表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ALPINA: The Promise of Twilight  作者: 小深田 とわ
第2章:The Hero of Farce
116/511

第116話:遠すぎる頂

 しかし、そんな超速の一撃もアルピナには一切通用しない。とりわけ苦労する様子も見せず、彼女は構築した魔剣でそれを受け止めた。


「悪くない攻撃だ。しかし、まだワタシには届かないな」


「それでも、魔剣を出させたんだ。上出来だろ?」


 フッ、とアルピナは笑うことで彼の問いかけに答える。特別な言葉は不要だった。剣と剣がぶつかり合う音は、二柱の心情を代弁してくれる。

 そして、二柱の戦いは更に苛烈さを増していく。瓦礫と土煙が舞い上がり、二柱の姿はそれに隠れることで誰の眼にも映らない。魂を認識できる瞳を持つ者だけが、その戦いの経過を追うことができていた。

 不可視の斬撃が剣を離れて飛び去ることで遠くの建物を両断する。剣と剣がぶつかり合うたびに生じる火花が魔力を受けて小規模な爆発を幾つも浮べた。それらを掻い潜り果敢に攻撃を続けるセナの気迫は真剣そのもの。茶番の気持ちは過去へ捨て去られ、アルピナを本気で討伐しようとする殺気すら孕んでいる様だった。

 しかし、そのどれもがアルピナには通用しない。全ての攻撃は羽虫を追い払うかの如き所作で遇われ、そのお返しとばかりに叩き込まれる強烈な一撃でセナは地に叩きつけられる。

 贅肉が一切ない細身の四肢。柔和で、妖艶で、可憐な雪色の肌の下の一体何処にこれだけの力が宿っているのだろうか。或いは、その小柄で稚い少女の如き身体のどこにこれだけの魔力が内包されているのだろうか。あまりに乖離した肉体と力の差異は、彼女をよく知るセナの警戒心すら欺く。


 クッ……やはり……アルピナの力は異常だ……。まともに受け続けたら、こっちが先に参りそうだ。


 歯を食いしばり、決して猛攻とも言えないはずのアルピナの攻撃を受けるセナ。しかし、防御に徹してもなお彼女の攻撃はセナの心身を消耗させる。魂が警報を鳴らし、茶番であるにも係わらず生命に直結する危険信号を鳴らしていた。

 そんなセナの様子を冷酷な魔眼で見透かしながら、アルピナは猫のような瞳で微笑む。セナを軽く吹き飛ばし、近場に落ちている瓦礫に腰掛けた。脚を組み、黒色のスカートの下から覗く雪色の大腿が妖艶に輝く。頬杖を突き、猫のように可憐で稚い純粋な瞳が舞い上がる土煙の奥で倒れるセナを睥睨する。


「もう終わりか、セナ?」


 アルピナは片手を翳す。体内を循環する魔力が手掌に集約され、黄昏色の輝きが零出した。


〈魔弾射手〉


 手掌から放たれるのは、彼女の魔力が具現化した魔弾の数々。彼女の魔力のみで構築されたそれは、その大きさに似合わない強大な魔力を放ちながら土煙の中へと突入する。やがて、眩い閃光とともに強烈な爆発が生じ、天地が逆転したかと錯覚する様な振動が町全体を襲う。

 アルピナはそんな爆発の眼鼻の先でありながらも、普段と変わらない涼しい相好のまま着弾地点を見据える。爆風が嵐のように吹き荒び、彼女の御髪や身に纏うコートとスカートの裾が激しく靡く。

 やがて爆発や暴風が収まり、町全体を襲撃する振動も鳴りを潜める。ふぅ、と小さく息を吐いたアルピナは金色の魔眼を着弾地点に向ける。そして、その場から一切身を動かすことなく徐に自身の背後に向けて語り掛ける。


「あの状況で避けたのは大したものだ。しかし……」


 アルピナは後ろ手に手を翳すと、背後から襲撃するセナの剣を受け止める。


「まだ足りないな。不意を突きたいのであれば、魂の秘匿は入念にしておけ」


「……これでも、かなり入念に秘匿したんだけどな。それでも見破られるか……」


 チッ、と舌打ちを零しつつセナは剣を引く。それを待ってアルピナは再び立ち上がり、彼の方を振り向いた。


「ワタシでさえ見通せない完璧な秘匿ができるのは、この世界では精々二柱だけだろう」


「そのレベルが必要なのか……まだまだ先は遠いな」


 体中から血が滲出し肩で息をするセナの体力と気力はかなり消耗されてしまっている。アルピナにとっては何気ない一撃だったのだろうが、セナにとってはそうではなかった。本気で死を覚悟し、辛うじてそれを免れた彼の気分は平静とは程遠いほどに荒れていた。


「フッ。確かに遠いが、しかし存在するということは不可能ではないということ。君も、いずれはその領域に立てるだろう」


「かもしれないな」


 さて、と二柱は改めて超常の戦いを再開する。それと同時に、周囲の状況を見極めつつ来るべき時を探る。


「それで、いつまで続けるんだ? 俺としてはまだまだ戦いたいが、そうも言ってられないだろ?」


「そうだな。では、そろそろ決着をつけるとしよう」


 そういうと、アルピナは精神感応をスクーデリア、クィクィ、セナ、アルバートに接続する。くだらない茶番に終止符を打つため、人間達に平和を返却するため、そして本来の目的であるクィクィの救出と龍魂の欠片回収を完了するために彼女は小さく息を吐いて徐に呼びかけた。


『さて、くだらない茶番もそろそろ終わりにしよう。構わないだろう、スクーデリア、クィクィ?』


『ええ、構わないわよ』


『いいよいいよ。ホントはもっと楽しみたかったけど、次の楽しみに取っとくから』


 快諾する二柱の悪魔。特にクィクィに関しては、まるで玩具を前にした幼子のように純粋無垢で悪意が感じられない口調だった。それはアエラを人間扱いしていない為か、或いは人間扱いした上での発言なのか。それを知るのはクィクィのみ。

 彼女を知らなければその反応は恐怖でしかないが、しかしアルピナもスクーデリアもクィクィとの付き合いはかなり長い。億を超える時の流れが形成した彼女達の信頼関係がその感情を打ち消した。


『セナ、アルバート。キミ達がカギだ。精々、ワタシ達を楽しませてくれ』


 了解、とそれぞれは返答を返す。そして、それぞれがそれぞれの戦いを操作することで極自然な様子を装いながら一ヶ所に再集結する

 やがて、平然とした状態を崩すことがない魔王三柱の前に、それぞれ息を切らして血と汚れに塗れた英雄達が集結した。金色の魔眼が彼らを射竦め、しかしそれに負けないように彼らは自身の心を奮い立たせる。


「さて、そろそろ決着をつけるとしようか。さぁ、かかって来るがいい」


 人間達が想像する魔王としての振る舞いを体現するかのような、暴虐の帝王を彷彿とさせる傍若無人な態度。冷酷な瞳が金色に輝き、蛇のような鋭い眼光が人間の魂を射竦める。


「クッ……」


 アエラの四肢は恐怖で震える。不可視の鎌が喉元に突きつけられているような死の予感が全身を取り巻き、一歩でも動けば無事では済まないのではないか、とすら思わせられる。

 それでも、彼女は覚悟を決めなければならない。プレラハル王国の平和を守る四騎士としての矜持がある限り、彼女は諦める訳にはいかないのだ。


 そうね、私がやらなくちゃ。……いや、私達でやらなくちゃ。


 アエラは、両脇で彼女と同じように魔王と向き合う二人の英雄アルバートとセナを一瞥する。二人とも揃って魔王に対して恐怖の顔色を浮かべ、しかしその覚悟を示すかのように剣を握っている。それが精巧に作られた偽りの相好であることを知らず、親近感を覚えたアエラはソッと背中を押されたような気持になる。

 そして、背中を押される勢いに不退転の覚悟を綯交させるようにアエラは二人に声をかけた。


「いくよッ、アルバート、セナ!」


「おうッ!」


 アエラを先頭に、三人の人間は魔王を相手に突撃する。四柱の神の子と一人の英雄と一人の人間が折り重なる三対三の集団戦。それぞれがそれぞれの思いを胸に、剣と剣がぶつかり合った。

次回、第117話は1/22 21時頃公開予定です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ