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ALPINA: The Promise of Twilight  作者: 小深田 とわ
第3章:Mixture of Souls
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第139話:アザリエル

 やれやれ、とばかりにアルピナは腰に手を当てる。魔眼を開き、眼前で向かいあう敵に対して強烈な覇気を飛ばす。後ろに立つクオンですら身の毛がよだつほどの恐怖が襲い掛かる。しかし、敵はそんなアルピナの覇気にたじろぎこそすれども意識を手放すようなことはなかった。そんな彼らの反応にアルピナは感心に似た声を上げた。


「ほぅ、私達を前にして逃げずに立つか。しかし、漸く姿を現したな。一体どうやって聖力を秘匿していたのかは不明だが、随分手荒なマネをしてくれる」


 やれやれ、と溜息を零すアルピナ。猫のように大きな瞳が燦然と輝き、その目的を問いただす様に鋭利な眼光で魂を貫いていた。


「細かいことは知らなくていいだろ。それより、その少年はサッサとこちらによこすんだな」


 数柱いる天使の内の一柱がアルピナに詰め寄る。筋骨隆々な大男という印象が第一に齎されるその背中には一対二枚の翼が羽ばたいており、その正体が紛れもなく天使であることを教えてくれていた。彼以外も同様に一対二枚の翼を背負っていることから同様に天使であることには違いないだろう。男女の違いこそあれども、その聖力には大差なく、それほど危険視しなくても良いレベルだった。


「あの子を? 一体どういうつもりかしら、アザリエル?」


 スクーデリアは、眼前に立つ一柱の天使を睥睨しつつ問いかける。昔馴染みの天使故にある程度気心が知れているとはいえ、その本心が読み取れなかった。

 そしてそれは、アザリエルに限った話ではない。彼とともに悪魔の前に降り立った天使達もまた同様だった。スピナエル、クシュマエル、ザリュエル、テクマエル、その他見慣れない天使が数柱といった具合。彼らが総じて天使であることに疑いの余地はなかったが、そうじてその本心を読みとれない。何より、攻撃を受けるまでその存在に気付かなかったという真実が、アルピナ達の心を狼狽させていた。

 それでも、表面上は普段と何ら変わらない冷静で冷徹な相好と覇気を浮かべつつ、眼前の敵を睥睨し続けた。周囲の人間達は残らず死滅するか避難した後であることが何よりもの幸いだった。


「知る必要のないことだ、スクーデリア侯。勿論、素直に引き渡すのであればこれ以上の追撃は控えると約束しよう」


「何を言っている? 我々悪魔が契約に基づかない約束を頼りにすると思うか?」


 戯言は控えろ、と言わんばかりの殺気を放ちながらアルピナは凄む。不可視の覇気が大津波のように広がり、天使達の魂に喰らい付く。神龍大戦時と何ら変わらない規模と濃度で放たれるそれは、懐かしさよりも恐怖が上回った。相性や正義などといった些末事を全て灰燼に帰すほどの凄みは、彼女を悪魔公足らしめるには十分すぎるほどだ。


「理解が得られないなら、力づくで従わせるまで」


 それでも、アザリエルを含める全天使はアルピナ達三柱の悪魔を前にしても尻込みする様子を見せなかった。寧ろ、これまで会ってきた天使とは比較にならないほどの強力な覚悟と殺気を放ち返してさえいるようだった。

 そんな彼ら天使達に対して、悪魔は無言で対立する。無言で向かい立つ両者の間では、不可視の戦いが始まろうとしているかのよう。そして、互いが互いの意地や覚悟、正義に従わせようとする頑固な意志と意志が静謐な戦いの火ぶたを切った。

 そんな緊迫した場面の裏では、悪魔達による精神感応の網が広がっていた。アルピナ、スクーデリア、クィクィ、クオン、そして少年との間で結ばれるそれは、天使達でも容易に暴くことができないほど厳重に秘匿されたもの。なまじ天使達の魂を知覚できなかったという事実が、その警戒心をより過敏な者へと変質させていた。


『これからどうする? 幾ら人間達が知覚にいないとはいえ、町中で戦う訳にもいかないだろ?』


『いえ、後で目撃者の記憶を全て改竄すれば問題ないわ。何より、騒ぎが大きくなればなるほど人間達はワタシ達の事をレインザードを襲撃した魔王だと確信する。そうなれば、魔魂感霧で認識が阻害されるわ』


 なるほど、クオンは納得する。しかし同時に、多数の天使を相手に戦わなければならない事に辟易とした。何れ戦わなければならない相手だと理解しているのだが、それでも突発的な戦いに関してはいつになっても気持ちが乗らない。いざ始まってしまえばその気持ちも忘れることができる為に戦いに支障をきたすことはないのだが、それでも面倒なのは面倒なのだ。

 そして何よりクオンが悩みの種としているのは、彼が胸元で抱え込むようにして身を護っている少年の事だった。恐怖で全身を震わせ、訳も分からないといった具合に思考を混乱させる。何故自分が狙われるのか、何故天使が敵として立ち塞がるのか。神話上の存在として位置づけられる天使や悪魔の立ち位置と逆転した眼前の光景に、少年はただ言葉にならない声を発しつつ青ざめる事しか出来なかった。


『いまだ天使の目的が不透明だ。ワタシとスクーデリアで様子を見るとしよう。クィクィ、君はクオンとともにその子を任せる。どこか身を隠せる場所を探していろ』


『えーっ、ボクも天使と戦いたかったんだけどなぁ』


 ムッと頬を膨らませて抗議の意を唱えるクィクィ。悪魔らしい殺気が零れているが、しかしその見た目のおかげか恐怖より愛らしさが上回る。そんな彼女を、スクーデリアは優しく宥める様に、同時に掌の上で自在に操作するように言葉をかける。妖艶で、冷静沈着で、そして同時に冷徹さも感じさせる声色は、味方としての頼もしさがより強調されるものだった。


『心配しなくてもいいわ、クィクィ。また近いうちに天使達と戦う機会は必ず来るでしょうし、避難している間にも天使達が襲撃してくるとは限らないもの』


『はぁい。それじゃあ、こっちの事はボクとクオンお兄ちゃんに任せて』


 ありがとう、とスクーデリアはさりげないウィンクでクィクィに微笑む。そして、それを受けたクィクィとクオンは少年を抱えて空に飛びあがった。天使達が一斉に彼らを見上げるが、それには目もくれずクオン達は飛び去った。魔力を迸出させる彼女達には、ベリーズへの被害を気にする心はどこにもなかった。


「逃げたか。まぁいい、あれは追手に任せるとして、俺達はこの二柱の相手をするとしよう」


 やれやれ、とばかりに溜息を零したアザリエルは、改めて眼前に立つ二柱の悪魔を睥睨する。

 片や悪魔公として全ての世界に存在する全ての悪魔の頂点に君臨し、片やその悪魔公の幼馴染にして彼女が一時的に不在となったこの世界の魔界を代理的に支配していた悪魔侯だった。その実力は自他ともに認めるほどに強大であり、誰もがその実力に畏怖している。

 神の子で彼女達を知らない者はいないと称されるほどに彼女達の存在は特別であり、その他同等の知名度と実力を保有しているのは初代天使長、現天使長セツナエル、皇龍ジルニア、そして悪魔侯クィクィの四柱だけだろう。

 そんな彼女らを前にして、アザリエル達は瞳を輝かせる。個体ごとに異なる色に染まっていた瞳はやがて統一された金色の聖眼へと変換され、魂の深奥からは強力な聖力が湧出される。背中から伸びる一対二枚の翼が勇ましく羽ばたき。戦いの勃発を予告してくれている様だった。


「ほぅ、随分な自信だな。真勇か蛮勇か、ワタシ達を前にして臆することなく歯向かおうとするその意志、確かめさせてもらおう」


 アルピナとスクーデリアは同時に魂から聖力を湧出させる。言葉を交わさずとも寸分の狂いもなく同時に行われるそれは、彼女達の間を繋ぐ強固な信頼関係があってこその代物。数十億年に及ぶ長い付き合いが育んだ、彼女達最大の武器だった。

次回、第140話は2/14 21時頃公開予定です。

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