第132話:性格
『どうした?』
『あの少年をどうするつもりだ? 確かに不審な点も多いから連れて行きたくなるが、本当に役に立つのか?』
『ワタシにもそれは不明だ。ただ、クィクィが連れて行きたいといったからそうしたまでのこと。アイツは人間が好きだからな』
既に打ち解けた様子で満面の笑みを浮かべるクィクィに対して保護者のように温かな眼差しを向けつつアルピナは微笑を浮かべる。そこにスクーデリアが加わっている様子は、宛ら幼い子供の世話に手を焼く親子を彷彿とさせる長閑な光景だった。
『それだけじゃないだろ? お前がそんな個人的感情で物事を決めるはずがない』
『バレていたか』
あのな、とクオンは溜息を零す。舌を出してとぼけるアルピナは、これまでの冷酷さがウソかと思ってしまうほどに、その相貌に由来する可憐さを前面に押し出した振る舞いを見せる。一瞬だけ、別人なのではないか、と勘繰ってしまうほどの変貌にクオンは決して惚れることはなかった。寧ろ清々しいまでの苛立ちと気味の悪さすら感じてしまう。それほどまでに異様な光景だった。
『契約で魂の間に回廊が形成されているんだ。多少の事は我が事のように理解できる。それと、そのお前らしくない態度は止めろ。気味が悪い』
『つれないな、君は』
『ほっとけ』
それより、とクオンは肩にもたれ掛かるアルピナを振り払いつつ脱線しかけていた話を戻す。特に急いでいるわけでもないので雑談に花を咲かせてもよかったのだが、これ以上可憐さを前面に押し出すアルピナを落ち着かせたかった。
しかし、クオンは気づかなかった。これまでの冷酷で傲岸不遜な態度とは打って変わった彼女の外見相応の可憐な子犬のような態度こそが、彼女の生まれ持った本来の性格であるということを。尤も、短い付き合い故に気付かなくて当然だろうが。
そんな二人の仲睦まじい掛け合いを少し離れたところから眺めながら、スクーデリアは何か思うところがあるかのような相好を浮かべていた。それは苛立ちでもなければ嫉妬でもない。かといって感動でもなければ不安でもない。何処かな得したように、しかし同時にどこか寂し気な雰囲気を感じさせる金色の瞳だった。
静かな風が潮騒とともに駆け抜け、スクーデリアの鈍色の長髪が柔和に靡いた。淡色のドレスワンピースがそよ風に身を預ける様に遊び、気品ある佇まいが生み出す安心感と抱擁感が溢れ出した。その姿はまるで傾城傾国の美女を彷彿とさせ、これが何処かの町中だったら大勢の男たちが獣のように迫っていただろうことは容易に想像できる。
そんな彼女は、アルピナの可憐な本心に懐かしさを感じながら過去の記憶を思い出す。それは、クオンを始めとするヒトの子からすれば想像すらつかない様な大昔であり、悠久の時を生き、未だ肉体的死を経験したことがないスクーデリアからしてみればつい先日の事のように感じられる過去だった。
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【約9,000,000年前 龍の都”タナーニィーン”】
琥珀色の龍脈が上下左右及び前後に至る全方位を埋める特殊な領域である龍脈。龍の力の根源が全てに満ちるその領域は龍の庭。そして同時に天界、魔界、地界を保護する広大な抱擁の手。神の子ですら端から端まで移動するのにそれなりの時間を必要とするほどの広大さは、しかしさらに広大な蒼穹の中に浮かぶ無数の世界の内のたった一つでしかない。
龍脈は今日もいつもと変わらない静謐な世界を保持している。液体のように流動的で固体のように固いそれは絶えず蠕動運動を行うことで内包する三界の自転と公転を強要する。そしてその影響を受けることで、この世界に暮らす全ての龍の巣である龍の都タナーニィーンは常に位置を変えている。
しかしその龍の都は、静謐な佇まいを見せる龍脈と異なり奇妙な緊張感に包まれていた。それは、龍の都の侵入した異物に対する警戒心。龍にとって最大の天敵である悪魔が来訪していたことに由来する。
龍の都を訪れたのは二柱の悪魔。一柱は、蒼い差し色が入った肩程まで伸びる黒髪とサファイアブルーの瞳を輝かせる小柄な少女型の悪魔。そしてもう一方は、鈍色の長髪と金色の魔眼を輝かせた長身の女性型悪魔。全世界の悪魔を統べる悪魔公であるアルピナと、その補佐兼幼馴染であるスクーデリア。悪魔の中でも上位二柱に数えられる存在が、突如として龍の都に降り立ったのだ。
当然、この世界に住む全ての龍は警戒心をあらわにする。それは種族の相性差に由来する生存本能が鳴らす警警戒心が大半を占める。しかし同時に抱くのはそれとは異なる別の事情に由来する警戒心だった。
「相変わらず龍の都は探すのに骨が折れるな」
「そうね。でも、仕方ないわ。そう頻繁に訪れることもないでしょうし。必要なら龍の誰かに迎えに来てもらえばいいもの」
龍達が抱く警戒心とは裏腹に、アルピナとスクーデリアは緊張感の欠片もない長閑な雰囲気で会話を交える。その内容は龍の都に関する不満。帰巣本能を持つ龍と異なり、悪魔である彼女達は龍の都を訪れるためにはその都度自力で探し出す必要があるのだ。
さて、とアルピナは小さく息を吐くと龍の都の中央にある巨大な遺跡へ向かって移動する。僅かに吊り上がった猫のように大きな碧眼を金色の魔眼に染め変えて、目的地に目的の龍が鎮座していることを確認する。フッ、と微笑を零し、久し振りに会える友人への喜びが溢出した。
「ジルニアと会うのは久しぶりだな」
「そうね。ここ最近は貴女もジルニアも随分忙しそうにしてたものね。でも、久し振りだからと言って暴れすぎないでほしいわね。貴女達は会うたびにいつも戦ってばかりだもの。止める側の身にもなってほしいわ」
溜息を零しつつ不満を口にするスクーデリア。それは普段の何気ない日常会話の中に射しこまれるくだらない上段の類ではなく、彼女の本心からの悲痛な願望だった。
アルピナとジルニアの小競り合いはスクーデリアほどの強者ですら半ば音を上げかけているほどのもの。スクーデリアはこの世界のみならず、無数に存在する世界に点在する数多の神の子の中でも指折りの強者なのだ。そんな彼女ですらこれだけの不満を抱いているのだから、その激しさは想像に難くない。
しかし、そんな不満に満ちた口調と声色の中でも、口元は微かに笑顔が浮かんでいるような気がした。アルピナとジルニアの小競り合いを仲裁する苦痛は別として、その小競り合いそのものについてはスクーデリアもまた楽しんで観戦していることの証左だろう。幼馴染としての友情に起因する慈愛の感情だった。
それに、とスクーデリアはアルピナと肩を並べて龍の都の上空を飛行しつつ念を押す。社交辞令的な決まり文句ではなく、本心からの願いだった。
「今日はクィクィがいない事も忘れないことね。私一人で貴女達二柱を同時に止めたくないもの」
「つまり、できるということだろう?」
屁理屈とまでは言わないが、相変わらず自分勝手な解釈に到達するアルピナ。なまじ事実であるが故に、スクーデリアも否定しづらそうに溜息を零すことしかできなかった。
そんな何気ない会話を交えている間に、ふたはしらは龍の都の中央に広がる遺跡の中に降り立つ。礼節を遵守して正面から訪問するのではなく、龍王の間に繋がる階段の中央に突如として降り立ったアルピナは、来訪を知らせる様に魔力を放出する。そんなことを態々せずとも来訪していることはとっくにしれ割っているのだが、正面から入らない代わりの彼女なりのケジメだった。
そんなことを態々するくらいなら正面から入ればいいのに、と思わざるを得ない龍達だったが、しかし対抗したところで到底勝ち目がないことは眼に見えているのでグッと堪えてアルピナ達を迎え入れる。




