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ALPINA: The Promise of Twilight  作者: 小深田 とわ
第3章:Mixture of Souls
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第172話:悪魔公の贖罪

 或いは、未だ人間達の価値観を正確に把握できていないことの表れかもしれない。いくら悪魔がヒトの子を遥かに凌駕するほどに聡明であろうとも、直接見て聞いて嗅いで触れて味わってみなければわからない事の方が圧倒的に多いのだ。彼女が魔界の生命の樹から産み落とされて約10,000年。神龍大戦以後に生まれたがために魂の転生業務以外でヒトの子と触れ合った経験を持たないルルシエでは、どうしても認識に齟齬があってしかるべきだろう。

 当然、ルルシエ本人はそれを自覚している。自覚しているからこそ、その齟齬を少しでも解消しようという思いから人間社会を散策してみたいという思いを雪のように積もらせている。その想いは日毎に重なり積もり、雪解けの瞬間を今か今かと待ちわびて雪崩を起こしそうになっていた。

 そして、アルバートもまた同様に彼女のそうした思いを把握している。王都を散策したい、と事ある毎に頼まれているからというのもあるが、非言語的側面からでもその想いが痛いほどに伝わる。翠藍色の瞳が煌びやかに輝くたびに、心が音を立てて痛むのをハッキリと自覚できる。

 何より、影に潜んでいるからこそそうした感情的側面の紐帯がより強固になっているような気がする。契約を結んでいないにも拘らず、まるで回廊が形成されているかのように彼女の感情がアルバートの心に雪崩れ込んでくるのが知覚できる。

 しかし、だからと言ってそう簡単に王都を散策できないのが悩みの種。英雄という、嘗て類を見ないナラティブを生み出した有名人は、情報通信技術に乏しいこの世界に存在するこの国でありながらも瞬く間に拡散し、宛らウィルスのようにヴァイラルを起こした。

 他の噂と異なるそう簡単に下火になることがない強い感染力により、恐らくは何も対策せずに城下町に降りようものなら瞬く間に身動き一つとれなくなるだろう。仮にそうなってしまえば観光どころではなくなってしまう。そもそも、英雄として顔が割れている以上、英雄として認知されていないルルシエと肩を並べて歩こうものならどこかしらで何らかの噂が広がることに疑いの余地はない。

 或いは、その場で何らかの追及を受ける可能性すら十分考えられる。仮にそれを受けるのがアルバートであれば人間達にも慣れているため適当にはぐらかすことができるだろう。しかし、悪魔であるルルシエは人間に慣れていないことからどんな反応をするのかが予測できず、アルバートもどうしても慎重にならざるを得ないのだ。彼女の事だから無関係の人間に怪我を負わせる様な不祥事をしでかすことはないと確信できるものの、しかし怪我に至らない程度であろうとも騒ぎを起こされでもしたら面倒ごとになるのは明々白々。その為、何としても騒ぎになる可能性を極力排除する必要性に迫られているのだ。

 ねぇねぇ、とルルシエはアルバートの服の裾を引っ張る。童が母親の服を引っ張って玩具を強請る様に、その瞳は純粋な好奇心で輝いていた。綺麗にヘアアレンジされた翠藍色の御髪が温暖な風に乗って鮮やか且つ可憐に揺れ、爽やかで官能的な香りがアルバートの鼻腔を満たした。外見年齢はアルピナと同じく人間でいう10代後半といったところだろうか。そんな年頃の可憐な少女のように純粋無垢な笑顔と透き通るような雪色の肌を輝かせ、彼女はその相好から容易に読み取れることをそのまま言語化する。他者に聞こえてしまうことがないようにか細く、しかしその繊細な声色は可愛らしさと気丈さを併せ含んでいた。


「この後って特に用事なかったよね? 一緒に城下町に降りてみない?」


 彼女の言葉は、彼女の純粋な願望。英雄として人間社会に潜入していることとは何ら関係ないもの。強いていれば、レインザード攻防戦で退散した魔王ことアルピナ達が滞在している程度。クオンが攻防戦で消耗した体力が回復しきっていないことから療養目的で留まっているのだ。

 態々人間社会のお膝元で療養する必要もないだろうに、と言いたくなる気持ちもあったが、しかしアルピナ達も何か意図があってそうしているのだろう、と解釈してあまり深くは追及しなかった。

 どのみち、英雄として崇められている以上、表立って会うことは難しいのだ。たとえどのような意図が隠されていようとも、すぐさま影響を及ぼすことはないと予想できる。それに、仮に影響を及ぼすような動向を見せるようであれば、事前に精神感応を用いるなりして何らかの連絡があるはずだ。

 しかし、アルバートの予測とは異なり、アルピナ達に深い意図は隠されていなかった。ただクィクィが王都を観光したかったのと、アルピナがスクーデリアとクィクィを連れて喫茶店で茶会を開きたかっただけである。スクーデリアを救出した後に利用した喫茶店と同じところを利用したかったのだ。他の店が悪いという訳でもなければその店が特別良いわけではなく、単に救出劇後の御約束として根付いただけの事でしかなかった。

 それらに加えて、アルバート達の英雄としての人間社会への潜入が滞りなく遂行できているかの確認もおまけとして兼ねていた。信用していない訳ではなく、悪魔を統括する悪魔公としての立場故の配慮だった。10,000年も業務を放棄してあらゆる世界や蒼穹を放浪していたことへの罪悪感に対する彼女なりのせめてもの贖罪なのだろう。尤も、彼女が不在の間はスクーデリアが悪魔公の全権代理として辣腕を振るっていたうえに悪魔はもともと自由意志が強い種族な事もあり、大きなトラブルは一切起きなかったのだが。

 それでも、スクーデリアに頭が上がらない彼女としては心の奥底ではそれなりの謝罪の意志を燻らせていたのかもしれない。性格か体裁か、決して表面化しない彼女の真意は彼女にしか分からないが、それを含めてそれが彼女なのであり決して悪いことではないだろう。

 スクーデリアも長い付き合いでそれは完璧に知悉しているため、今更言語化乃至行動化されなくても一欠片の不満すら抱くことはなかった。それよりも、こうして天使の支配下から解放してくれたことに対する感謝の想いの方が何倍も大きかった。尤も、そのせいでクオンが頻繁に彼女に振り回される羽目になっているのだが、だからと言ってそれが改善されることはなかった。

 寧ろ、そうして振り回されている彼を見て楽しんですらいるようだった。例えアルピナが10,000年もかけて探し求めた宝者であろうとも、その扱いはアルバートに対するそれとあまり変わらないようだった。それでも、他の無関係な人間に対するそれに比べたら圧倒的に丁重であり、ヒトの子を管理する神の子としての矜持を存分に味わうことができた。

 そしてそんな彼女達だが、未だ魔王としての顔が公に周知されていないことをいいことに王都を自由気ままに散策している。英雄の凱旋を称賛する民草の喧騒の合間を撃退したはずの魔王が闊歩するという光景は、人間側の視座で見れば何とも不可思議で屈辱的なものだった。

 しかし、それは却って頼もしさすら感じさせてくれた。そもそも、現在城下町から湧出する喧騒は魔王を撃退した英雄に対する評判である。勝手解釈で敗北者に仕立て上げられた魔王である彼女達が、それにも拘らず嫌悪感や不快感を一欠片も抱いていないのだ。人間の戯言程度に心を揺さぶれるほどに弱い魂を持っていないという事だろうが、その寛容で鷹揚な性格は流石ヒトの子を管理する上位者としての矜持の賜物だろう。

 その証拠に、金色の魔眼を開いて眼下の喧騒を見渡せば黄昏色の魂が三つ浮かび上がる。ヒトの子が魂を見通す眼を持っていないことから、魂の秘匿も欺瞞もせずにそのままの魂を曝け出している。

次回、第173話は3/19 21時頃公開予定です。

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