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ALPINA: The Promise of Twilight  作者: 小深田 とわ
第3章:Mixture of Souls
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第145話:座天使レムリエル

 クオンとクィクィに襲い掛かる無数の天使の内の一柱、クィクィより少しばかり早く生まれた座天使レムリエルはクオンの攻撃を受け止めながら心中で思考する。眼前の人間の圧倒的なまでの技量と、天使にとって天敵となる龍の力を使いこなしている姿を見せつけられ、思考の泥濘にはまり込んでしまっていた。

 バルエルの側近として彼に付き従うレムリエルとしては、命じられた少年の確保任務に加えてクオンの力の秘密も確保したかった。そもそもそのような秘密があるのか、或いは、それがただの勘違いであり誰が契約しても同じような結果となるのかは知らない。しかし、例え早とちりだとしてもそれが必要だと彼女は直感していた。


 こいつッ、なかなかやるな……。


 クオンは、鍔迫り合う天使に対して率直な感想を抱く。実際、遺剣を相手に臆することなく攻めかかり、そしてまともに打ち合えているというのだから、その力量は流石だろう。クオンは知らないが、レムリエルの階級を考慮すれば、十分すぎる功績と言える。

 一つにまとめた藤色の髪を靡かせつつ殺気立つ相好を纏った無翼の天使レムリエルは、金色の聖眼を輝かせてクオンの魂を探る。繊細な聖力操作で聖眼を操作し、何重にも秘匿されたクオンの魂の内奥を目指す。

 しかし、彼の魂の秘匿は非常に強力なもので、レムリエルをもってしてもその秘匿を突破することは不可能だった。アルピナの加護を受けた彼の魂は、彼女の魔力に由来する強固な秘匿魔法がかけられていた。そこへクオン自身による魂の秘匿魔法が組み合わさる事で、かつてない強固な秘匿へと変質していたのだ。


 凄い強固な秘匿魔法……これじゃあ、覗けそうにないね……。


 素直な感心を心中で吐露しつつ、レムリエルは仕方ないとばかりに彼の魂から聖眼を逸らす。そして、改めてクオンとの戦闘に全神経を集中させるのだった。智天使とも戦えるクオンの力量に少しでも対抗するべく、レムリエルは己の持つ力を出し惜しみすることなくクオンに向かう。

 そもそも座天使は、天使の中では熾天使、智天使に次ぐ序列第三位の階級であり全階級の中で唯一翼を持たない階級である。無翼の天使とも称されるその階級は、単純な戦闘能力では智天使を上回ることができるとされている。戦闘に直接関係しない側面を考慮すれば序列通りになるが、それは、智天使と熾天使に限り幾つかの特例が存在するため。しかし勿論、これはあくまでも可能性の話である。座天使が須く智天使を上回るという訳ではない。

 つまり、現在クオンが相手にしているのは本来の目的であるバルエルとほぼ同等の相手と言うことである。しかし、神の子の知識に疎いクオンはその事実に気付くことはない。ただ、随分と戦闘慣れしている相手なんだな、と思うだけであった。


〈聖裂斬〉


 暁闇色の輝く聖力により具現化された剣が、空間を断裂するかの如きエネルギーを零出しながらクオンを襲う。とても町中の小競り合いで出すような技とは思えないほどの威力を内包しているそれは、彼女の覚悟を暗に示しているかのようだった。

 クオンはとっさに遺剣から産生される龍脈を体内に流し込む。逆流する龍脈は、血液のように全身を環流し、頭の先から足の先まで隈なく満ちる。琥珀色に淡く輝く龍脈で身体を覆る被膜を形成すると、レムリエルの聖剣から迸出する聖力の嵐から身を護る。

 クオンは、白銀色の剣身を持つジルニアの遺剣を彼女の一撃を迎え撃つように翳した。座天使の一撃を正面から受け止めるのは無謀に近いのだが、不思議と龍脈の被膜に対しそれなりの信頼を仰いでいた。

 そして、聖剣と遺剣が衝突する。聖力と魔力と龍脈が嵐のように吹き荒び、眩い閃光が町を覆う。レムリエルの藤色の髪が靡き、力を籠めるように歯を食いしばる。言語化できない声を零し、苦悶の相好を浮かべている。

 クオンもまた同様に力を込めて遺剣を押し込む。純白の歯を剥き出しにして金色の龍魔眼を鋭利に輝かせる。短い黒髪や衣服の裾が靡き、その激しさを物語っていた。

 両者共に一歩も譲らない覚悟と力で押し合う。先に気を抜いた方が負けだという意地と意地の鬩ぎ合いは、何時までも続くのではないだろうかとすら思わせてくれる。

 そんな両者の戦いをすぐ近くで眺めながら、クィクィは雑兵の天使達を蹂躙していく。幼子が羽虫の四肢や羽を毟り取るかのような悪意なき残虐行為を彷彿とさせるその様は、天使達の戦意を悉く亡失させる。

 しかし、クィクィは天使達のそんな意志を一切気にすることなく蹂躙を継続する。残虐な雰囲気や覇気と倒錯する可憐で稚く明朗快活な外見が、却ってその残虐性を強調することに一役買っていた。


「どうしたの、もう終わり? もっとボクと遊ぼうよ!」


 明るく可憐な声色で問いかけるクィクィ。返り血で頬を染め、右手に握る魔剣が、黄昏色の妖艶な覇気を零している。左手には魔弾が装填され、いつでも発射できる姿勢で嗜虐的な魔力を迸出させていた。

 クオンがレムリエルと戦闘している間、彼がそれに集中しやすいようにそれ以外の全天使の相手を引き受けるクィクィ。少年にかけた保護魔法に注意しつつも、その魔力には未だ余裕があるようだった。


「クッ……」


 天使達は挙って言葉にならない声を上げつつ、恐怖に震える四肢を理性で押し込んで眼前の悪魔を睥睨する事しか出来なかった。誰一柱としてクィクィに突撃することはできず、ただ待つ事しか出来なかった。

 そんな天使達に何処かつまらなさそうな相好を浮かべるクィクィ。明朗快活で人懐っこい性格の裏に隠れた嗜虐的な性格を剥き出しにして、後頭部で一つに纏めた緋黄色の髪を揺らしていた。


「ふぅん。そっちから来ないんだったら、ボクの方から行こうかな。ちゃんとボクを楽しませてよね?」


 クィクィは徐に足を踏み出す。小さく細い雪色の御御足が陽光を受けて眩く輝き、微かに響く軽快な靴音が天使達に更なる恐怖心を煽る。

 一歩、また一歩、と近づくその様は鼻歌が聞こえてきそうなほど長閑で平和で陽気な彩り。人畜無害な神の子であるかのように錯覚してしまいそうなそれに、天使達はついに覚悟を決める。

 それは真勇ではなく蛮勇に近く、覚悟は破れかぶれの鉄砲玉かもしれない。しかし、天使の本能に植え付けられた悪魔に対する優位性には抗うことができなかったのだ。その為、例え隔絶された上位者であるクィクィが相手であろうとも天使達には逃げるという選択肢を選ぶことは難しかったのだ。

 雄たけびをあげて四方八方からクィクィに突撃する天使達。聖武器を振り、聖弾を撃ち込み、あらゆる限りを尽くして眼前の悪魔に一矢報いてやろうと必死になる。

 土煙が舞い上がり、クィクィの姿はそれに隠れて消える。近くの建物が倒壊し、瓦礫が音を立てて崩れ落ちる。それにより更に土煙が舞い上がり、辺り一帯は灰色の煙の中へと溶け込んでしまった。


「や、やったか?」


 天使の内一柱がポツリと呟く。それは確認というより願望に近い。どうにかして斃れていてくれ、という魂からの懇願だった。クィクィの恐怖を克服するために脳裏に描いた、理性を真面な状態で保つために必要な理想像としての妄想が不意に言語化してしまったのだ。

 天使達は、本当にクィクィを斃せているのか確認するべく聖眼を上下左右に動かす。クィクィの魂を捜索し、その理想像としての妄想を現実にするべく躍起になっていた。

 深い土煙で視界は阻まれ無数の自分達天使の魂が浮かぶ中、聖眼はたった一つ存在する悪魔の魂を捜索する。

 そして、遂にその魂は見つかった。見つかると同時に天使達は戦慄した。天使達は恐怖した。天使達は絶望した。天使達は無言で立ちすくんだ。

次回、第146話は2/20 21時頃公開予定です。

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