み取る。魔獣被害に重なる様に出現した魔王なる存在への怒りや、その理不尽な存在に対する行き場のない憤りでグチャグチャに崩壊した感情。それが彼ら彼女らの相好となって心情を表している。

 それは決して同情を求めているのではない。態々そんなものを貰わなくても、全員が同じ感情を抱いているのは誰もが承知しているのだ。ただ、自らの小さな心では抑えきることができなかっただけなのだ。原因も、目的も、何もかもが一切理解できずただ理不尽な暴力にさらされて絶える事しか出来ない現状に対する憤懣に振り回されているだけなのだ。

 誰かが小さく溜息を零した。手にした羊皮紙には小さな字で事細かに情報が羅列されている。すれ違うアルバートの眼ではその内容を全て捉えることはできなかったが、読み取れた部分だけで解釈すれば恐らくレインザード攻防戦における被害状況をまとめたものだろう。

 死傷者は奇跡的にゼロだったが、しかし負傷者数はそれなりにいる。そして、それ以上に悲惨だったのが建物等に対する被害だった。財政関係の役人が挙って頭を抱えているのに対して何とも言えない感情を覚えたのは、セナもルルシエも記憶に新しい。だからと言って罪悪感を覚えたり何らかの贖罪を行おうという気持ちまでは一欠片たりとも抱かなかったが、精々頑張ってほしいと心中で軽く声援を送る程度のことはしていた。

 そして、そんな悩みで頭を抱えて溜息を零しているのは彼一人ではなかった。財政関連以外にも凡ゆる役人が被害と復興に関わるあらゆる負担で目眩を起こしていた。民間人として生まれ育ったアルバートには、彼らの忙しさや苦しさがそれほど深く理解できなかったが、しかし大変そうだという事は痛いほどわかった。レインザードの壊滅状況を間近で見聞きし体験した当事者としての感情は、この場にいるどの人間より強い自信しかなかったのだ。

 一体彼らは、これからどのようにしてレインザードを片付けるのだろうか。レインザード攻防戦が終結して約10日。多数の兵士や民間企業を派遣することでどうにか復興作業は始まったようだが、しかし果たして何年かかるだろうか。場合によってはアルバートが寿命を迎える頃になっても終わらないかもしれないとすら思わせてくれる。

 町一つが僅か一日足らずでほぼ更地同然の状態にまで壊滅したのだ。恐らくどの歴史書を読み返しても類似した事件は記載されていないだろう。神龍大戦時にはこのようなことは日常茶飯事だったのだが、しかしその歴史が正しく伝わっていない現在においては致し方ないだろう。勿論、知っていたからと言って対処できることとは別問題である。しかし、せめてもの精神的準備だけは辛うじて出来たかもしれない。


『もしかして、あの町に住んでた人間達が国の体制を批判するために集まったのが城下町の喧騒だったりして』


 ルルシエは、アルバートの影に潜みながら小悪魔的微笑を零しつつ、まるで独り言のように精神感応にのせて呟く。影に潜んでいるためにその相好までは拝めないが、しかし決して醜悪な相好ではないことだけは確信できた。

 翠藍色の髪と瞳が影の中で微かに輝く。影の外からは決して彼女の様子を窺い知ることはできないが、しかし精神的な紐帯が形成されているアルバートにだけはそれを朧気ながらだが感取することができた。それでも、相変わらずの可憐な相貌はその小悪魔的な笑顔で殊更に強調されていただろうと彼は確信できた。

 しかし、それでも彼女の予想には一定の信憑性がある様に思えた。それは、英雄の凱旋を喜ぶ喧騒にしては盛り上がりすぎな気がして止まなかったことに起因する。事実、セナ達英雄は四騎士と協力して魔王を撃退した。しかし、それは一時的な排逐に成功しただけで完全な討伐に成功したわけではない。いつ再来するかわからない状況としては、やや過剰だろう。

 だからこそ、あの喧騒には一部批判的視座が含まれていたとしてもなんら不思議ではないと思えてしまう。住む場所を失った民草の悲痛な叫声が集団となって国に避難の目を向けている様は、アルバートの脳裏に容易に再生されてしまう。

 しかし、それに何らかの客観的証拠がある訳ではない。城下町に降りて直接耳にすれば確信できるだろうが、それまでは完全なる憶測の域を出なかった。勿論、確信したところで姿を現して陳謝する訳でもなければ何らかの補償をするわけでもない。寧ろ、余計に姿を現すことを控える様にするだけだった。

 そんなアルバートに対し、悪魔であるセナとルルシエはどこか納得いかないといった感情を抱いていた。セナは兎も角発言者であるルルシエまでもがその想いを抱くのはどうかと思うが、しかし目くじら立ててそれを責め立てようとはアルバートも思わなかった。彼女が何を思い何を発言するかは完全な彼女の自由意志であり、別にアルバートは彼女の飼い主になった覚えはなかったのだ。

 それは、悪魔の価値観が人間と似ている様で多少の差異を抱いている事の一つの例だった。人間としては、今回の件で負った損害に対する補償乃至補填を国に求めるのは合理的かつ真っ当な判断だと誰もが思うこと。しかし、悪魔としては国を責める理由が理解できなかった。

 今回の件はレインザードの内部で起きたことであり、国の枢要に何一つ判断ミスは起きていない。そもそも、アルピナ達の存在は国も認知していないため、それを予測し対処することは絶対に不可能である。その上、仮に予測できたとしてもヒトの子ではどう足掻いても神の子同士の抗争を未然に食い止めることは事実上不可能である。

 つまり、国王をはじめとする王都の為政者達を責めたところでその責任の所在がそもそも存在しない以上、完全なお門違いなのではないかという疑問が彼ら悪魔の脳裏から消えることがなかったのだ。恨むのであれば国ではなく町の行政か、或いは力を持たない自分自身なのではないか、と言ってしまいたくてたまらなかったのだ。

次回、第178話は3/24 21時頃公開予定です。

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