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ALPINA: The Promise of Twilight  作者: 小深田 とわ
第3章:Mixture of Souls
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第127話:龍の都

本日より第3章開幕!

【某刻 龍の都”タナーニィーン”】


 天界、魔界、地界とそれぞれ呼称される三界を内包することで一つの世界としての形状を保持する特殊な液体構造である龍脈。上下左右及び前後に至る三次元空間を琥珀色で満たすその領域は、この世界を守護する龍の住まう領域。ヒトの子には有害となる物質のみで構成され、龍を除く神の子ですら長時間の滞在には相応の実力が伴っている必要がある。

 この龍脈が神の手により創造されたのは、現在から約10,000,000年前。第一次神龍大戦が終結し、神の子に新たな役割と制約を担わせるために用意されたものだ。蒼穹の中に幾千とも幾万とも幾億とも存在するとされる世界は、それぞれの領域で独自の文化文明及び概念を形成したが、それが新たな神龍大戦を呼び起こす貴院となったのはまた別の話である。

 そんな龍脈は、水銀を彷彿とさせる液体とも固体とも称される構造を持っており、内部で常時移動し続けている三界の影響によりその内部も常に流動している。そしてそれは、三界を内包しつついまだ余裕を持つ広大な龍脈の只一点にのみ存在する龍の都(タナーニィーン)を秘匿することに繋がる。その面積は人間達が形成する一つの町程度しかなく、龍法による強固な障壁で全体を覆うことで外部からの探知を防ぐ。それは、各世界を守護する神の子の頂点である天使長、悪魔公、皇龍乃至龍王の力をも欺き、虱潰しによる散策や偶然による発見以外を阻害する。

 その都は、龍が暮らす町。龍の故郷とも呼べる地。何人たりともその平穏を脅かすことは許されず、例え神であっても最大限の抵抗を受けることは確実とされる。年齢や性別、体格や思想を問わずあらゆる龍が苦楽を共にし、天使と悪魔によるヒトの子の管理を観察している。

 そもそも、龍の役割は果たして何だろうか? 神はあらゆる生物及び物質を創造し、天使はヒトの子の輪廻を、悪魔は転生を司る。では、龍に授けられた使命乃至役割とはどのようなものか。

 その答えは単純。神の抑止力である。天使と悪魔は互いに対となる存在として並び立つことで相互に牽制或いは抑制しあうことで行き過ぎた干渉を阻止している。対して神は唯一絶対の存在として君臨することから、その抑止力を本来は持たない。つまり、独善的な思想を抱いたところでそれを否定できる存在がいないため、一度道を踏み外せば二度と修復不可能な境地へと到達してしまう危うさを併せ含むのだ。

 そこで、神は天使と悪魔を創造した際に龍も同時に創造した。表向きは神の子として天使及び悪魔と並び立つ存在として君臨し、時には神の抑止力として神の力に抗う存在として台頭する。また、天使が神の軍勢として辣腕を振るう立場にある事の対抗措置として、悪魔の領袖として君臨する役目も担うことがあるという。

 そんな龍達が君臨し支配し統治する龍脈の何処かに存在する龍の都。中央に鎮座する皇龍乃至龍王の居住地である城には、今日も様々な龍が身を寄せ合って暮らしている。神龍大戦の影響で大多数の龍が魂を霧散させ、全ての龍を統括する皇龍すら肉体的死を迎えてしまった。これは天使や悪魔で言うところのセツナエルやアルピナが死亡状態にある事と同義であり、頂点が不在の龍達は、肩身の狭い思いを強いられているのだ。そのため、皇龍が存在しない他の世界を参考に 龍王を擁立することで辛うじて体裁は保つことができていた。

 そして龍の都の城の頂上、龍王の間と称される空間に数柱の龍が集う。体躯は数メートルから十スメートルを超える者まで様々。翼がある者やない者、蜥蜴に似た姿や蛇に似た姿など個体によってそれは様々。しかし全ての龍に共通しているのは、額に一本乃至二本の琥珀色の角を持っていることと体表が白銀の鱗で覆われている事。琥珀色の空の下で、その鱗はどれも一切の曇りなく美麗に輝くことでその高潔さを体外に示してくれる。

 その内の一柱、最も上座に座す龍王ログホーツは金色に輝く龍眼を開いて静かな重みを含む息を零す。額から一本の角を伸ばし、一対の翼を背負った蜥蜴に似た風貌を持つ彼は、龍脈を介してこの世界で起きているあらゆる出来事を把握して溜息を零す。


「また、不穏の香りが漂い始めたようだな」


 重厚感あるその声色は、緊張感を無意識に抱いてしまう凄みがある。静謐な空間で幾度となく反響し、やがて龍脈に溶け込んで霧散した。


「そうですね。天使と悪魔……神龍大戦に発展しなければ良いのですが……」


「……それは高望みしすぎだろう。この聖力と魔力は確実にセツナエル殿とアルピナ公のもの。間違えるはずがない。あの二柱が争った先にある未来は一つしかないだろう」


 ログホーツは、地界から漂う聖力と魔力の主を脳裏に思い浮かべて、その絶望的未来を憂う。どうしようもない絶望感を前に、どうしようもない無力感に苛まれる。


「しかし龍王様。このままでは今度こそこの世界が滅びてしまいます。先日も地界の膜が融解しかけたばかりです」


「ああ。しかし、今回の衝突の原因が分からない以上、手の出しようがない。その上、我々龍の存在は地界の文化文明から亡失されて久しい。むやみに参入したところで徒にトラブルを増やすだけだ」


 どうしたものか、と大きな体の中に宿る小さな心で思考する。決して小心者と自身を卑下するつもりはないが、しかしセツナエルやアルピナ、ジルニアを知っていると、どうしても自分が小者に感じて仕方ないのだ。

 しかし、どれだけ思考を重ねようとも答えが出ることはない、何一つ情報を得ていない彼らでは、何一つ答えが出せなくても当然だろう。それでも、天使や悪魔と同じく神の子と呼ばれる立場に属している手前、傍観者として我関せずの態度を貫き通すわけにはいかないのだ。

 何より、天使長セツナエルと悪魔公アルピナの対立には皇龍ジルニアが深く関与している。そんな彼の後継者として龍王を名乗っている身としては、不関与というわけにはいかないのだ。

 加えて、彼の心には一つの不安がある。9,000年程前から感じたそれは、他でもない悪魔クィクィの事だ。神の子の中では三本指に入ると自負するほどに仲良しな身の上として、消失していた彼女の魔力が再び現れたことが気がかりだったのだ。


「そういえば龍王様。先日の天使と悪魔の衝突以降クィクィ侯の魔力を探知できるようになりましたが、お会いになられないのですか?」


「ふむ。可能ならそうしたいのだが……やはりヒトの子の文化文明と接触するのは避けたくてな。それに、どうやらアルピナ公やスクーデリア侯と行動を共にしている様だ。心配はいらな……ん?」


 金色の龍眼を輝かせて龍王ログホーツは訝しむ。集結する悪魔達の魔力の中に浮かぶ奇妙な魂。アルピナの魔力を微かに感じるそれに違和感を覚え、彼は首を傾げた。


「いかがいたしました?」


「アルピナ公の側……人間の魂か? 微かにアルピナ公の魔力を感じるということは、契約でも結んでいるのか?」


 ログホーツが口にした契約という単語。それは、龍眼で観測できる情報から予測できる糧の中では最有力候補ではあるのだが、しかし同時にそれは大きな違和感も生み出した。


「アルピナ公と契約? まさかそんなはずが……」


 アルピナがヒトの子と契約を結ぼうとしないことは全神の中でも有名な話。彼女の性格を知っているからこそ、彼女が人間と契約を結んでいるという仮定には違和感を覚えて仕方なのだ。

 当然それはログホーツと手同様なのだが、しかしそれ以外の可能性が考えられないほどに、龍眼に映る情報は確かなものだった。


「10,000年ほどこの世界を去っていた間に何か価値観が変わるような出来事でもあったのかもしれないな。兎に角、暫くは様子を見てみるとしよう。場合によっては向こうから接触があるかもしれないからな」


 そうですね。と他の龍達はログホーツの言葉に賛同する。しかし、彼らは見逃していた。契約によって授けられたアルピナの魔力で修飾されたクオンの魂を正確に把握しきれていなかったのだ。龍の都からその全てを詳らかにするのは不可能に近いため致し方ないのかもしれない。

 それでも、仮にその一端でも感知できていたら物事は大きく変わったかもしれない。それは、アルピナが必死に手繰り寄せようとしている未来であり、ログホーツが既に諦めた未来でもある。

 しかし、アルピナもスクーデリアもクィクィもログホーツも、そして当事者たるクオンも、その事実には気づかない。気づかないまま、彼ら自身が信じる道の上を時計の針は着実に進んでいった。

次回、第128話は2/2 21時頃公開予定です。

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