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ALPINA: The Promise of Twilight  作者: 小深田 とわ
第3章:Mixture of Souls
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第167話:慕情と友情

 掌の上で彷徨い藻掻くヒトの子達を俯瞰的に見下ろすその様は、正に神の子ならではの特権だろう。ヒトの子を管理するという神に与えられた自身の立場を最大限活用できているからこその所業とも言える。

 そして、その特権的恩恵を受けるのは悪魔であるセナとルルシエに限った話ではない。彼らと同じ悪魔の一柱であるスクーデリアと契約を結んだ対外的には英雄と賞賛される青年アルバートもまた、セナやルルシエと同じ視点からヒトの子達の動向を観察している。

 これまでの悪魔や天使といった所謂神の子とは全く縁がなかった頃には到底考えられなかった俯瞰的視座から物事を客観的に観察できるというのは何とも不思議な感覚だった。そもそもそういった存在の実在性なんて考えた事すらなかった。神話は神話だと断じて現実世界の枠組みに落とし込もうという概念が脳裏を過った事なんてただの一度も無かった。

 だからこそ、今こうして味わっている感覚というのは、彼にとっては何とも言い難い境地へと感情を到達させてくれる。決して悪い感覚はしなかった。非人間的存在と深い縁の力で結ばれている事に対する嫌悪感も無かった。あるのはそういった人ならざる存在や事象に対する更なる好奇心だった。それに対して、人間的存在としての価値観に対する名残惜しさは微塵たりとも残されていなかった。

 そもそも、価値観が変わったとはいえ以前までの価値観をすっかり亡失してしまったわけではない。過去の価値観は過去の価値観として保持しつつも、現在の自信の立場や境遇に照らした新たな価値観へと構築され直されただけでしかない。その為、冷めきった感情こそあれども一定の理解だけは残された。それはもはや同情と呼んで差し支えないかもしれないが、それに対する罪悪感すら抱けないほどに、彼の心は悪魔色に染まり始めている様だった。

 しかし、それは決して悪いことではない。寧ろ、更なる友情と信頼関係の構築を考慮すれば未来に対する良い投資だと断言できるものだった。何より、これからも引き続きセナやルルシエと行動を共にしなければならない都合上、彼らと同じ価値観の枠組みを抱けることは何よりもの強みだった。勿論、人間の価値観による抑止力としての働きが弱まってしまったこともまた事実ではある。

 しかし、それを差し引いても十分だとアルバートは感じていた。それほどまでに、彼は現状に満足していた。とりわけ、ルルシエと同じ視点に立って会話を交えられるのはこれまでの生活では考えられないほどに楽しかった。カーネリアと過ごした逸脱者としての魔獣狩り生活を彷彿とさせるほどに、彼とルルシエの相性は非常に良かったのだ。

 そしてそれは、ルルシエとしての同意見だった。神の子であるが故に一個人に対する特別な感情を持つことはないため、ここから先のより親密な関係に発展することはないと断言できるものの、それでも楽しいことには変わりなかった。

 神龍大戦後に生まれたがために、彼女はヒトの子との直接的交流に関しては完全な処女だった。魂の転生業務に関しても、人間以外のヒトの子を担当することが多かったことからなおのことだった。そもそも転生は肉体的死を迎えたヒトの子を対象とするため、どう頑張っても誰かしらと会話をすることは不可能だったのだが。

 故に、こうして生を実感できる物理的な交流は鮮やかな光となって彼女の心に射しこまれることとなった。他者が入り込む余地が一切残されていない非常に強固で親密な関係。それは悪魔公として全悪魔を管理及び統括する立場にあるアルピナや、英雄として潜入する三者を代表して指揮及び統括するセナですら同様である。いかなる理由や動機に関わらず、ルルシエはアルバートとの関係性を断たれることを拒絶する。

 当然、その事実はセナのみならずアルピナ達も把握している。レインザード攻防戦が終わり、魔王の存在が公になるまでの間、アルピナ達は屡々王都を散策して人間社会を堪能していた。その際、暇をみつけてはセナ達が無事に英雄としての職務を全うできているかを観察していたのだが、そこで彼女達はアルバートとルルシエの関係性を深く理解する機会があったのだ。



     ◆◆◆◆     ◆◆◆◆



【輝皇暦1657年7月6日 プレラハル王国王都】


 セナとアルバートが英雄としてプレラハル王国を来訪し、そのまま四騎士達とともに国王陛下に謁見した直後。未だ冷めやらぬ熱気と歓声が王都を包み込み、喧騒が町を支配していた。魔王という強大な存在の出現及びそれと同時に出現した英雄の存在は、それほどまでに人間達の心を乱高下させるだけの力を有していたのだ。

 情報通信技術が未発達なこの世界において、遠く離れた地から齎される情報は往々にして相応の信憑性欠落と誇張乃至矮小表現が付きまとう。しかし、それにも拘らず彼らは与えられたその情報に狂喜した。魔王などという創作物にありがちな存在を彼らは素直に受け入れたのだ。英雄に関しては魔獣被害の増加に伴って自然と定着した概念であるためそれほど違和感はなかったものの、それでも異様な光景だった。

 何故、それほどまでに彼らは魔王と英雄の存在に心酔し狂喜したのか。自らの命、延いては人間の文化文明の存続にまで影響を与えかねない未知の存在に対して何故恐怖を抱かなかったのだろうか。

 何とも不思議なものでしかなかったが、しかしそれは偏に人間は遠く離れた存在に対して負の感情を抱きづらいことに起因する。文明的な社会構造が構築される遥か以前の狩猟時代に形成された危機管理能力は、今現在のような文明的生活になっても根強く残存していたのだ。

 狩猟時代、人間達は他の猛獣達と生活圏を共にしていた。その為、四六時中に亘って周囲にはありとあらゆる危険で充ち溢れていた。火という文明的利器を手に入れてなおそれは残存し続けたが、それが却って身近の存在に対する異様なまでの恐怖心獲得に作用していた。そして、それに反して遠く離れた存在に対しては過度な興味関心を抱かない様に本能が書き換えられていった。そんな無関係の存在にまで目くじら立てて強力な危機管理能力を向け続けていたら気力が持たないのだ。不必要な体力や気力を使わない為にも、そうした合理的な本能回路は形成されていったのだ。

 そうした経緯があり、今現在のような文明的時代になっても遠く離れた存在に危機感を抱かず、近場の存在に一層の危険意識を向ける本能が現れているのだ。そしてその結果、レインザードやその近郊の町村に住む人間達以外は総じて魔王と英雄の戦いに神話や叙事詩のような享楽を見出してしまったのだ。

 言い換えれば、それほどまでに人間達は飢えていた。魔獣被害に脅かされ、肩身の狭い思いをし、自由気ままな平和から遠く離れた現状に対する憤懣が山積していたのだ。そしてそれに対する反抗反応として、魔のつく存在を打ち破る英雄という存在に対して異様なまでの狂喜を抱いていたのだ。

 レインザードに住んでいた被害者としてはたまったものではないだろうが、しかしそんなことは一切お構いなしだった。レインザードはプレラハル王国に多数存在する町の一欠片にしか過ぎず、近隣の町村を集めても精々誤差程度にしか変わらない。

 マイノリティが声を大にしてそれを批判したところで、マジョリティを凌駕することはできないのだ。小さな口が大きな主語で己が行為の正当性を主張するのはそれに対するある種の対抗手段なのかもしれないが、結果を勘案すればマジョリティの絶対的優位性は明らかだろう。

次回、第168話は3/14 21時頃公開予定です。

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