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ALPINA: The Promise of Twilight  作者: 小深田 とわ
第2章:The Hero of Farce
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第117話:祝福

 敵と味方が入り乱れ、殺意と覚悟が入り乱れる。瓦礫が巻き上げられ、土煙が戦いを包み隠す。武器と武器がぶつかり合う甲高い金属音が反響し、雄叫びと苦痛による叫声が交差する。


 一体……何がどうなってるんでしょうか?


 後方で兵士を護りつつ、エフェメラは心中で呟く。彼女の眼前には深い土煙が立ち塞がり、戦いの様子は一欠片すら窺い知ることができない。ただ音と声だけが反響し、近寄る事すら許されなかった。

 そしてそれは、エフェメラのみならず他の兵士も同様だった。眼前で繰り広げられる異次元の戦いを前にして、誰もが瞠目する事しか出来なかった。声にならない声を零し、迫りくる爆風と土煙から身を護る事しか出来ない彼ら彼女らは、理解が追いつかない現状を前に思考を放棄しているのだ。

 これは異常事態と言って差し支えないだろう。彼ら彼女らは総じて国家に属する正規の軍事組織。即ち、公に認められた国家の暴力装置である。その気になれば武力で国家を天プクッせる事すら可能なだけの力を与えられた集団である。つまり、それが認められるほどに彼ら彼女らは選り優りの人材であり厳しい生存競争を勝ち抜いた精鋭でもある。

 そんな彼ら彼女らですら、四肢を捥ぎ取られた羽虫のように打ち捨てられる事しか出来ないでいたのだ。屈辱以外のなにものでもないだろう。理不尽に対する怒り、自己に対する失望。耐え難い苦痛に相好を歪め、唯一魔王や英雄が織りなす戦いに参戦できているアエラに対して希望と期待と羨望と尊敬の念を向ける。

 彼女なら、彼女こそ、彼女だけでも。折り重なる彼ら彼女らの希望の声はアエラの背中を押しているかもしれない。或いは届いてすらいないかも知れないが、しかし彼ら彼女らがすべきことはそれ以外になかった。無理に参戦したところで生命の徒花を散らすのは確実。それは、誰も否定しない。否定できない。彼ら彼女らの実力は、彼ら彼女ら自身が誰よりも把握しているのだ。故に、参戦したい気持ちやしなければならないという覚悟を威勢でグッと堪えて戦いの経過を見守る。


 キィスさん……大丈夫でしょうか……。


 祈祷の手を組み、天の奇蹟を希うエフェメラ。四騎士として肩を並べる同僚にして友人でもあるアエラの無事を願いつつ、戦いが無事に終結することを願う彼女の魂は鮮やかな色に染まる。天使が彼女の願いに力添えをしているのか彼女の魂が聖なる輝きを発し、その力は願いの風に乗ってアエラへと運ばれる。

 しかし、それはアエラの目には映らない。彼女のみならず、特別な目を持たない一介の人間では捉えることができない。魔眼を有す悪魔達だけが、その神聖不可侵な祈りの紐帯を捉えることができていた。


『んっ、これは……?』


 セナはそれに気づき、無意識の声を精神感応に乗せる。ほぅ、とアルピナもその力を感じ取り、複雑な思いが含まれた笑みを零す。


『ねぇ、アルピナお姉ちゃん? これって……』


『まったく……どういうつもりかは知らないが相変わらず自由勝手だな、セツナエルは』


 しかし、とアルピナは反駁する。面倒なセツナエルの力も、この時ばかりは有効に活用できそうな余地が残されている事に気が付いた。


『そのアエラという人間の力は、些か弱すぎる。茶番のケリをつけるには好都合かもしれない』


 ならば、とそれぞれの悪魔は不敵に嗤う。茶番を終わらせるための支度は整った。思わぬ力も味方し、当初の想定より随分と楽に進められそうだった。

 しかし同時に、それはアエラに一時的乍らセツナエルの力が宿ったということ。セツナエルは天使の中でも最上位に君臨する熾天使にて天使長。即ち、悪魔でいうところのアルピナと同等の地位に立つ存在。それは即ち、セツナエルはアルピナと同等の力を持っていることでもあるのだ。

 幸いにして流れてくる力は非常に僅か。そのため、セナやアルバートですら容易に対処できるレベルでしかない。しかし、それだけの可能性を秘めている事には注意しなければならないことには変わりないのだ。

 そんなことを露と知らず、認識し売らできないアエラは変わらぬ覚悟で攻め続ける。或いは、そうでもしなければついて行く事すらままならないといった方が正しいかもしれない。それほどまでに、一介の人間でしかない彼女の実力は不足しているのだ。

 それでも、と彼女は魂を昂らせる。それだけが、彼女にできる唯一の対抗手段だった。死を前提に、超常の存在と戦い続ける。或いは、その死の覚悟が彼女の底知れぬ潜在能力を覚醒させたのかもしれない。


「私じゃアルバートにもセナにも及ばないけど、それでもやらなきゃいけないのよ!」


 地面を深く蹴り込んだアエラは、より一層の力で魔王達に斬りかかる。セツナエルからの祝福を授かった彼女の実力は、今やアルバートにも引けを取らない領域にまで底上げされている。アルピナもスクーデリアもクィクィも、その変化には驚きと関心の眼でみつめた。しかし、いくら熾天使の祝福を授かったとはいえ、所詮は祝福でしかない。セツナエル本体の力を知っている彼女達には到底通用するレベルには至らないのだ。

 それでも、一介の人間としては破格の実力を有している事もまた事実。それ相応の敬意をもって彼女達はアエラの相手をする。


〈武装・落花流水〉


 散り落ちる花のように可憐で流れる水のように滑らかな無数の剣筋が、幾重にも重なりあいながら襲撃する。戦いが始まる前のアエラの身体機能では到底成し得なかった動作により生まれるその技は見る者を魅了する。そして同時に、彼女がこの短時間の間に成長を続けている事の証左でもあり、セツナエルによる祝福が正常に機能している事の裏付けでもあった。


「悪くないわね、その攻撃」


 余裕を浮かべつつも先程よりはやや真剣になったスクーデリアは、アエラの剣を受け止めながら笑う。お互いに一歩たりとも引かない剣が鍔迫り合い、音をたてながら牙をむく。


〈武装・三光連斬〉


そこに追い打ちをかける様に、アルバートが飛びかかり、スクーデリアの背後を斬りつける。しかし、それを食い止める様にクィクィが横から飛び込んで彼の三連撃を阻害する。


「チッ」


「残念でした。まだまだだね、アルバート?」


 アルバートの全力の攻撃を前に、クィクィは稚い笑顔を浮かべて挑発する。混ざり気がない純粋なその笑顔に一切の殺気や悪意は含まれておらず、それが純粋に彼女本来の性格であることを示してくれる。

 その後も、魔王と人間による戦いは幾重にも重なる。血と肉の香りに修飾された生と死の狭間とは裏腹に、宛ら芸術作品の如き美しき色合いを見せるまでに昇華されていた。

 それからどれだけ戦いが続いたのだろうか。地界と龍脈を隔てる膜の融解は着実に進行し、天頂に瞬く琥珀色の空は一層の深みを増す。龍脈が零出し、それはやがて地界へと到達する。大気と龍脈が綯交され、人間達にとって有害となる大気組成がレインザードの上空からゆっくりと降下している。

 初めは1時間ほどと見積もられていた残り時間も、今や15分ほどしか残されていない。ルシエルが神界へ送られたこともあって融解自体は止まったようだが、しかし膜が修復されるにはアルピナ達が放っている殺気が込められた魔力が障害となっているようだった。

 そんな上空を睥睨しながら、アルピナは舌打ちを零す。あまり時間が残されていない。何も知らないアエラが理想の動きをしてくれるその時を、セナとアルバートは待ち望んでいた。

 そして、ついにその時はやってきた。アエラは小さく息を吐くと、セナとアルバートのすぐ近くまで戻ってくる。それを待ってましたとばかりにアルピナとスクーデリア、クィクィもまた肩を寄せ合うように集結し、束の間の無言の時が流れる。

 アエラは腰を深く落とし、長く息を吐く。剣を構え、セツナエルから齎された祝福の力を無意識に剣に纏わせた。

次回、第118話は1/23 21時頃公開予定です。

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