第123話:玉座の間
王城の内部は、城下町とは打って変わった静謐で荘厳な雰囲気に包まれている。誰もがその瞳に真剣な覚悟を浮かべ、要人の警護のために万全の用意をもって臨んでいることが容易に想像できる。誰もが重厚さと機動力を両立させた特別仕様の武具を身に纏い、その腰には一振りの剣を携えている。
頭の先から足の先までを完璧に揃え、その練度の高さは他国と比較しても抜きんでている。一体どれ程の鍛錬を積めばこれだけの振る舞いが熟せられるのだろうか。 指揮官の統率力もさることながら、その指示を完璧に実行する彼ら彼女らの練度も称賛に値する。
しかし、彼ら彼女らがそれを誇示することは決してない。彼ら彼女らはあくまでもこの舞台の安全を確実にするための防御力であり、主役ではない。主役とは即ち英雄のこと。四騎士とともに最前線に立ち、魔王を撃退した人類文明の救世主であるセナとアルバートのことを指す。彼らを丁重に出迎え、歓迎するために彼ら彼女らは存在するのだ。
そして、定刻通り馬車は到着する。相変わらずほれぼれするような高級感漂うその佇まいは、王国が持てる技術の粋をかき集めて拵えた一級品。他の追随を許さぬ完成度を誇るそれが二台、兵士達の歓迎とともに迎え入れられた。
馬車は所定の位置に停まる。一切の不快感なく見事な技術で停められるそれは、よほど丁寧に調教されたがゆえに獲得できた技術だろう。一切暴れることもなければ怠けることもなく、馬たちは自分たちの役目を完璧に遂行した。
荷台の扉が開けられ、内部と外部の空気が綯交される。暖かく心地よい空気を肌いっぱいに感じ、中からセナとアルバートは徐に顔を出す。見事なエスコートとともに荷台から降り、凝り固まった身体を伸ばしつつ首を廻した。
「随分と盛大な歓迎だな」
「そうですね」
至って冷静に周囲を見渡しつつ静かな感想を零すセナとアルバート。一方、影の中ではルルシエが彼の視線を共有しつつその光景に興奮冷めやらぬ態度で瞳を輝かせていた。そんな彼女の声を適当に聞き流しつつ、二人は後ろから歩み寄ってきたアエラとエフェメラと対面した。
「遠路はるばるありがとうございます、テルクライア様、キトリア様」
キトリアとはセナが適当にでっち上げた彼のファミリーネーム。ルシエルに精神支配を受けたクィクィが名乗っていたクィットリアというファミリーネームから着想を得ただけの適当なもの。しかし、戸籍等が事細かくに管理されていためにとりわけ不都合が生じることはなかった。
「いえ。こちらこそ、本日は招待いただきまして恐悦至極に存じます」
恭しく丁寧な物言いと態度で感謝の意を示すセナ。セナは場所や状況に合わせて言動を変えられる性格。アルピナやクィクィ等のような勝手気ままな性格の持ち主ならこうはいかなかっただろう。心中でアルピナやクィクィの顔を思い浮かべながら苦笑するセナは、改めて眼前の光景に意識を戻す。
「長旅でお疲れのところ恐縮ですが、国王陛下がお待ちになられております」
こちらへ、とエフェメラとアエラが先導し、セナとアルバートは素直にそれに従う。周囲を多数の兵士が身を固め、ネズミ一匹すら逃さない眼光で周囲を警戒している。それだけでなく、二人から離れた場所にも多数の兵士が巡回しているようだった。セナとルルシエは魔眼で彼らの数や配置を詳らかにしつつ、その厳戒態勢に感心していた。
『レインザードの一件がよほど打撃になったのか、たかが謁見にしては随分と厳重な警備体制だな』
『だよね。っていうかさ、下手に人間達で警護したところで私達の誰にも敵わないよね?』
至って単純な疑問。事実、仮にレインザードと同規模の敵が現れた場合、ここにいる人間達では全く持って防衛の力には届かない。寧ろ、英雄が護らなければならない対象が増えるだけだ。にもかかわらず、彼ら彼女らは英雄達を護る様にして立ち続けていた。それには、彼ら彼女らなりの想いや国としての立場が由来していた。
『仕方ないでしょう。立場上、我々は人類社会における救世主です。それを称える場であってなおも守ってもらおうというのは他国に示す威厳を放棄する様な愚行に等しいですので』
あくまでも人間側としての視点で答えるアルバート。立場上、悪魔達にはどうしても納得できかねるだけに彼の着眼点は貴重な意見だった。
『そういうものか? やれやれ、この調子だと人間社会に紛れるのも苦労しそうだな』
ヒトの子が創造されて以降の大半の期間を死亡期間として消費してしまったセナとしては、頭が痛くなる悩みの種だった。そして、それと同時に浮かび上がるのは同じ悪魔として生を受けた存在であるクィクィだった。
クィクィは、悪魔の中でもとりわけヒトの子に好意を抱いている部類。とりわけ人間に対しては格別の想いを抱いているのではないかとすら感じさせるほどに好いているのは有名な話。暇さえあれば事ある毎に人間社会に溶け込んで、その文化文明を堪能していた彼女は、悪魔の中で最も人間の価値観に理解があるのだ。
礼儀作法は兎も角、それ以外はクィクィに一度くらい指導指南してもらうべきか?
顔に出さず精神感応にも乗せず、魂の深奥に存在する深層心理で思い悩むセナ。そんな彼の意識を表層に引き上げたのはルルシエの声だった。彼女は、アルバートとセナのどちらとも限定しない問いかけを投げかける。
『ところでさ、これから謁見するこの国の王様ってどんな人間なの?』
『バルボット・デ・ラ・ラステリオン。俺も名前しか聞いたことがないからな。それでも、ただの人間だと思うぞ。仮に神の子だとしてもお前かセナさんが気付いてるだろ?』
『ああ。魂は完全な人間だ。警戒するまでもない』
そうこうしている内に、アルバート達はアエラ達の先導とともに玉座の間へと到着する。そこには、城の内外を警護する他の一般兵士とはまた異なる特別な武装で身を固めて兵士達が目を光らせている。王直属の組織である四騎士が直接指揮を執る特別組織。他国の近衛騎士団に相当する立場の兵士達だった。当然、アエラとエフェメラ以外の四騎士もまた正装に身を包んでアルバート達を待っている。
耳が痛くなるほどの静謐な空間。悪魔という上位者でありながらも自然と背筋が伸びてしまう雰囲気は流石といっていい。誰かに言われるまでもなく精神感応は切断され、足音一つ立てない丁寧な仕草で玉座までの道を歩く。
玉座に座しているのが黒バルボット・デ・ラ・ラステリオン。その両脇には四騎士がそれぞれ等間隔で並んでいる。グルーリアス・ツェーノン、ガリアノット・マクスウェル、アエラ・キィス、そしてエフェメラ・イラーフ。誰もがその鋭利な視線をアルバート達に向けており、特にエフェメラとアエラに至ってはレインザードで肩を並べていた時の気さくな雰囲気とはまるで正反対だった。
これは……。
危険とはまた異なる警戒心。アルバートもセナもルルシエも、誰もが初めて経験する感情だった。
ルルシエは影に潜んだまま、アルバートとセナはそのまま玉座の前にまで歩む。そして、王国の礼儀作法に則り左ひざを立てた最敬礼を四騎士が捧げ、それに追随するように彼らもまた同様の敬礼を捧げる。
僅か数秒。しかし、それは一時間にも時間にも感じられる。甲冑が動いた時に発生させる甲高い金属音はただの一つも生じず、心臓の鼓動がうるさく感じるほどの静けさが玉座の間を満たした。
そして、主観的には長く客観的には短く感じる時の流れの先に国王はその重厚感ある低く響く声を徐に発する。
次回、第124話は1/29 21時頃公開予定です。




