表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ALPINA: The Promise of Twilight  作者: 小深田 とわ
第3章:Mixture of Souls
159/511

第159話:期待と才能

 それでも、セナとルルシエはアルバートに対する期待を止めることはない。二柱とも、彼の身体構造上の能力値を完璧に理解しているためだ。長い時を生きてヒトの子に対する知見を深めているセナ、若くして魔力操作に秀でていることからヒトの子の魂事情にも天賦の才を有すルルシエ。この二柱にとって、そのような些末事は態々考える必要もないことでしかないのだ。

 だからこそアルバートは、そんな彼らの期待に応えようと鍛錬を続けている。英雄の領域に到達しているその力量は伊達ではなく、満ち溢れる才能と経験を最大限活用して励むその姿は最早人間の皮を被った化け物のよう。本来であれば踏み込む事すら許されないような超常の存在に少しばかりでも近づくことができるよう、彼は必死になって努力を積み重ねていた。

 しかし、それでもなお彼は自身が満足いくような結果を見いだせていなかった。英雄としての才能と実力でこれまで自身の前に立ち塞がってきた困難の障壁は悉く乗り越えられてきただけに、レインザードの件然り今回の件然り神の子という超常の存在が生む壁の高さには絶望感を通り越した理解不能な感情が生じてしまう、

 それほどまでに、神の子の技量というのはヒトの子の常識から大きく乖離したものだったのだ。ヒトの子の枠組みから逸脱し、更にその第二段階へ至った英雄アルバートですらこの様なのだから、ただのヒトの子が魔法や聖法の類を認識できないのはある意味では当然とも言える。

 そして同時に、そんな魔法をアルバート以上に使用できるクオンの才能の高さが浮き彫りになる。英雄のさらに上位である勇者の領域に到達できるだけの才に満ちた彼だからこそ為せるその御業は、もはや悪魔と見紛うレベルにまで昇華されている。

 それでも、アルバートの心に諦観の文字は存在しなかった。例えクオンが自身を遥かに上回る才に満ちた者であろうとも、他人と自身を比較して優劣をつけることほど生産性のない行動はないだろう、と知っているからこその判断。

 自分は自分であり他人は他人であるという事実は、良くも悪くも人を孤独にさせてくれるものだ。誰かがその才に希望を発掘ところで、別の誰かの才や人生に何らかの影響が与えられる訳でもなく、同様に自分が何らかの才に秀でていようとも他人の人生や才に影響を与えることはないのだ。

 しかし言い換えれば、才は磨くだけではただの自己満足でしかないが誰かに差し出すことで初めてその価値を有効に活用できるのだ。己の命や人間性さえも捨てて他者に奉仕することで、その才はそれまで越えることができなかった壁を越えて新たな世界を発見できると同時に、孤独の海から拾い上げてくれるのだ。

 事実、アルバートはつい先日己の人間としての魂を売り払ってスクーデリアの軍門に下った。それにより、現在の境遇がある。つまり、彼の才に磨きがかけられて新たな世界を見せてくれるのはこれから少し先にある未来の話であり、現在を悲観する必要は何一つとして存在しないのである。

 だからこそ、彼は悲観しなかった。何れはクオンのように魔法を自由に行使できるようになるかもしれないという期待に胸を躍らせる方が精神衛生上良かったし、なにより思考の選択肢が増える。否定的な思考は視野を狭窄し、狭窄した視野は選択肢を減少させる。選択肢の減少は可能性の低下に寄与し、可能性の低下はそのまま物事の成否に直結する。

 つまり、こうして彼が悲観せずに楽観した心境でいることは、知らぬ間に彼の今後に少なからず好影響を与えていたのだ。勿論、出来ると楽観視し過ぎるよりはある程度の警戒は必要かもしれない。適度な否定的思考は選択の幅を広げることに一役買うこともあるのだ。

 尤も、当人の思考にこれだけの認識と理解が前提条件として存在していたのか、それはセナもルルシエも知らない。知ったところで何かある訳でもなければ、現在彼がそれが出来ている限りにおいてはそれほど目くじら立てて教え諭そうとも思わなかった。

 勿論、同胞の契約相手としてそれ相応の敬意を抱きつつ仲間として友好で良好な関係を築いている。その上で、悪魔の本分ともいえる契約に関するルールに準拠した対応をとっているのだ。

 しかし、アルバートが契約を交わしたのはあくまでもスクーデリアだけである。他の全悪魔に対する隷従を誓ったわけではない。それはセナとルルシエも承知しており、それを越権した隷従を強要するような真似はしない。スクーデリアとアルバートとの間に交わされた契約に抵触しない範囲で、その契約を流用しているに止めているのだ。

 そもそもスクーデリアは、アルバートの隷従を対価とする代わりに天使を斃せるだけの力を授けた。その結果が魔力の付与と英雄への到達であり、今の彼の存在価値でもある。その上、スクーデリア曰くかなり緩い契約に留めているようで、彼の自由意志はいかなる時も侵害されることはない。彼女から命令を受けても同様であり、その気さえあれば命令に背くこともできるのだ。

 彼の意志を尊重した上での措置だったが、その緩さのおかげもありセナもルルシエも彼とは良好な関係が築けているのである。仮にこれがスクーデリアの完全な傀儡人形であったならば、これほど温かく包まれる様な信頼関係は構築できなかっただろう。ただ命令を熟すだけの機械人形に対してどうして温かな友情を育むことができただろうか。

 その結果として、彼らがアルバートに信頼を抱きつつ才能に対して一喜一憂できるのは、そうした無感情の操り糸を張らなかったおかげだろう。その自由度の高さが、彼の成長を促進するとともに視野を拡大し、選択の余地を拡大したのだ。


『人間の心身構造上不可能ではない、と言われましても……。兎に角、まだ会議は続いていますので精神感応に夢中になりすぎないようにしてくださいね。まぁ、きっとお二柱なら大丈夫でしょうけど』


 悪魔、或いは神の子全体の恐ろしさと強大さを身をもって体感しているからこそ、アルバートは不安と安心が両立した心情に心を搔き乱されてしまう。或いは、自分とは異なる種族だからこその無知感からくる予測不可能性に由来する混乱かもしれない。いずれにせよ、彼の精神衛生は限りなく悪いことは確実だった。

 もはや、今の彼の心には会議に対する緊張感はほとんどなかった。上流階級の人達に囲まれているという現実の今より、何らかの原因で自分達の立場が怪しまれるかもしれないという妄想の未来の方がより恐怖と緊張感を煽る。なまじ二柱の悪魔を信頼しているからこそ、その不安は一層高まってしまうのだ。

 そもそも、アルバートにとって神の子とはいまだ未知の存在に等しい。レインザードでの一件のおかげでその存在自体に疑う余地はないが、だからこそ余計に超常の存在である神の子に対する理解を脳が拒絶してしまうのだ。それほどまでに、神の子は人間の価値観から逸脱した存在として君臨している。

 そして同時に、常識の範疇で語ることができないような超常の存在だからこそ何事も完璧にこなすだろうという安心感を抱くこともできた。寧ろ、人間に合わせた空間内において人間を管理する側の立場に君臨する存在に何か不可能を生じられても、それはそれで困る話だ。

 だからこそ、アルバートは安心と不安の二律背反する感情を抱かざるを得なかったのだ。勿論、悪魔と契約を結んで仲間となった彼を直接的な原因として人間達に不審がられる可能性だって存在するのだが、この場においてはそれ以上に彼ら悪魔の動向が気がかりで仕方なかった。

次回、第160話は3/6 21時頃公開予定です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ