第124話:式典
「面を上げよ」
その声に従うままに、四騎士達は面を上げて国王陛下と視線を交わらせる。煌びやかな宝石細工の如き色彩豊かな瞳があらゆる角度から彼を見つめ、それを受けた彼もまたその瞳で四騎士を一瞥する。
そして、四騎士の後に続くようにセナとアルバートも顔をあげて国王陛下と正式に対面する。影の中のルルシエもまた、その姿や存在こそ誰にも悟られていないが彼らの真似をするように凛とした雰囲気を身に纏う。
耳が痛くなるほどの静けさ。天使との戦闘と大差ない緊張感に包まれ、心臓の鼓動が自然と加速する。魂もそれに連動するように昂り、高揚感にも似た奇妙な感情に修飾された魔力が魂から溢出しようと暴れている。
しかし、ここは人間の国。人間の町。人間の城。神話の時代から長い時が流れた現在の文化文明に魔力の概念は存在しない。そもそも、ヒトの子の肉体と精神に魔力に対する抵抗力は存在しない。
そのため、今この場で魔力を垂れ流すようなマネをしたら果たしてどのような被害が生じるだろうか。考えたくもないほどの悲惨な結末が訪れることは確実だろう。セナは、改めて自分の魔力が外界と完全に遮断されていることを確認する。
一方アルバートもまた、セナと同じく緊張感に圧し潰されそうな相好を隠すことなく曝け出して顔を上げた。いくら英雄と賞賛されていたとはいえ、彼は庶民の出である。つまり、このような公的な催事とは一切縁がない生活を送り今に至っているのだ。さらに言えば、国王陛下と直截相まみえる機会などよほどのことがない限り生涯の内に訪れることはないのだ。
アルバートは、スクーデリアやルルシエのように元来の性格が気品あふれるわけでもなければほぼ全ての神の子のように長い時を生きた経験は持ち合わせていない。その為、自分の立ち振る舞いがこれで正しい自信すら持てずに周囲の雰囲気に合わせてそれらしい振る舞いを見せるしか出来なかった。
そんな二人の苦労を一欠片も気付くことなく、人間側の思考は進んでいく。まさか敵対する魔王の同族が英雄を僭称して人間社会に侵入しているとは夢にも思わなかったのだろう。眼前で跪く二人の英雄に全幅の信頼を向けつつバルボットは徐に口を開いた。
「セナ・キトリア及びアルバート・テルクライア。此度のレインザードを巡る抗争。実に見事であった」
「勿体なき御言葉です」
恭しく首を下げて感謝の意を表するセナ。アルバートもそれに続くように頭を下げる。これが正しい対応なのかをセナはわからなかったが、しかし明確な批判の声や訝しむ様な視線を感じられない事から問題ないと解釈する。
「此度の活躍を称賛し、褒美を授けよう」
バルボットの声に続くように、近くに待機していた文官たちが登壇する。その手にはセナとアルバートに送られる褒美と、英雄の称号を公的に認める証が載せられ、国王陛下に届けられる。そして、進行の声に促されるようにセナとアルバートは玉座の前にまで歩み出る。静かに、しかし堂々とした佇まいは彼らを英雄足らしめるほどに立派な雰囲気を生み出す。
セナはもとよりアルバートが、周囲の眼が光る中でもこれだけの佇まいを維持できるのは偏に神の子としての力が関与しているのだろう。スクーデリアという強大な力が、彼の心身および魂が挫けない様に補強しているのだ。
無意識のうちに関与するそれに気づくことなく、しかし奇妙な安心感による温かみを心の片隅で実感しながら、アルバートはセナとともに玉座の麓で改めて跪く。
そして、国王自らの手により、セナとアルバートへ貢献に見合うだけの褒美と英雄としての地位を保障する証が授けられる。それは、彼らの英雄としての領域が人間社会にも公的に認められ、今後の彼らの一切の動きが全て公人として処理されることを意味する。
これにより名実ともに英雄と成ったアルバート達は、改めて龍魂の欠片を巡る天使と悪魔の抗争に関与せざるを得なくなった。それも天使の存在を認識する悪魔の軍勢としてではなく、何一つ正しき情報を認識できず完全に蚊帳の外に置かれ続けている人間の軍勢としてである。これが吉と出るか凶と出るかは定かではないが、しかし人間社会に確固たる地盤が形成されたのは紛れもない事実である。
取り敢えずは予定通りか。しかし、これからが正念場だな……。
その後も、式典は恙なく進行する。もっともセナとルルシエが式典に参加している上に、魂の紐帯を介してスクーデリアが見張っているこの状況で何らかのトラブルが起きる方があり得ないのだが。
そして、それから程無くして式典は終了する。国宝が下がり、四騎士が退席し、そしてセナ達は玉座の間を後にする。後ろ髪を引かれる様なめぼしいものも無く、至って普通な感情で玉座の間を後にした二人は、余計な拘束や監視もなく王城の中を散歩するのだった。
薄い雲が疎らに浮かぶ澄み渡る様な青空が何処までも広がり、先日の戦いの一件で傷ついた地界の膜はほぼ完璧に修復されたようだ。冷たくも暖かい風が柔らに吹き、二人の頬を撫でる。城壁の上を歩き、眼下に広がる城下町に平和な色を見出しつつ微笑みを浮かべていた。
心臓を絞られる様な緊張感から解放され、清々したと言わんばかりに身体を伸ばしつつ、セナとアルバートは何気ない言葉を交わらせる。
「取り敢えず式典は恙なく終わりましたが、人間社会としてはこれからどう対応するつもりんですかね?」
「どうしようもないだろうな。そもそも、レインザードの一件は全部茶番なんだ。何一つとして情報は得られないだろう。それより問題は俺達の今後だな。うまく人間社会での地位は確保できたが、暫くは様子見でもしておけばいいんだろうか?」
詳しい予定を聞かされていないセナは、適当な私見で言葉を濁らせる。そんな二人の何気ない会話から何かを思い出したように、ルルシエはあっと声を上げた。
『そういえば、式典の最中にアルピナから精神感応があったよ』
『アルピナから?』
意外とも予定通りとも言える相手からの連絡。しかし、アルピナから連絡があるということは、その内容は一つに限られる。故に、意外性は感じつつもその内容はすぐに予想が付いた。
『えっとね。今後の予定なんだけど、セナとアルバートは暫く人間社会で人間側の意志に従って英雄としての職務を全うしろ、だってさ』
予想通りとも言える展開。もともと、それ以外の選択肢が存在しなかったことを考えれば妥当とも言える指示だろう。その為、セナもアルバートも素直にその指示に了承する。
「さて、次の指示があるまでは久しぶりにヒトの子との文化文明に触れてみるとするか」
セナが一度目の死を迎えたのは第二次神龍大戦の初期。この星の暦を基準にして凡そ800,000年ほど前の事。それは地界およびヒトの子が創造されてから9,000,000年ほど経過した時であるため、初期のヒトの子とはある程度面識があるのだ。
当時を懐かしむように、しかしあまり鮮明に覚えていないためヒトの子の文化文明に対して新鮮な感情も同時に浮かび上がる。両立する感情に一人頬を綻ばせるセナは、肩の力を抜いた。
セナは日輪を見上げつつ、その眩しさに目を細めた。温かい陽光を全身に受け、久し振りの平和な地界を堪能するべく心を躍らせるのだった。
『ねぇ、アルバート? また時間が出来たら町に降りてみようよ?』
『はいはい。だが、あんまり目立つような行動をはするなよ』
『もちろんっ!』
そして、セナの様子を見つめるルルシエも、友人にして相棒でもあるアルバートとともに人間社会を堪能することを提案する。それに対してアルバートは、口では呆れつつもどこか楽しげな相好を浮かべて了承するのだった。




