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ALPINA: The Promise of Twilight  作者: 小深田 とわ
第1章:Descendants of The Imperial Dragon
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第12話:天使

 あれは……なるほど。ワタシの動向に合わせてきたか。随分盛大な歓迎を用意している様だな。


 それは天使と聖獣だった。王都のある方角から森の奥に鎮座する強い聖力へと一直線に飛び去る姿を見紛うはずがなかった。アルピナがこの世に生を受けてより絶えず目にし続けてきた天敵である天使。それを見てやはり自分の予測が概ね正しいこと、そして自身の帰還に気づいていることを確実視する。金色の魔眼がより一層輝き、彼女の悪魔としての立場を表す魔力が溢出する。

 事なかれ的にその動向を見守っていたアルピナだったが、せっかくの好機とばかりに嗤う。

 右手を天にかざすと、掌に自身の魔力を集約させる。そして不可視の衝撃波として魔力を飛ばすと、その内一つの群れにのみ自身の存在を気付かせる。


「何をしてるんだ、アルピナ?」


「折角の機会だ、クオン。天使どもと手合わせして身体を慣らしておけ」


 アルピナは示指を数度曲げて天使達を誘う。それに引き込まれるように彼らは二人がいる地へ向かって一直線に降下する。残りの天使達はそのまま森の奥へと飛び去って行った。


「ったく、強引というか突発的と言うか……」


 クオンはアルピナから遺剣を受け取りつつ呟く。しかし、どのみち戦わなければならない相手と言うこともあり特別不快感は持たない。それどころか、復讐心の裏にちょっとした好奇心すら持ち合わせていた。

 そしてものの数十秒で天使達は聖獣を伴って地上に降りる。その佇まいは人間と遜色ない。ただ異なるのは背中に背負った一対の翼のみ。


「やはりまだ若いな。精々1,000年以内か、よくて10,000年以内の生まれか? しかし、クオンの初陣には悪くないだろう」


「これはこれはアルピナ公。お戻りになられていらしたとは。お初にお目にかかります」


 明確な上下関係が見て取れる対話。それだけアルピナの神の子としての位が高いのか、或いは天使側の階級が低いのか。クオンの知識と経験ではそれを知ることは出来ない。加えて魔眼すら発現していない現状では、双方の実力差すら判別できない。


「天使に敬われるとは、時代も移ろいだものだ。以前は形式上の敬意すら感じられなかったのだからな」


「私如きではアルピナ公の足元にも及びませんので。ところでひとつお伺いいたしますが、アルピナ公は龍魂の欠片についてご存じありませんか?」


 天使の男から問われた単語に、アルピナは反応する。ほう、と興味深げに目を開くと口元が僅かに緩む。


「君達もあれを探していたか。しかし残念だが、ワタシもそれの正確な位置を把握していない。ある程度の検討はついているがな」


「……果たしてその言葉の真偽を私には判別しかねますが、今はそう言うことにしておきましょう。では、その横にいる男は? ただのヒトの子、人間のようですが……」


「見た通りのままだ。尤も、既に私と契約してるおかげで魂に多少の魔力を内包しているがな」


 明朗快活に笑うアルピナは年相応の少女のよう。しかし、そんな彼女の純粋無垢な外見に騙くらかされない天使達は一切の警戒を緩めずに立つ。その目の色は各個異なるが、総じて聖眼を開いて二人を注察しているのは共通していた。


「折角の機会だ。君達で戦ってみるといい。双方、互いのことがよくわかるはずだ」


「よろしいのですか? ただの人間が私達に敵うとは思えませんが……」


 僅かに綻ぶ警戒の糸をアルピナは心中で笑う。しかし、その目は決して笑ってなどはなく、怒りにも似た神妙な目でその発言をした天使を睥睨していた。


「まさか。クオンが死ぬはずがないだろう。あるのは君達の肉体的死のみだ。心配しなくとも君達の魂はワタシが責任をもって神界へ送ってやろう」


 しかし、とアルピナはグルリと見渡す。周囲には二人を取り囲むように天使と聖獣たちが展開し、その好機を今かと待ちわびていた。


「君達は邪魔だな。悪いが早々に退場してもらおう」


 アルピナは指を軽く鳴らす。音に乗せて運ばれる魔力の波が天使と聖獣を包み込む。そして、不可視の一撃は聖なる力を宿す者たちに平等な肉体的死を与える。直後、肉体から解放された神の子の魂は新たな肉体を求めて暴流し、最も近くに立つ生きた肉体へ襲い掛かる。しかし、アルピナの流した魔力の波はそれを阻害し、瞬く間に天使の魂はもとの肉体と紐づけられ、聖獣の魂は肉体から切り離されて神界へと送られる。


「こ、これは……」


 クオンとアルピナを除き、生き残ったのは先程までアルピナと話していた天使だけだった。彼は周囲を一瞥すると、焦りと恐怖の汗を滲ませながら狼狽する。

 同時にクオンもまた、その惨状を見て絶句する事しか出来ない。ややあってどうにか理性を取り戻したクオンはアルピナに問う。


「アルピナ……これはどういうつもりだ?」


「流石の君も一度にこれだけの数を相手にするのは骨が折れるだろう? ここで斃れてはワタシと君の双方にとって不利益を出すことになる。その為のお膳立てだ」


「バ、バカな……天使と悪魔の相性は……」


 驚愕を露わに瞠目する天使を、アルピナは嗤笑する。無知蒙昧な神の子に知識を授ける様に、彼女は口を開く。


「大戦を経験せず、その後に産まれた若い悪魔しか知らない君には到底理解できない事だろう。残念だが、天使と悪魔の相性はあくまでも同程度の実力を持つ者が相手だった場合に限られる。天使も悪魔も長く生きればその分だけ力が増す。君達程度の実力でワタシの魔力に抗えるはずがないだろう」


 しかし、とアルピナは心中で溜息を零す。

 天使のレベルも随分と落ち込んだものだ。やはり、経験の有無が生む成長は大きいな。

 アルピナは近くの岩場まで歩くと、腰掛けて脚を組む。スカートの下から覗く雪色の御御足が木漏れ日に照らされて眩く輝く。木々の合間を縫って吹く風が、彼女の黒髪を靡かせた。


「これで一対一だ。精々抗って見せろ」


 頬杖をついて余裕綽々の相好で見守るアルピナの姿勢は、天使の男の逆鱗を逆撫でる。


「いいでしょう。後で後悔してもしりませんよ」


 天使は手を翳す。そこへ聖力が集うと、光の聖剣が姿を現す。クオンもまたそれに対抗するように遺剣を構える。体内を循環する魔力が無意識に遺剣へと集められ、龍の力が溢出する。


「その剣はッ——」


 語るより早くクオンは天使へ斬りかかる。それを防ぐように天使もまた聖剣を振るう。両者の刃が衝突し、轟音と衝撃を撒き散らす。


「何故……何故、龍の力を持っている?」


「龍の力? ああ、この剣のことか? アルピナから預かっているだけで別に俺の力じゃない」


 その後、二者は一進一退の攻防を繰り返す。双方、致命の一撃へ至ることは出来ず拮抗した鍔迫り合いが果てしなく続く。神の子という特権を翳して有利に立つ天使と、龍の剣による相性でヒトの子としての不利を覆すクオン。思いがけないポイントで両者は釣り合っていた。その様子を観戦するアルピナは、絶えず魔眼で周囲を警戒しつつも心中で独り言ちる。


 まさか拮抗するとはな。クオンがそれだけ強いか、将又あの天使が想定以上に弱かったか。まったく、平和に感けて戦いの腕が鈍ったか。よくそれでこれだけのことを画策したものだ。


 そして、それから数分彼らは戦い続ける。汗と血が弾け、抉れた地面と刻まれた草花が舞う。切断された巨木が地に崩れ、僅かに大地が震動する。


「ハァ、ハァ……。そろそろ終わらせるぞ」


「この俺が……ヒトの子程度にッ……」


 雄たけびをあげて両者は突撃する。双方が決着の一撃だと見定めたそれは、彼らの渾身の一撃。これまでの剣戟を凌駕する勢いと力が込められたそれに全てが込められた。

 しかし、その一撃は互いに届くことはなかった。双方の間に立つアルピナが、軽くそれを受け止めて涼しい顔で立つ。まるで草花を愛でる令嬢のように可憐で儚い年頃の相好を醸し出す彼女は、双方を一瞥するとややあって言の葉を紡ぐ。


「その辺りで一時休戦としよう。まだ君には尋ねておかなければならないことがあるからな」


 そういうと彼女は魔眼に力を込めて天使を吹き飛ばす。不可視の衝撃はクオンが彼に与えたすべての攻撃を合算したものよりも重くのしかかる。無防備に吹き飛ばされた彼は近くの木に衝突すると地面に崩れ落ちる。


「さて、まさかこの程度で肉体的死を迎えてはいないだろうな?」


 徐に歩み寄ったアルピナは、地面に突っ伏して悶える彼の頭を踏みつける。ギリギリと軋音を立てる頭蓋骨と彼の叫声には興味を持たず、彼女は両手をコートのポケットに入れたまま眼下の天使を見下す。


「どのみち死ぬ運命だ。最早君の名に興味はない。しかし、君の所属には興味がある」


「所属……?」


「ああ、そうだ。君の飼い主は誰だ? シャルエルか、或いは——」


「それがたとえアルピナ公の頼みとはいえ、答えることは出来かねます。それも含めて我が主の命ですので」


「では質問を変えよう。君達の目的は何だ? ヒトの子を襲撃してまで何故龍魂の欠片を求める?」


 しかし天使は答えない。横一文字に口を噤むとアルピナから視線を逸らす。

 残念だ、とアルピナは呟く。同時に彼の頭部は鶏卵のように踏み潰され地面に散らばる。暴流する魂はアルピナの手によって肉体と結び付けられ、そのまま神界へ消える。残されたのは荒れた森に佇むクオンとアルピナだった。

次回、第13話は10/10 21:00に公開です

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