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ALPINA: The Promise of Twilight  作者: 小深田 とわ
第3章:Mixture of Souls
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第163話:パラダイムシフト

 しかし、だからと言ってセナ達の立場や価値観が変わることはない。どれだけ人間達が素晴らしく輝かしい光景を見せてくれようとも、彼らは悪魔であり、その所属が魔王側であることは揺るぎようがない現実なのだ。例え如何なる理由があろうとも彼らはアルピナ達の仲間であり、最大の友人であり仲間である彼女達を裏切ろうとする意志は微塵も存在しなかった。

 そして、それは悪魔と契約を結んだアルバートも同様だった。当初は魔王と称されるアルピナ達と敵対する立場だったものの、今や完全に彼女の仲間である。契約に際して自由意志を奪われてはいないものの、最早彼女達を裏切ろうとする意志は欠片たりとも存在していなかった。

 それは、彼女達に対する恐怖から齎される屈辱感と挫折感に基づく隷従ではなかった。契約を結ぶ決め手こそその恐怖だったものの、今となっては一切の恐怖を感じていない。寧ろ、これまで結んできたどの人間関係をも上回る心地よさと享楽すら感じているほどだった。

 それほどまでに、悪魔はヒトの子の心を完璧に理解していた。それこそ、どんなヒトの子よりもヒトの子の心を理解していた。寄り添い、並び立ち、喜怒哀楽を余すことなく共有する彼ら彼女らの巧みな心掌握術は誰もが見習うべき代物だった。

 それは偏に、悪魔という種族特有の習性に由来するものだった。天羽の楔で心を支配する天使に対し、悪魔は契約に基づきヒトの子と接触する。一方通行な主従関係を結ぶ天使がヒトの子の心を理解できないのに対し、双方の同意が必要不可欠な契約関係を結ぶ悪魔がどうしてヒトの子の心を理解できないであろうか。

 それは例え傲慢を具現化したようなアルピナであろうとも変わらないこと。クオンが彼女と契約を結んで付き従うのは、何も事の成り行きや圧力によるものではない。客観的には傲岸不遜で自由奔放に見える彼女ですら、細部は常にクオンの心に寄り添っている。

 しかし、細部に宿るそうした気遣いをクオンは認識することはできない。そして同時に、アルピナ本人ですら気付くことはない。本能に刷り込まれたそうした行動は非常に微細な差異の積み重ねであり、無意識下に行われる優しさで構成されているのだ。その為、それを受けるクオンですら気付かないのはある種当然の帰結ともいえる。

 勿論、アルピナがクオンに対してそれほどまでに気遣いと配慮を欠かしていないのは、悪魔の本能的行動に由来するもの以外も多分に含まれていた。悪魔達にしか知らないその想いは、例え天使長であるセツナエルの聖眼であろうとも見透かすことができないほどの深奥に込められたもの。或いは、セツナエルだからこそ気付けるかもしれない濃密な親愛によるものかもしれない。

 それこそ、スクーデリアが妬いてしまうほどの盲目的な親愛だった。本人はそれを単なる意地だと言って否定しているが、その真実は果たしてどちらにあるのか。どちらも正解のようであり、或いはどちらも誤りかもしれない。本人達ですら正確に把握できない様な、それほどまでに複雑な要因によるものかもしれなかった。

 そうしたアルピナによるクオンへのそれと比較して、アルバートがセナやルルシエ、そして契約主であるスクーデリアから受ける各種気遣いや配慮は遥かに及ばないかもしれない。しかし、例え少量であろうとも悪魔がヒトの子の心を誰よりも大切にしているという事実には変わりない。同時に、アルバートが彼らに対して抱く恩も彼の本心から湧出するもので相違なかった。

 彼がそうした悪魔の好意を一切の違和感なく受け入れられたのは、恐らくクィクィのおかげだろう。ルシエルの支配下にあったとはいえ、精神支配下で彼女はカーネリアと名乗りつつ精神憑依下にあったアルバートと行動を共にしていた。例えルシエルの支配下に置かれて精神の主導権を彼女に握られていたとはいえ、その本能的行動まで掻き消すことはできなかったのかもしれない。

 逸脱者及び英雄として長期間活動を共にし、間断なく彼女の無意識的な配慮や気遣いを受け続けていたことから、悪魔達のそうした行動をこれまでの生活と同じようなものとして受け入れられたのかもしれない。セナを遥かに超える古い神の子として、彼女の知識や経験値は非常に豊富。何より全神の子で断トツのヒトの子好きである彼女からの無意識的な心配りを独り占めし続けてきたのだ。精神の主導権を取り戻した今、悪魔達を受け入れられない道理はなかった。寧ろ、彼女の過ごしやすさを基準にするあまり物足りなさを抱かなかっただけでも賞賛できるかもしれない程だった。

 だからこそともいえるだろうが、アルバートの思考回路や価値観等はこの短い期間で随分と悪魔寄りにパラダイムシフトしてしまっていた。これもまた本人の自覚は恐らくほとんどないだろうが、人間の繁栄と安寧を確実なものにしようと藻掻き続けている眼前の人間達に少しばかり冷ややかな感情を抱きつつあった。

 グルーリアスが抱くツェーノン家の当主としての矜持や四騎士としての覚悟のような、本人にとっては存在意義に等しいものも不思議とちっぽけなものに見えて仕方なかった。

 決して彼や彼と同じく様々な地位や家柄を背負っている者達を嘲笑したいわけではない。寧ろ、そうしたものに雁字搦めにされて自己を封殺されているにも拘らず、それを放棄することなくさらに高めようとしている彼らの覚悟には尊敬の念すら抱いている。

 しかし、だからこそとも言うべきだろう。そうしたものに縛られて視野や行動が狭窄してしまっている彼らが哀れに見えて仕方なかった。悪魔のように寛大で雄大で傲慢で自由勝手な振る舞いとどうしても比較してしまう。比較してしまうからこそ、その対極した立場や思考や価値観の乖離を理解してしまう。

 果たして、彼らが固執する家柄や矜持に一体どれ程の価値があるのだろうか。以前の一般庶民としての価値観に染まっていた頃なら、彼ら彼女らのそうした覚悟や矜持に理解を覚えていただろう。或いは、そうした明確な保持すべきものを持っている彼ら彼女らに対して一定の尊敬や羨望を抱いていただろう。

 しかし、こうして悪魔及び彼らをはじめとする神の子の存在を認識してしまった手前、それを死守して得られるものが何かわからなくなってしまった。例えそれをどれだけ堅持しようとも誇示しようとも、ヒトの子の枠組みから抜け出すこともできなければ、その枠組みの中でもとりわけ最上位に君臨できるわけでもないのだ。

 そもそもヒトの子は等しくヒトの子であり、そこに上下関係がある訳ではない。唯一あるとすれば逸脱者に到達することだけであり、そこに名誉や矜持は一切関係しない。必要なのは才能か努力であり、なろうと思えば動物や虫でも到達できるものなのだ。

 上位存在を知ってしまったが故の悲しい現実的思考だろう。これが果たして良いことなのか悪いことなのか、それは誰にもわからない。或いは、良いか悪いかは個人ごとに異なるというべきかもしれないし、若しくは良いも悪いも存在しないのかもしれない。それほどまでに複雑で繊細な問題だった。

 この世のシステムを理解した上で自らが何をすべきか正確に理解できるという点で言えば、それは良いことと言える。しかし、これまで必死になった保持乃至積み重ねてきたものの存在意義が一瞬にして崩壊してしまうという点で見れば悪いことだろう。当人がそれに何を感じ、何を思うかによってその結果は千差万別。ただアルバートの場合は良くも悪くも現実を突きつけられてしまっただけという話でしかない。

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