表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ALPINA: The Promise of Twilight  作者: 小深田 とわ
第3章:Mixture of Souls
133/511

第133話:皇龍の間

 二柱が足を踏み入れた皇龍の間と呼ばれるそれは、全龍の頂点に君臨する皇龍の居住空間。生半可な天使や悪魔では近づく事すらできないほどの圧倒的な存在感と覇気に包まれている。或いは、皇龍と同族である他の龍ですら、皇龍の間に踏み入るには相応の覚悟を強いられてしまう。

 それにも拘わらず、現在この皇龍の間に足を踏み入れた二柱の悪魔は至って平然とした佇まいと相貌で空間全体を見渡している。圧倒的な覇気も、魂に突き刺さる様な殺気も、まるで意味をなさないとばかりに弾かれて霧散する。同時に、その顔には彼女達悪魔を悪魔足らしめる冷酷で冷徹で可憐で美麗な笑顔が張り付けられている。波打たない静かな殺気は、周囲で警戒の瞳を浮かべる龍達を圧倒していた。


「久しぶりだな、ジルニア」


 アルピナは、静かで厳かな声色と口調で呟く。コツコツ、と靴音が床を打ち付ける甲高い音が反響し、膝に届くほどの黒いコートの裾が左右に揺れる。薄暗い空間の中でサファイアブルーの瞳が輝き、同色のメッシュが入った黒髪が肩程の長さで風もなく靡いていた。

 その姿は、一見して無垢な少女。危険とは対極にある様な愛らしい外見をしている。最近神により創造された人間というヒトの子に換算すれば十代後半といったところだろうか。外見が似ているだけの全く異なる種族を例に引き出したところで全く参考にはならないだろうが、しかし一人前には一歩届かない程度の外見年齢といえばある程度の予測は立てられる。

 しかし、彼女に名を呼ばれた皇龍は一切の油断を抱くことはない。琥珀色の瞳をギラリと輝かせながら彼女を睥睨し、筆舌しがたい警戒の唸声を喉の奥から鳴らしている。白銀色の鱗が金属の如き輝きを放ち、額から伸びる琥珀色の二本の角が焔の如き揺らめきで存在感を放っていた。

 皇龍と呼ばれる龍の領袖ジルニアは、見上げるような四つの四肢で支えられた巨体を皇龍の間の最奥部に収めて鎮座している。一対の巨大な翼を羽ばたかせ、巨木のように太い尻尾を床に打ち付けて音を鳴らす。20メートル近い巨体から放たれる眼光は、アルピナとスクーデリアを文字通り頭上から見下ろすような恰好となってしまう。

 そして、アルピナの挨拶に対してジルニアはその存在感と殺気に負けず劣らずの重厚感あふれる荘厳な口調と声色で返事をする。


「アルピナ……それにスクーデリアも一緒か。久しいな。一体何用だ?」


「世界が創造されて暫く経つが、調子はどうだ? そろそろ君も仕事が落ち着いてきたところだろう?」


「ああ。誰とは言わないが、毎度毎度俺に戦いを仕掛けてくるバカがいないおかげだろう。元々お前達天使や悪魔と違ってヒトの子の管理を任されていないおかげもあって悠々自適な生活を送らせてもらっている」


 断言こそされなかったが、ジルニアが言わんとしている人物が果たして誰であるのか、この場にいる誰もが確信していた。

 皇龍に喧嘩を売れるような神の子は、全世界を通しても片手で数えるほどしか存在しない。神の抑止力としての立場を持つ龍の中でも最大戦力として君臨する皇龍の実力は、他の神の子の中でも頭一つ抜きんでている。神の子より神に近いのではないか、とすら噂されるほどの実力は伊達ではないのだ。

 ほぅ、と呟きつつアルピナは音もなくフワリと浮かび上がる。龍脈が充満するこの空間の中で魔力を思い通りに操作する高い操作技術をもってすれば、ここ皇龍の間であっても大した苦労もなく魔法を行使できる。魂を金色に輝かせ、深奥から魔力を湧出させた彼女は、ごく自然な動きで皇龍の頭上を飛び越える。そして、そのままジルニアの頭部に横乗りすると足を組んで彼の瞳を背後から見下ろす。アルピナは、角を掴んで上体を屈めつつ自身の顔程の大きさがあるジルニアの琥珀色の瞳に顔を近づけた。


「言うようになったな、君も。それほどまでに望むのであれば、久し振りに戦ってやってもワタシは構わないが?」


「それはお前が戦いたいだけだろ? 俺の希望みたいに言うな」


 バレたか、とアルピナは舌を出して笑う。悪戯好きの少女を彷彿とさせるその姿は非常に可愛らしく、しかしその実力を知っている身からすれば決して可愛らしくない申し出だった。

 いつ力が溢出してもおかしくない様な緊張感を、その緊張感が体外の零出していないかのように振舞うその仕草は、まさに戦いの天才とも呼べるほど。両者の性格をよく知るスクーデリアだけは、どんな結果になってもいいように魔力を魂から湧出させて身構えていた。それはいつも通りの流れであり、既に慣れ切ってしまったものだったが、しかし決して油断はできないことを彼女は誰よりも知悉していた。

 そんな彼女の苦労をまるで知らないとばかりに、アルピナとジルニアは蛇のような眼光を鋭く輝かせて睨み合う。


「全く可愛げがないな、その仕草は。寧ろ、清々しいまでの気味悪さすら感じる。日頃の行いが悪すぎたようだな」


「放っておけ。そういう君も大差ないだろう?」


「まさか。お前にだけは言われたくないな」


 皇龍と悪魔公。世界を代表する強者である二柱の神の子は、静かに睥睨する。ジルニアの頭上ではアルピナが彼の鱗肌に身体を預け、頬杖をついて眼下から刺し込む龍脈に対して微笑みを浮かべた。

 これまで幾度となく知覚してきたジルニアの龍脈は彼女の最大のライバルの証として認識され、脅威よりも信頼としての感情を強く引き出していた。神の子ですら果てしなく感じるほどの長い時間を常に戦いの時間で消費してきた両者にとってみれば、人間の兄弟姉妹より強力な紐帯で結ばれていても何ら不思議ではないのだ。


「漸く戦う気になったか」


 アルピナはジルニアの頭上から飛び降りつつ感心の声を上げる。自身を上回る強力な力の波は、彼女の魂を大きく振るわせる。悪魔と龍の相性差を利用することで辛うじて互角を演じているが、それでもジルニアの力を前にして余裕の笑顔を浮かべ続けられるだけの力をアルピナは持ち合わせていなかった。


「ああ。暫く戦ってなかったからな。鈍った体を解すにはちょうどいいだろ?」


「ああ。その姿が見たかった。最高だな、ジルニア」


 戦う覚悟を見せたジルニアの姿に、アルピナは笑みを浮かべる。その笑顔はこれまでと同じく冷酷で冷徹なようにも見えるが、同時にこれまで数えるほどしか目撃したことがないような可憐な笑顔のようでもあった。元々可憐だった外見はその笑顔でより一層可憐さを強調させ、恋愛感情を抱かない神の子ですら恋慕の情を板いてしまいそうな輝かしいものだった。


「フッ。相変わらず気味が悪い。やはりお前は、もっと不愛想な方が似合ってるんじゃないか?」


「放っておけ」


 素直に喜べない称賛を受け取り、アルピナは不愛想な返事を発する。それは本心なのか、或いは照れ隠しなのか。問い詰めたところで彼女が決して口を割らないことは火を見るより明らかだが、或いは彼女自身どちらの感情に由来するのか理解できていないのかもしれない。それほどまでに、不愛想でもなければ冷酷でもない彼女の素直で愛らしい感情は珍しいのだ。ジルニアのみならずスクーデリアですら、前回いつ見たかと問われても正確に答えられない自信しかない。

 やれやれ、と溜息を零すスクーデリアを余所に、アルピナとジルニアは魂から魔力と龍脈を湧出させる。悪魔及び龍の頂点として申し訳ない強力な力は、天魔の理の対象外であるここ龍の都においては際限なく増加していく。それこそ、龍の都が崩壊してしまいそうな勢いで膨れ上がり、都全体が激しく振動していた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ