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ALPINA: The Promise of Twilight  作者: 小深田 とわ
第2章:The Hero of Farce
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第118話:武装・吉人天相

〈武装・吉人天相〉

 アエラの剣戟が、魔王の中で最も発言力と影響力がありそうな雰囲気を漂わせているアルピナに襲い掛かる。せめて誰か一人だけでも討ち取ろうとした時、最も難易度が高いものの最も効果的な対象。それがアルピナだとアエラは直感で感じ取っていた。

 根拠があったわけではない。自信があったわけではない。しかし、本能がそうするべしと咆えていた。故に、彼女はその本能に全てを委ねた。多くの部下を束ねる立場として論理的思考の欠落は恥じるべきかもしれない。しかし、今回ばかりはそれでも構わないと思うしか出来なかった。

〈爆雷魔衝〉

〈武装・落花流水〉

 そして、アエラの攻撃に合わせる様にアルバートとセナは攻撃を重ねる。決して合図があったわけではない。このタイミングこそ最大の好機だ、と両者の判断が完璧に一致した瞬間だった。魔力が練り込まれた小規模な爆発を伴う剣筋とアエラの技を見よう見まねで模倣したアルバートの無数の剣が、それぞれアエラの剣と規則性のない重なりを描きながら迫る。それは、アルピナをして感心せざるを得ない抜群のコンビネーションであり、例え彼女であろうとも容易に躱しきれないほどの完璧な技として機能しているものだった。

 ほぅ、これは素晴らしいな。天羽の楔を伴わないセツナエルの祝福……か。なかなかバカにできないようだな。

 さて、とアルピナは一歩も引くことなく三つの剣を正面から受ける。魔王が人間に討伐されたという絶好の名声を彼らへ与えるために、アルピナはその身を犠牲にして彼らに恩を売りつける。決して拒否することができない一方的な押し売りに対し、しかし一欠片の忌避すら浮かべることなく人間達の一撃はアルピナの胴体を切り裂いた。

「……グッ!」

 胴体に大きな斬撃跡をつくり、吐血しながら苦痛の声を零すアルピナ。鮮血が辺り一面に溢出する。アエラもセナもアルバートも、その身を鮮血に染め上げ、荒い息を零しながら眼下に崩れ落ちる彼女の肉体を見下ろす。

「アルピナッ!」

「アルピナお姉ちゃん!」

 それらしい感情が込められた叫声をあげるスクーデリアとクィクィ。大女優にも引けを取らない見事な演技力は、思わずセナやアルバートも騙されそうになってしまう。しかし、それを悟られないように彼らもまた尤もらしい感情のペルソナを被って事の成り行きを見る。

「ハァ……ハァ……やったの?」

 唯一部外者であるアエラだけは、本心からアルピナの生死を疑う。手ごたえはあった。しかし、これまでの彼女の態度から、あの程度で死ぬことはないだろうという疑いも両立してしまう。それほどまでに彼女は強大であり、脅威でもあるのだ。油断を理性の奥底に抑え込み、最大限の警戒心を引っ張り出して睥睨する。

 そして、そんな彼女の予想通り、アルピナは死んでいなかった。荒く浅い呼吸は彼女の肉体が正常とは程遠いことの証左。しかし、呼吸があるということは死んでいないということ。

 彼女は、覚束ない肉体をどうにか起こして立ち上がる。身体を動かすたびに傷口から血が零出し、ふらつく身体をスクーデリアが支持する。淡いドレスワンピースに彼女の血が付着するが、そんなことなどまるで気にする素振りを見せず、その相好は本心から彼女を心配しているかのようだった。

「ふっ……流石……だな……」

 その称賛は本心なのか、或いは負けず嫌いな性格が生んだ言い訳がましい拒絶の姿勢なのか。アエラにはその真意が測れなかった。そのため、例え致命傷に限りなく近い一撃を与えられた現実を前にしても警戒の意志を緩めることができなかった。彼女は改めて剣を構え、追撃の一撃を加えようと狙いを定める。

 しかし、それを阻むようにクィクィが両者の間に立ち、アルピナやスクーデリアに負けず劣らずの冷酷な殺気を存分に迸出させる。それは、仲間であるはずのセナやアルバートですら心を射竦められてしまうほどの強烈で苛烈なものだった。

 それに対抗するようにアエラ達三人はそれぞれ剣を構えて反撃に備える。しかし、そんな彼女を制するように声をかけたのは他でもないアルピナだった。弱々しくなった魔力が不規則に湧出し、青白くなった相好を苦痛に歪めて浅い呼吸を零す。敵でありながら非常に痛ましく、直視することも憚られるほどの傷口が彼女の肩口から脇腹にかけて連続していた。

「よせ、クィクィ」

「でも……」

 アルピナの制止に対して煮え切らない反駁を口にするクィクィ。眉が垂れ下がり、駄々をこねる幼子のように微笑ましい相好は、生と死を懸けた戦場の直中にあって異様なほどに平和的であり極端なまでに違和感を覚える。

「当初の目的は達成済みだ。……一度くらい勝利を譲ることがあってもいいだろう?」

 アルピナは、すぐ脇で自身の身体を支えてくれているスクーデリアを一瞥する。発言の後押しをしてくれ、とばかりに 訴えるその瞳は猫のように可憐に瞬き、大海のような青い光で輝いていた。

 そんな彼女の可憐な碧眼に見つめられ、スクーデリアは小さく息を零して微笑む。そして、クィクィを説得するために、彼女に柔らに語り掛ける。それは彼女の外見に違わず気品に満ち溢れ、瀕死の友人を前にしても一切揺るぐことがない強靭な精神力に裏打ちされた優雅な佇まいを一層高めていた。

「そうね。アルピナの言う通りよ、クィクィ。戻ってらっしゃい?」

「……は~い。……まぁ、仕方ないね。次会った時は容赦しないからさ、覚悟しておきなよ?」

 殺気を隠し、クィクィはアエラ達に背中を向ける。まるで無防備に見えるそれに対し、しかしアエラ達は動かない。或いは動けないと形容した方が正しいかもしれない。クィクィの稚く可憐で純粋無垢な外観とは裏腹の冷酷で挑発的な口調を前に、為す術がなかったのだ。

 クィクィはアルピナの横にまで戻り、三柱の魔王は揃って魂から魔力を錬成する。そしてそれを全身に循環させると、彼女達の肉体は空中に浮かび上がる。その後、何も言い残すことなく彼女達は何処かへと飛び去った。やがて彼女達の肉体が琥珀色の空に消失するのを見届けた後、アエラはその場に座り込んだ。

「行っちゃった……」

 呆然としてアエラは呟く。全身の力が抜け、手にした剣が音を立てて地面に転がる。緊張感が急激に消え去り、漸く訪れた平和を前にして、達成感に近い感慨深さが溢出する。

 一体、どれほど希っただろうか? 一体、どれほど待ち望んでいただろうか? 一体、どれほど死力を尽くしただろうか? 一体、どれ程の犠牲を払ったのだろうか? ようやく手に入れた勝利に、人間達は勝鬨の声を上げる元気が残されていなかった。

「そのようですね」

 アルピナ達が飛び去った方角の空を見上げつつ、セナはアエラの感想に同意した。彼もまた同様に全身の力が抜け、茶番のはずだった戦いでありながら何故か達成感に包まれていた。

 セナは、魔眼を開いてアエラの魂を見る。セツナエルによる祝福。それによる悪魔に対する特効は、彼をして警戒せざるを得ない側面はある。祝福故に対して脅威ではないが、しかしそれなりの力と権力を持つ人間が天使の力を宿しているという事実は無視できないのだ。

 天使は悪魔に強く、悪魔は龍に強く、龍は天使に強い。実力差が顕著であればあるほど明確に働く三竦みの関係は、セツナエルという天使長を前にしてより確実となる。現在この世界を生きる神の子の中で、彼女よりフリ神の子は存在しない。生きた年代が実力に直結する神の子の性質上、よほどの事情がない限り天使長に対して三竦みの関係を崩すことはできないのだ

 そのため、この先の訪れるであろう天使長の戦いに対する微かな憂慮すら事前に排除するべく、セナは最大限の警戒と不安を胸に抱く。

 ……聖力が消えてるな。祝福は一時的なものだったのか?

 心配をよそにセツナエルの祝福は消失している。それこそ、一欠片の痕跡すら残すことなく完全に元の魂に戻されていた。それにより一時の安心感が齎され、改めてレインザードのを巡る争いに決着がついたことを魂の奥底から実感できた。

次回、第119話は1/24 21時頃公開予定です。

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