第121話:4つ目
「ルシエルを相手によく秘匿しきれたものだ。かなり大変だっただろう?」
「まぁね。でも、お陰でいい魔力操作の練習になったと思うよ。それよりさ、これを集めてる理由ってやっぱり……」
クィクィは、クオンを一瞥しながら何かを言いかける。まるでクオンが龍魂の欠片を持っていることを全て見透かしているかのような視線が刺さり、クオンは言葉に言い表しきれない緊張感と恐怖に襲われる。そんな一時的な不穏を吹き払うように、アルピナはクィクィの肩に手を置いて小さな声で囁いた。それは同じ部屋にいるクオンですらうまく聞き取れないほどにか細く、聞いてはいけない内容であることを暗に示しているかのようだった。
「悪いが、そこまでにしてもらおうか。凡その見当はついていると思うが、まだ口外するわけにはいかないからな」
「はぁ~い。それで、これもクオンお兄ちゃんに渡せばいいの?」
ああ、とアルピナは首肯する。それに合わせる様にクオンは胸元からネックレスを取り出す。先端の飾りには六つの台座が設けられ、そのうち三つには小さな宝玉がはめ込まれていた。放たれる淡い光はこの世界に存在するあらゆる宝石細工より美しく、何度見ても視線を奪われてしまうほどに惚れ惚れしてしまう。
クィクィは徐にクオンの側へ歩み寄ると、手掌に浮かぶ龍魂の欠片をクオンに移譲する。受け取ったクオンは、早速とばかりにそれを胸元のネックレスに近づける。すると、淡い光を放つ龍魂の欠片は指先ほどの大きさの宝玉へと姿を変えてそのネックレスに設けられた台座の上に収まる。
まるでそれが正しき姿であるかのように違和感ないその形は、アルピナの目的が着実に前に進んでいる事の証左。しかしその達成感とは裏腹に、アルピナがジルニアの計画を正確に把握していないという不確実性が奇妙な違和感を生む。果たしてそれがどのような未来をうみだすのか。また、どのような不利益を生じさせるのかは皆目見当がつかない。
しかし、アルピナとジルニアの信頼関係は非常に強固。それこそ、彼女とスクーデリアとの間に存在する強固な紐帯と大差ないほどのもの。故にこの先、アルピナ達に不利益が生じるとは考えたくないというのが彼女達の本心。死人に口はないため確認の取りようがないが、だからこそ過去の経験をもとに最大限の信頼感を抱くことしかできなかった。
「これで残り二つか」
「そうみたいだね。でも、なんでクオンお兄ちゃんがその台座持ってるの?」
「これか? 俺も詳しくは知らないが、何でも先祖代々受け継がれてきたものらしい」
ふぅん、と半ば納得いかないといった具合に頷くクィクィ。事実、クオンとジルニアとの間に視覚的な連続性が見られないことが、その疑問に拍車をかける。
しかしそれはあくまで表面上の感情であり、その本心は異なる。何故クオンはジルニアの龍魂の欠片に対応する台座を持っていたのか、何故アルピナはクオンに近づいたのか、何故、アルピナはクオンに契約を持ちかけたのか、何故クオンはアルピナの魔力に早期に適応できたのか。その全てに理由は存在するのだが、それは悪魔達のみが知るところ。ジルニアの残留意志による綿密な秘匿は、敵対する天使のみならずその持ち主たるクオンすらも欺く。結果的に、クオンに最も深く関係するそれは、クオンが最も認知しないところで行われることとなった。
そんなことを露と知らないクオンのすぐそばで、悪魔達はそんな彼を見ては互いに微笑を浮べ合っていた。ジルニアの魂をすぐ近くに認め、彼の魂が最も近しいクオンに対して愛しみに近い感情を向けていた。
そんな彼女達を横目に、クオンはそのネックレスを再び胸の中にしまい込む。輝きは服の下に隠れ、ジルニアの龍脈は姿を隠す。クオンの瞳もその疼痛は収まり、穏やかな感情で小さく息を零した。
改めて彼はアルピナ達悪魔をそれぞれ一瞥すると、今後の動向についての確認を取る。
「それで、今後はどうするんだ? 俺達は引き続き封印された悪魔を助けつつ龍魂の欠片を集めるのはいいとして、他の悪魔達はどうするんだ? それに英雄もある。武勲を立てさせたのはいいとして、アイツ等をどう活用するつもりだ?」
「それについてだが、彼らには暫く人間社会で生活してもらう。恐らく数日もすれば、今回の功績のお陰でそれなりの地位が得られるだろうからな。全人類にとって脅威となり得る超常の存在たる魔王を一時的とはいえ撃退した英雄。我々が生きている限り、一部貴族以外はその存在を危険視することはないだろう」
危機が眼鼻の先に存在している限り、英雄は英雄として君臨することができる。しかし、その敵を排除し人類社会に平和が訪れた後は話が変わる。強大な敵を滅ぼした存在が、新たな敵にならない保証が何処にあるだろうか。仮に敵に回った時、嘗ての強大な敵を上回る力を持った存在に、果たして対抗することができるだろうか? 確実に不可能だろう。或いは、危険な目が発芽することを恐れて事前に処分しようとするかもしれない。
しかし、そんなことをまるで気にしないといった具合に、アルピナは冷たい笑みを浮かべる。それは神の子としてヒトの子を管理する立場としての絶対的な上下関係に由来する当然の帰結。或いは来ることがない未来に思いを馳せるのは時間の無駄だと知っているからこそだろう。彼女達にとって、自分たちがヒトの子に対して脅威であるのは事実でありそうでなければならないのだ。
「活用?」
「ああ。詳細はまだ決めていないがな。しかし、龍人の存在もある。幾らでも活用法はあるだろう」
「龍人が?」
「あの子達は龍の血を継いでいるんだもの。戦力として申し分ないわ」
スクーデリアが口を挟んで説明する。気品ある振る舞いはいつ見ても美しく、どれだけ見ても飽きることがない色味を見せてくれる。そんな彼女の言葉に乗る様に、クィクィは興味津々な態度で瞳を輝かせていた。しかし同時にそれは、彼女を悪魔足らしめる管理者としての冷たい色も同時に覗かせており、クオンの魂は震えあがる。
「龍人? それって龍と人間の交配ってことだよね? どうしてそんなのがいるの?」
神の子とヒトの子の間に子を生すことは禁忌。生理学上不可能ではないが、しかし立場の差異で余計な不都合が生まれる可能性が高いことから事前に禁止されている。それは全神の子に共通して植え付けれたの。その条理に逆らった存在に対して嫌悪感に近い感情を向けてしまうのは本能的行動に近いかもしれない。そんな彼女の気持ちを宥める様に、アルピナは優しく声をかける。
「生まれてしまったものは仕方ない。存在するのであれば、その力を活用しないのは惜しいだろう?」
「まぁ、そうだけどさぁ……」
煮え切らない感情に眉を顰めるクィクィだが、しかしどうにか理性でそれを押し殺してアルピナの思いに従う。それは波風立てないようにする彼女なりの配慮なのか、或いはアルピナには絶対逆らえないという恐怖心なのか。恐らく前者だろうが、この際どうでもいいことだった。
「詳細は追って話すとしよう。あの子達は暫くも英雄関連で忙しいだろうからな。クオンもその間にしっかり身体を休ませておくといい。龍脈はまだなじみ切っていないだろう?」
ああ、とクオンはアルピナの言葉に甘えることにする。そんな彼を横目に、アルピナは琥珀色が薄まる空を窓越しに静かに見つめるのだった。
もうすぐ会えそうだな、ジルニア。




