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ALPINA: The Promise of Twilight  作者: 小深田 とわ
第3章:Mixture of Souls
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第164話:私利私欲と利他的姿勢

 事実、その問題に直面したのはアルバートだけではなかった。クオンもまたアルピナという存在を知ってしまったがために人間社会における様々な階級闘争の存在意義を見失ってしまった経験がある。彼の場合は人間社会との関わりが減少してしまった為にそれほど問題なかったが、それでも一定の違和感や失望感は否めなかった。

 そして、それは二人だけの問題ではない。神の子の存在を理解している者は他にも存在する。それは他でもない龍人達だった。彼らは龍の血を引く存在であり、神の子とヒトの子のどっちでもない中途半端な存在として苦心し続けている。迫害こそされていないものの、それでも疎外感は二人が感じているそれ以上であり、結果としてカルス・アムラに引き籠っている原因にもなっている。

 しかし、こればかりは神の子であろうともどうしようもない問題である。どれだけ優れた神の子であろうとも、ヒトの子の思考までは変えられない。勿論、天使が持つ天羽の楔等による精神支配を使って強引に捻じ曲げてしまえばその限りではない。しかし、それは倫理的にもあまり好ましい手段とは言えないだろう。理不尽の権化である神の子に倫理観を問うのは些か邪道かもしれないが、天使は兎も角悪魔達はそれをあまり良しとはしない性格だった。

 故に、アルピナ達悪魔はクオンやアルバートが直面している苦悩に対して盲目となる事しか出来なかった。下手に口を挟めば余計な混乱を招くであろうことは明々白々だった。せめてもの贖罪として、彼らの傍に寄り添い守り抜くことを心の深奥で誓うのだった。

 事実、それは彼らにとって非常にありがたいことだった。やはり、そうした精神的な問題は本人にとっても非常に繊細な問題である。その上、クオンは自身の義家族に関する諸々の問題も重なり合っていることから、その繊細さはアルバートのそれ以上だった。

 精神的な問題や苦悶に対しては、否定も肯定もせず傾聴・受容・共感の三つを主軸とすることが基本原則である。過剰な肯定で依存を形成させることも、不足した受容で突き放すこともあってはならない。常に一定の距離感を維持した関係を続けることが全てにおいて優先される最低限の原則。

 悪魔である彼女達がそれほど客観的な根拠に基づいてそうした対応を行っているわけではなかったが、しかし神の子としてヒトの子を管理する立場から習得していた本能とも言える行動だった。ヒトの子よりヒトの子を理解している彼女達だからこそ、態々言語化して客観性を示す必要すらなかったのかもしれない。

 そんな非言語的な苦難と配慮の鬩ぎ合いを認識することなく、アルバートは自身が感じるそうした冷めきった感情に自分なりの答えを見つけようと模索する。個人の価値観や認識の問題であるが故に、どれだけ周囲の協力や配慮が満ち溢れていようとも最後は自分自身で解決するしかない。身体障がいのように外科的な治療で解決することは、それこそ神の子達の精神支配を除いて存在しえないのだ。

 四騎士や六大貴族は、今もあらゆる可能性を模索してあらゆる解決策を講じようとその明晰な頭脳を最大限利用している。英雄という外部の力を利用することも厭わず、恥や外聞をかなぐり捨てたその態度は、一国を背負う為政者として相応しい姿勢だろう。私利私欲のために邪な感情を振りかざす無能な為政者は大抵どこの国にも一人は存在するものだが、こうして誰もが共通の目的のために利他的になれている光景は見事としか言いようがなかった。

 それこそ、神龍大戦時ですらその戦果から逃れようとする人間達の対応は千差万別だったとセナは記憶している。彼らのように一人でも多くの民草を救おうと模索する有能もいれば、保身と私利私欲のために部下や民草を切り捨てる無能まで様々だった。必要とあれば神の子に逆らうことを厭わない勇敢な者すら多く存在していたものだ。

 しかし、そうした勇敢な正義の心は往々にして背後に忍び寄る邪な利己的思想に斃されるもの。神の子同士の戦乱に巻き込まれた人間達の中には、その混乱に乗じて火事場泥棒的に利益を独占しようとする者が少なからず存在した。そして、そういう者は大抵その悪意が露呈した際にそれを暴露したものに手をかけた。手を汚し、それを隠し、平然とした顔で更なる悪意を弱き民達に押し付けるその様はなんと醜いものだろうか。

 今になってもあれほど醜いものは存在しないだろう、とセナは断言できる自信があった。セナに限らず、第二次神龍大戦を経験したどの悪魔も口を揃えるだろう。天使や龍が同様の思考を宿しているかはセナにも理解できなかったが、しかし少なからず嫌悪感を抱いていてほしいと願うばかりだった。

 人間達にとっては厄災を具現化したかのような神龍大戦も、自らの私利私欲の為であれば人間はそれほどまでに醜くなれるものだというのがよくわかる。何故神はそんな弱い心を持った存在を創造したのだろうか、と今でも理解できないセナだが、しかし神に逆らえるほど自身の心もまた強くないと知っているため、グッと魂の深奥に抑え込む。

 そして同時に、だからこそとも言うべきだろうが、アルピナ達魔王の存在に対して誰一人として私利私欲に走らずに手を取り合う眼前の人間達には称賛と尊敬の念を抱かずにはいられない。勿論、この国の為政者が須く善人だとは思っていないが、そうした問題が表面化していないだけでも大したものだろう。

 事実、一部の貴族は問題を解決しようと奮闘している裏で私腹を肥やそうと暗躍している。それは、ルルシエを中心とした新生悪魔が陰で王国中に張り巡らせた情報網から全て筒抜けになっているため確実だと断言できる。

 しかし、それは敢えて全て放置されている。セナもルルシエもアルバートも、彼らに与えられた悪魔側からの任務は英雄として人間社会に潜入すること。それ以外の一切は与えられていないのだ。そして王国側から与えられた英雄としての任務は魔王を討伐して人間社会に平和をもたらすこと。つまり、例え密接に関係していようとも魔王討伐に直接関係しない雑多に手を貸す義務は存在しないのだ。

 勿論、頼まれれば手を貸すが、自分達から手を貸して余計なリスクを招く可能性を考慮すればその必要性は薄い。そして、仮にそれで王国の地位が没落しようともそれで彼らが被る被害はゼロである。その為、リスクを抜きにしても態々手を貸そうとは思わなかった。

 それでも、一応のリスクを考慮してそうした問題は全て把握するようにはしている。仮にそれで英雄としての職務に影響を及ぼすようであれば何らかの手を打つ必要が生じるかもしれないのだ。尤も、神の子である彼らに影響を及ぼすような人間の悪意は非常に数が限られるため、それほど警戒する必要はないとも言えるのだが。

 しかし、そうした人間達の悪意の中でも気になることが一つだけ存在した。それは、眼前で今なお繰り広げられている王と騎士と貴族と英雄による会議とは直接関係する訳でもなければ、今すぐにでも影響を及ぼすわけでもない火種。強いて言えば四騎士であるエフェメラ・イラーフのもう一つの顔である天巫女と密接に関係している程度である。それでも、アルピナ達がいるベリーズとは遠く離れた東方地区の事。態々俎上に載せる必要もないと断定して様子見程度に留めている。

 可能性があるとすればワインボルトとラムエル関連だろうが、だとすればなおのこと今すぐ手を下す必要はない。ワインボルトならよほどのことがない限り粘れると思われるうえに、必要ならラムエルから接触を図るだろうと考えられるのだ。

次回、第165話は3/11 21時頃公開予定です。

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