第161話:レッドフィールド家とツェーノン家
それでも、魔王と称される者達の事を誰よりも知っているのは他でもない英雄であるセナ達だ。それは同族であることを知っている魔王達の視点は当然として、魔王と敵対する人間側の視点であろうとも同様である。
何故なら、現在この会議に参列しているのは六大貴族、四騎士、国王、英雄の総勢13名及び影に潜むルルシエを加えた14名。その内、悪魔側の存在であるセナ、ルルシエ、アルバートを除いた11名で魔王と直接会ったことがあるのは僅か3名に限られる。その上、グルーリアスが会ったのは彼らが魔王として台頭する以前の事であり、しかもちょっとした立ち話程度でしかない。つまり、魔王を明確に魔王と認識したうえで直接相まみえた純粋な人間側の存在はアエラとエフェメラの僅か2名にまで絞られる。
その為、魔王の存在を仄聞程度でしか認識していない彼らがどれだけ知恵と知識を振り絞っても明確な道筋が立てられないのは無理ないこと。ならば、彼ら人間達が英雄に全てを賭けて助力を希うのは当然の帰結とも言えるだろう。それほどまでに、人間達の心理的環境は崖際にまで追い込まれてしまっていた。
しかし、人間達はそれが自分達の勝手解釈に基づく早とちりだとは露とも思わない。或いは、その可能性を考慮することが不可能なほど情報に不足していたというべきかもしれない。何より、レインザードで一名の死傷者すら出なかったことを神の奇蹟だとか天使の救済だとか形容していた手前、魔の存在に対して性善の可能性を見出せなかったのだ。宗教と信仰の兼ね合いからそれが難しいのは当然として、やはり未知に対する潜在的恐怖というのは往々にして精神に根強く絡みつくものなのだろう。
故に、彼ら人間達は魔王を悪の象徴と見做して会議を進めるほかない。人類文明を存続させるべく魔王をこの世から駆逐することは、この国に生きる全ての人類が抱く共通願望だった。そして、その思いを叶えるための鍵となる英雄達の双肩には、かつてないほどの重責と期待が圧し掛かる事となった。
「なるほど……やはり、英雄殿もそのようにお考えでしたか。確かに、今もなお響くこの轟音の正体が魔王のものであるという確証はありません。何より、英雄殿ですら敵わない敵を我々のようなただの人間では到底どうにもできないでしょう。しかし、のんびりと座して待つわけにはいかない事もまた事実です。何らかの手を打つべきではないでしょうか?」
セナの意見に同意と否定を併せ含む答えで返すのは、六大貴族の一人として会議に出席しているレッドフィールド男爵レイラ。彼女は六大貴族の中では最も階級が下の人物ではあるものの、国家の福祉関係を取り纏める立場として王国中の避難所や孤児院及びその他障がい者支援施設を経営していることから民草からの人望はかなり高い。
プレラハル王国は以前から続く魔獣被害により、他国と比較して突出して福祉を必要としている者が多い。その数は他国と比較して三倍とも五倍とも目算され、一時期は十倍近い差が出来ているほどだったとされている。
レッドフィールド家は、古くより教育関係で辣腕を振るっていた経験を活かし、そうした支援を要する人達を一人でも多く減らそうと立ち上がった第一人者である。資財を擲ち、利益を顧みず、利他的思考に全てを振り切ったその活動は当初、自らの地位や名誉を底上げするための偽善的活動だと誰もが揶揄した。或いは、自らが経営する教育機関の知名度を高めるためのプロパガンダだと邪推する者すら多かったという。
しかし、そうした批判的視線に屈することなくレッドフィールド家は慈善事情を拡大していった。やがてそれは王国の目に留まり、遂には国家の支援の下に公の事業として認められる運びとなった。それが今から数千年前。輝皇暦を使い始める遥か以前、つまりプレラハル王国の王朝が別の家系が担っていた時代の話である。そこから王家の興衰に伴う王朝の建て替えや暦の変化等を経ても未だ変わらない役割を担っているほどに信頼は厚い。
それでも彼女の家系が未だ男爵家止まりなのは、その初代当主であるガルス・レッドフィールドの思考に由来する。
レッドフィールド家は福祉と支援を担う一族であるからこそ、自分達の階級が高いことはそれだけ功績が大きいことであり、それは国家の平和から対極している事の証左となる。自分達の階級が低いことはそれだけ功績が不足している事であり、それはつまり福祉が王国から求められていないという良い知らせである。
これがレッドフィールド家の家訓とも礎とも称される初代当主ガルスからの教えであり、それを遵守しているからこそレッドフィールド家は未だ男爵位を維持している。
当然、過去には幾度となく子爵位以上の爵位を授与する話があがったという。しかし、その全てを断りつつも活動を確固たるものにできる最低限の爵位として男爵位だけを現在に至るまで継承し続けているという。その為、仮にレッドフィールド家が地位や名誉に固執する一族であったならば侯爵位以上は確実だっただろう、とすら言われるほどにその功績は大きいのだ。
加えて、古くから王国に仕えている者同士として、レッドフィールド家は四騎士筆頭を務めるツェーノン家とも縁が深いとされている。前王の代から王国に仕えているツェーノン家当主グルーリアスだが、彼の一家は代々国王に仕える騎士の家系。これまでに何名もの国王直属騎士を輩出してきた名家であり、歴代四騎士にもツェーノン家の者は常に存在する。
レッドフィールド家が常に必要最低限の地位と名誉を保持しつつ国家の為に尽くしてきたのに対し、ツェーノン家は代々最大限の地位と名誉を求めて精進してきた家系として対極している。しかし、それは悪意と野望に基づく邪な動機によるものではない。ツェーノン家にはツェーノン家独自に価値観と思考回路があり、それを忠実に継承してきた結果なのだ。
ツェーノン家は騎士として王朝や家系に囚われることなくプレラハル王国の国王に仕える一族として名高い。四騎士が創設される以前の時代、初代当主ガリウス・ツェーノンは一平民から実力だけで近衛騎士の筆頭にまで上り詰めた努力家だったとされる。その功績を称えて彼は筆頭騎士の称号を賜り、その際の恩に報いえるべく一族は騎士として王国の軍門に下ったとされている。そんな御恩と奉公の関係にあるツェーノン家が誰よりも高い地位を欲して日夜鍛錬を欠かさずに精進し続けている理由はたった一つ、王の傍に侍るに相応しい人材として存在し続けるため。
王とは、国家の最上位に君臨する存在として相応の地位と功績が求められる。そんな上位者のすぐ傍に侍り続ける必要性として、ツェーノン家にも相応の地位や功績が必要とされた。その為、彼らは魔獣と呼ばれる存在を狩り続けながらも為政者として相応しい礼儀作法と頭脳を獲得するための努力を欠かさなかった。例えその出自が平民であろうとも決して侮られることがないように、彼らの一族は常に高みを目指し続けた。
その結果、ツェーノン家は騎士としての顔と同時に為政者としての信頼性をも獲得するまでに急成長したのだった。軍事の顔と政治の顔。その両方を併せ持つ存在として彼ら一族は王国から非常に重宝された。
当然、それだけ王国から信頼され重宝される様な家系ともなれば、それを目指して同じ高みに到達しようとする者が多く現れる。彼らは、ツェーノン家に羨望と尊敬の眼差しを向け、同じく国王に忠誠を誓い魂を捧げた。そして王国はそうした稀有な人材を活かせるようにと考える様になり、ツェーノン家主導の基に創設されたのが四騎士の概念だった。そのことから、四騎士の内三名はその時代の有用な人材から先行されるのに対し、残る一枠である四騎士筆頭だけは代々ツェーノン家から輩出されるのが通例となっている。
次回、第162話は3/8 21時頃公開予定です




