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ALPINA: The Promise of Twilight  作者: 小深田 とわ
第3章:Mixture of Souls
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第166話:道筋

 それはつまり、それほどまでに人間達の平和が瀬戸際まで追い込まれていることを意味する。現実的な仮定ではなく非現実的な理想に縋るほどに、彼ら人間達は魔王の脅威によって猛獣を前にした草食動物のように無力化されていた。

 しかし、彼らはその魔王と直截相まみえている訳でもなければ、実際の被害状況を確定させられたわけではない。あくまでも理想と妄想による予測だけでしかないにも拘らずこの様なのだ。何とも言えない情けなさだろう。とても民草の生活を支えている為政者達とは思えない及び腰だと軽蔑したくなってしまう。

 それでも、彼らは彼らなりの答えを得ようと拳を握り締める。紅潮して熱を帯びていようとお構いなし、彼らは無意識の拳を固く握り続ける。決して抗えることができない時の流れを恨めしく思い、出来ることなら時間が止まってほしいとすら思ってしまう。

 できるはずのない理想を心中の片隅に宿し、揺れる蝋燭の灯がそんな彼らの足元に暗い影を落とす。まるで彼らの心象風景をそのまま描いたかのような重く暗い漆黒の影が、毛足の長い絨毯の上で揺らめいていた。その中を優雅に歩き回るルルシエの存在には気付く事無く、彼らは揃って小さく息を吐いた。


 ふぅん……みんな思考が泥濘にはまり込んでるみたいね。そんなに深く考える必要ないと思うんだけどなぁ。かといって私が出る訳にもいかないし、セナもアルバートもいつまで観察を続けるつもりなんだろう?


 ルルシエは人間達が思考を無限の螺旋階段に落とし込んでいる理由が理解できなかった。決して彼らをバカにしようという意思が含まれているわけでもなければ自身の聡明さを誇示したいわけではない、単なる純粋な疑問でしかなかった。

 そもそも、百聞は一見に如かずという言葉の通り、想像と体感で状況が正確に把握できるわけがないのだ。目で見て耳で聞き、肌で触れて初めて情報は情報としての意味を持つ。そうでなければ実験や研究といった手技の存在意義が亡失されてしまう。

 つまり、こうして平和で安全な王城の片隅で縮こまって額を突き合わせているだけではそもそも答えが出るはずがないのだ。答えを求めているのであれば、先遣隊の帰還を待たずして今すぐにでもベリーズに赴くべきなのだ。

 勿論、為政者という立場上不用意に危険に身を晒すわけにはいかないという意見もまた彼女は理解できている。しかし、敢えて危険に身を晒さなければ大きな成果を得ることは到底不可能である。何のために騎士という職務が存在しているのかを今一度再確認した方が良いのではないか、と諭したくなってしまう。

 しかし、こうして悩み悶えている様も人間らしい側面だといえる。ルルシエは地界に降りて人間と触れ合うのは初めてだったが、しかしだからこそ先達の悪魔達が何故あれほどまでに人間達を贔屓にするのか分かったような気がした。

 窓から差し込まれる薄い陽光に一抹の眩しさを覚えつつ、ルルシエは改めて人間達の思考の波に漂って彼らの動向を楽しみ始めた。

 そんな中、悲壮感で形成された静寂を破ったのは六大貴族でもなければ四騎士でもなかった。さらに言えばセナ達英雄でもなかった。会議が始まってから今この瞬間に至るまで終始無言を貫き、ただ只管に皆の様子や会話の動向を注察し続けていた国王バルボット・デ・ラ・ラステリオンが漸くその重厚感と威厳に溢れる低音を室内に轟かせた。


「ここに座してのんびりと意見を交えたところで具体的な解決策は出そうにもないようだな。私としては、誰かしらが直接部隊を率いて現場に赴き、可能であればそのまま問題を解決してしまう意見に賛成だ。勿論、相応の危険性と犠牲は覚悟のうえで挑まねばならない事も承知している。そこで、魔王と直接対峙したことがあるキィス殿、イラーフ殿、そして英雄殿に尋ねたい。部隊はどの程度必要だ?」


 停滞した会議の波が一気に開放され、一つの道に向かって進み始める開放感。対等な者だけが複数集まるよりも、誰か一人でも皆を先導できるだけの突出した地位や才能を有するものがいるほうが会議としてある程度の円滑性を保ちやすいものだ。

 当然、一歩間違えれば独りよがりの独走や恐怖による萎縮により却って会議としての意味が崩されてしまう危険性も孕んでいる。そのため、人員を策定する際には相応の注意を払う必要が生じてしまうという欠点も孕んでいる。それでも、今まさに眼前で繰り広げられた光景のように、滞留した空気を入れ替える風を吹き込む意味として効果は抜群だろう。

 彼の言葉を受けて、全員の顔色が変わる。セナやアルバート、ルルシエも彼らと同様に、バルボットの言葉を受けて自然と背筋が伸びてしまう。セナはこれまで生きてきた長い時間の中で、アルピナやセツナエル、ジルニアといった上位階級の者とはそれなりに接してきた経験がある。それでもなお、人間でしかない彼の言葉は心を奮い立たせるに十分なほどの力が込められていた。

 それはまさに手放しで称賛を贈れるだろう。決して人間という存在を見下していた訳ではなかったのだが、しかしこうしてバルボットと接することで、無意識的に人間という存在をかなり見下していたのではないだろうか、と思わせてくれた。改めて、自身の心の弱さを実感したセナは、心中で反省しつつ名前を呼ばれた他の者達と目配せする。

 言葉を交わさなくても、その瞳で何を言いたいのかは凡そ理解できる。最悪、魔眼で深層心理を見透かしてしまえば何も問題はなかったが、その必要はないようだった。わかりやすいと言ってしまえば少し悪い気もするが、しかし実際問題としてそうなのだから言い換えようがなかった。

 そして、セナの横ではアルバートもまたアエラやエフェメラと目配せして互いが考えていることをそれとなく教える。レインザードでの一件を思い出しつつ、彼らはバルボットからの問いかけに正確に答えられるように速やかに脳裏で情報を整理する。

 レインザード攻防戦における人間側の戦力はアエラ直属の部隊にエフェメラ、セナ、アルバートを加えたもの。エフェメラは聖職者ゆえに武官を率いていない事に加えて自身も戦闘能力をほぼ有していないことから、実質戦力はアエラの部隊に英雄を加えたもの。

 そして、その大半は魔獣一匹に対して複数人で対処するのが限界だった。そのため、まともに魔王と戦えた戦力を問われたらアエラ、セナ、アルバートの僅か三人にまで絞られてしまう。

 三人でも戦えると言われたら聞こえはいいかもしれないが、残念なことに魔王側はかなりの余力を残していたことはアエラの眼にも理解できてしまう。事実、アルピナもスクーデリアもクィクィもクオンも人間を相手にするときはほぼ力を使っていなかった。

 悪魔と人間では身体構造に差異があるどころか、そもそも姿が似ているだけの別種族だ。まだ神の子がヒトの子に認知されていた時代に、アルピナは屡々猫と犬くらい違うと発言していたが強ち間違いではないだろう。

 その上で、ベリーズに部隊を派遣するならどれほどの戦力が必要だろうか。数が多ければ多いほど戦力としてはありがたいが、しかし使い道のない過剰な戦力は却って補給の浪費でしかない。何より、人命に勝る大事なものは存在しない。徒に死傷者を出すわけにはいかないのだ。

 そうしてアエラやエフェメラが思案する陰で、セナとアルバートは別の視点からバルボットの求める答えを探し求める。悪魔として全てを把握しているという立場から導き出される数多の選択肢。その中から人間達が得られている情報で導き出せる答えに絞りつつ、英雄として相応しい答えを思い描く。

次回、第167話は3/13 21時頃公開予定です。

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