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ALPINA: The Promise of Twilight  作者: 小深田 とわ
第3章:Mixture of Souls
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第176話:深層心理の秘匿

 それは、同じ英雄として同格の存在だと扱われている人間社会の中だからこそ余計に強く感じてしまうことだった。外的要因により肩を並べさせられてしまうからこそ、偽りのものながらも心理的紐帯が一時的に強化されたと思うことができたのだ。

 勿論、彼はそれがつくられた仮初の紐帯だと重々承知している。しかし、かといって全くの嘘偽りとも思えなかった。何れはこうなるのだろうという目標じみた将来像として昇華され、現状の心理的距離を補強してくれるようだった。

 一方そんな深い思いを心中に渦巻かせているアルバートに対し、ルルシエは随分とあっけらかんとした朗らかな態度を崩すことはない。玲瓏な声色と陽気で可憐な口調は、彼女の美貌をより強調することに一役買い、人間社会で生きる誰よりも可愛らしかった。

 可憐に結われた翠藍色の御髪と猫のように大きな同色の瞳が、日輪の下で跳ねる様に可憐に踊る。王都散策を目前にした高揚感と好奇心が魂から溢出し、抑えきれなくなった感情を身体全体で表現しているかのようだった。

 アルバートは、足元で踊るそんな彼女の姿を見て微かに頬が紅潮したような気がした。気のせいだと思いたいが、しかし気のせいではないような気もした。どちらとも取れる微妙な感情の揺らぎだったが、しかし不思議と悪い気はしなかった。

 しかし、ルルシエはそんな彼の態度に気付くことはない。彼の影に潜むことで精神的な紐帯が形成されているものの、彼の深層心理までは共有されていなかったのだ。かといって、彼女は意識的に彼の深層心理にまで探りを入れようとも思わなかった。

 勿論、今のアルバート程度の実力ではルルシエの魔眼にすら抵抗することはできない。彼女がそれを望み魔眼を開いたのならば、彼の深層心理は隅から隅まで詳らかにされてしまう。深層心理の秘匿はそれほど難易度が高い技術ではないが、それすら覚束ない程度の実力と加護しか今の彼はもたないのだ。

 これが神龍大戦の時代なら深刻な問題として早急の対応を必要としていただろう。しかし、比較的平和な今の時代ではそこまでに気にすることもない。その上、悪魔達は事情がないにも拘らず他者の深層心理をこじ開けて閲覧するようなことを遠慮する程度に人間的倫理観を身に付けていた。

 その為、唯一警戒するべきこととすれば天使達に秘匿情報が漏洩してしまう事。しかし、今のアルバートの深層心理に漏洩して困る様な情報は与えていない。何より、例え秘匿技術を身に付けていたとしても、現在この王都に潜入している天使達の実力を思えば秘匿するだけ無駄なのは確実だと誰もが口を揃える。

 そもそも、セナとルルシエですらアルピナかスクーデリアの魔法で外部から強制的に秘匿させなければならないほどには彼我の実力に差がありすぎるのだ。天使と悪魔の相性差を考慮すればそれでもまだ不安は残るが、しかしこれ以上の対処法は記憶ごと封印乃至抹消する以外には残されていないため致し方ないだろう。

 だからこそ、セナもルルシエも改めて彼女達草創の108柱と呼ばれる最古の神の子の実力の高さには筆舌に尽くしがたい畏怖を感じてしまう。あまりの隔絶された実力差に、横に並び立つことすら憚られてしまうほどだった。そして、それを大して気に留めることなく親密に接してくれる彼女達の懐の深さには感動すら覚えてしまう。

 そもそも、草創の108柱は、その誕生方法からして他の神の子とは一線を画する。セナを含む旧世代の神の子が神界の生命の樹を、ルルシエのような新世代の神の子——尤も、彼女は第二次神龍大戦以後に生まれたため、どちらかと言えば次世代の神の子として数えられる事の方が多いが——は各世界の各界の生命の樹を母体として生まれたのに対し、彼らは神が自らの手により創造した存在。いわば、神の子の試作品のような存在であり、或いは本質的には神の子より神に近い存在なのかもしれない。

 そんな存在が味方としていることは何と頼もしいことだろうか。しかし、味方だからこそ頼りになるのであり、敵の領袖である天使長セツナエルもアルピナ及びスクーデリアと同じく草創の108柱のうちの一柱なのだ。そして彼女はアルピナよりも早く創造された神の子であり、総合力はアルピナアを上回る。

 同じ神の子であるルルシエにとっても彼女は神話の存在と大差ないほどにかけ離れた権威と実力を持っているため、たかがヒトの子でしかないアルバートやクオンでは到底想像する事すらできないほどの神聖不可侵な存在へと到達している。

 だからこそ、とでも言うべきだろうか。現状の姿や痕跡を見せてこないうちはあまり深く考えても時間と気力の無駄でしかない。人間が一日にできる決断の数が限られているように、神の子といえども精神的疲労による判断力の低下は多少なりとも受けてしまうのだ。人間ほど顕著に影響が出る訳ではないが、しかし神の子同士の戦いではそうした些細な疲労が結果に如実に表れてしまうのだ。

 故にセナもルルシエも、見えない敵をそっちのけで眼下に広がる城下町の喧騒やアルバートとルルシエの親密な友情を楽しむことに注力する。アルバートもまた、そうした超常の存在に関する一切は聞いていても全く理解が及ばないため、深く聞くことを諦めていた。

 そうした遠く離れた存在を無理やり理解しようとする暇があったら、まだセナと親睦を深めたりルルシエとの享楽な一時を楽しんでいた方がよっぽど精神衛生上よろしかった。崖下に広がる喧噪の調べに踊るルルシエに心中で微笑みを浮かべながら、上空を舞う鳥の歌声に耳を傾けるのだった。


「俺はもうこれから暇ですし、セナさんもこれから特に用はなかったと思いますので、日が暮れないうちに早速城下町に降りましょうか。……ルルシエ、移動するから俺の影に戻っといてくれ。くれぐれも、勝手に外に出てくるなよ」


 アルバートはセナに確認も兼ねた提案を投げかけつつ、足元のルルシエに忠告する。彼の言葉に対し、セナは心中で予定がないことを改めて確認した後に快諾の言葉と微笑を浮かべる。ルルシエも同様に、彼らの英雄としての業務に支障が出ないことを改めて確認しつつ満面の笑みを浮かべる。大丈夫だって、とやや不満げながらも可憐で玲瓏な声色と口調で彼の忠告と心配を否定する。

 しかし、それは本心からの拒絶や否定の言葉ではない。彼を信頼しているからこそのコミュニケーションであり、そこに一切の他意は存在しない。アルバートもまたそれを知っているからこそ彼女に対してそれだけの軽口を叩けるのであり、決して彼女を蒙昧だと揶揄しているわけではない。

 そこに広がるのは、まるでお花畑のような平和で長閑で牧歌的な光景。高原を走り回る童たちのように愛らしく、この国の平和的側面だけを抽出したかのようだった。何時までも見ていられるようなその光景は、いつまでも続いてほしいと誰もが願う理想的な将来像。魔獣被害に怯えながら過ごさなくてもよいのだという誰もが希う切実な願望を形にしたようなものだった。

 しかし、そんな甘い甘い蜜に浸した理想郷の如き将来は果たしていつ訪れるのだろうか。或いは一生訪れないかもしれない。人間達には知る由もない天使と悪魔の抗争は、神話の時代から幾度となく繰り返されてきたもの。傲慢と意地のぶつかり合いは、彼ら神の子をして辟易するほどに終わりが見えないのだ。

 その為、仮に終わりがあるとすればその可能性は二つ。傲慢の失墜か意地の消耗のどちらかが起こらない限り、基本的に不死の存在である神の子による対立が終わることはない。相反する両者の意志は、だからこそ曖昧な馴れ合いでは決して終わらないことを暗示してくれている。

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