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ALPINA: The Promise of Twilight  作者: 小深田 とわ
第3章:Mixture of Souls
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第129話:輪廻と転生の理

「クィクィ、その男に用はない。適当に処理しておけ」


「は~い」


 明朗快活な声色と口調で返事をしたクィクィは、アルピナの指示を遂行するためにその男の近くへ歩み寄る。稚く可憐な雰囲気を身に纏っているが、その瞳は悪魔特有の冷たい破滅の香りが漂う光を纏っていた。

 クィクィは無言でその男の襟を掴み上げると、そのまま頭上まで持ち上げる。クィクィの小柄な体格ではその男を完全に宙に浮かせることはできないが、しかし戦意を完全に消失したその男には最早自分の足で立つだけの気力すら残されていなかった。

 クィクィは、男の瞳を見つめる。一見して父娘のような年齢差。しかし、男は彼女に対してかつてない恐怖を抱いて叫声を上げる。その歪んだ相好から放たれる助命の叫声に対して彼女は一切の躊躇を浮かべることはなかった。

 そのまま空いた片手に魔力を集約し、具現化させたその魔力弾で彼女はその男の心臓を一撃で貫く。そして、肉体的死を迎えた骸を適当に放り捨てると、中から小さな魂を引きずり出した。


「……遠慮ないな、クィクィ」


 流石のクオンも、その光景には絶句してしまう。血や骸にはある程度慣れてきたつもりだったが、しかしこれほどまでに残虐な光景には未だ慣れなかった。何より、クィクィのような稚い少女がこれだけの残虐非道な行動を見せたという倒錯的な状況が、その恐怖を一層際立たせていた。


「だって、必要ないんでしょ? それに、ボク達って魔王として追われてる身の上なんだからさ。全くの無関係で姿も見られてないのなら全力で助けるけど、不必要な目撃情報は消した方がいいでしょ?」


 クィクィの発言は事実である。しかし、人間としての価値観が抜けきっていないクオンとしては眼前の光景とレインザードでの人命救助という倒錯した光景に対して納得と不服が半々で鬩ぎ合っていた。

 そんなクオンを脇目に、クィクィは男の魂に魔法をかける。そしてその魔法を受けた魂は上空へと浮びあがり、やがて澄み渡る青空の中へと消えていった。


「何をしたんだ?」


「今の? あれはね、転生の魔法だよ。アルピナお姉ちゃんから聞いてない?」


「名前だけはアルピナから聞いたことがあるな。確か、あれはマソムラで俺の師匠を弔ってもらった時だったか? だが、実際に見るのは初めてだな」


 そういえば、とばかりにクオンは呟く。これまでのアルピナやスクーデリアとの旅を大雑把に思い返し、輪廻や転生に関して込み入った話をしていなかったことを思い出す。というのも、輪廻と転生はそれぞれ天使と悪魔の専売特許。契約を結んでいるとはいえただの人間でしかないクオンにとってはそれほど重要な話題でもないのだ。その為、態々根掘り葉掘り聞き出そうとすら考えた事がなかった。

 何より、これまでの戦いにおける相手は天使、聖獣、魔物の三種族、即ち神の子に限られていた。唯一アルバート達だけがその枠組みには属さない純粋な人間だったのだが、彼らに関しては出会う以前から殺さない予定を立てていた。そのため、輪廻や転生を考慮する必要がなかったのだ。

 そもそも、それを知ったところでクオンの身の上に何らかの変化が訪れるという訳でもない。加えて、彼による彼の師匠の敵討ちやアルピナによる龍魂の欠片集めになんら影響を及ぼさない。つまり、興味を抱く様な要因がなかったのだ、勿論、純粋な興味関心を抱いていた場合もあるかもしれない。しかし、天使や悪魔というその実在性が疑われる存在の発言だけに無意識のうちにその発言を軽視していたのかもしれない。

 しかし、今や悪魔はクオンにとってなくてはならない存在。その実在性も確固たる自信を持って首肯できるほどの信用と信頼を抱いている。クオンは、クィクィにその二つの概念について尋ねる。


「そっか。それじゃあせっかくの機会だし、クオンお兄ちゃんにも説明しておこっか」


 そして、クィクィによる輪廻と転生の仕組みに関する説明がクオンに対して行われる。

 それは神の子にとっては非常に簡潔であり、ヒトの子にとっては非常に壮大な話である。世界の外側を認識している者としていない者、即ち、この世の構造を知悉しているか否かでその価値観が大きく異なる良い例だった。

 地域社会があり、それらが集まって町になり、それらが集まって国になり、それらが集まって星になる。その星は宇宙空間、即ち地界の中に無数に存在する。そして、その地界は天界と魔界とともに龍脈に内包されることで世界となる。その世界もまた蒼穹という、いわば宇宙の宇宙とも呼べる構造体の中に無数に存在している。それを知っているか否か、信じるか否かにより大きく異なるその価値観は、もはや悪魔とともに生きるクオンには払拭されて久しい。その為、クィクィの説明に対して特に苦労することなく理解が及んだ。

 結論からして、輪廻とは同一世界内での生まれ変わりを指し、転生とは不同世界への生まれ変わりを指す。それは魂を循環させることによる単一世界へとの魂の偏りを防ぐ効果を生むと共に、異なる色に染まった魂同士が綯交されることによる新たな境地への到達を目指す役割を担っている。

 つまり、ヒトの子の滅亡を防ぎつつ種としての更なる発達を促すために設けられた神の子による救済としての役割。当然、不必要な争いや混乱を防ぐために輪廻及び転生の理へ神の子の魂を流すことや、記憶を保持したままそれらを行うことは天魔の理で禁止されている。その為、ヒトの子が神の子の助言力添えなしでその事実に気付くことはほぼ不可能に近い。

 勿論、自力で世界の外や他の世界を認識することができればその限りではないが、その為にはこの広大な地界、即ち宇宙空間を脱出しなければならないため、非現実的な話でしかないのだが。

 そうこうしている間に、クィクィからの説明は終わる。簡潔な、しかしヒトの子の常識から大きく逸脱したその話は、神の子と深くかかわるようになった今のクオンの認識をして思わず引き込まれてしまいそうになる。それはただ興味関心に由来するものなのか、或いは記憶を消去されてしまっただけでクオンの魂が一度ならず数度にわたってそれを経験したことがある為なのかもしれない。今となってそれを確認する術はないが、どちらにせよ今後に大きく影響する話ではないだろう、と彼自身は一人心中で思うのだった。


「なるほど、そういう仕組みで世の中は廻ってたのか。しかし、記憶が消去されているとなると、俺の前世がどんな奴だったのか一層興味がわいてくるな」


 未知のものに首を突っ込みたくなるのは、彼の心に宿る純粋な興味関心。恐怖を容易に上回るそれは、自分の人生に何ら影響を及ぼす事がないとわかっていても気になってしまう、ある種の性のようなものだろう。この感情が果たしてクオン独自のものなのか、或いは輪廻及び転生の事実を知った誰もが抱く共通の感情なのかは定かではない。しかし同時に、それが叶わぬ願いであることも心の何処かで理解指定してしまう。そして、それを確定させるかのようにクィクィは追い打ちをかける。


「でも、記憶は完全に消去させなきゃいけない決まりだからね。例えクオンお兄ちゃんの頼みでも、無理なものは無理だよ」


「ああ。そうだろうな。勿論、俺だってないものねだりをするほど我がままじゃないからな。惜しくはあるが素直に諦めるさ」


 諦めがついたのか、或いは大した期待を抱いていなかったのかは定かではないが、クオンの顔は決して暗くない。普段と何ら変わらない明るさを抱いており、つい先ほど眼前で繰り広げられたクィクィによる人間の処理で負った心的外傷すらすっかり回復している様だった。

 一方、彼に対してクィクィの顔は何処か切ない。彼女だけではなく、その話を聞いていたスクーデリアもまた同様の相好を浮かべている。アルピナだけは、取り残された少年に意識が向いているのか相好に変化はみられなかった。

 しかし、彼女達が揃って一瞬だけ浮かべるその相好にクオンは気づかない。その相好に何らかの意味が隠されていることは確実だが、その答えが明かされることはなかった。いつかそれが明かされる日が来るのかもしれないが、それはいつになるのか知らない。知っているのは唯一アルピナだけであり、彼女の許可がなければこの二柱の悪魔でさえ勝手に明かしてはならないのだ。

次回、第130話は2/4 21時頃公開予定です。

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