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ALPINA: The Promise of Twilight  作者: 小深田 とわ
第2章:The Hero of Farce
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第115話:武装・七光連斬

 アルバートとスクーデリアがヒトの子のレベルから逸脱した超常の戦いを繰り広げている頃、アエラもまたそれに負けじと剣を振るう。眼前で屈託ない満面の笑顔を花咲かせるクィクィは、そんな彼女の努力を無に帰すように軽くあしらう。逸脱者の領域に踏み込めないただのヒトの子では到底追いすがることができない現実を突きつけていた。


 これが……魔王の力……。


 突きつけられる非現実的な現実に絶望を覚えるアエラ。しかし、国の平和を誰よりも希う四騎士としての矜持が彼女の心を奮い立たせる。剣を握り、滴落することも厭わずに彼女はクィクィを睥睨した。


「いいね、その調子でボクを楽しませてよ」


 瓦礫に腰掛け、稚い童のように純粋な声色で語り掛けるクィクィ。殺気を感じさせない佇まいは却ってアエラに恐怖心と絶望感を与えるのに寄与し、罪悪感を抱かない狂気的な快楽殺人者を彷彿とさせる気味の悪さを感じさせる。

 クィクィは、魔剣を掌の上で遊ばせながらアエラの行動を待つ。無意識の挑発行動は彼女の感情の導火線に火をつけ、結果として彼女の覚悟を高ぶらせた。

 しかし、ヒトの子は感情だけで神の子に勝つことはできない。クオンやアルバートといった先天的な才能が必要不可欠だ。つまり、それを持たないその他多数の一人でしかないアエラでは天地が逆転しようともクィクィに傷一つつけることはできない。

 それでも、クィクィはヒトの子が好きだ。とりわけ人間には格別の感情を抱いている。その為、どれだけ無意味な戦闘であろうとも人間と触れ合えているという事実だけでその心は満たされていく。

 しかし、そんな事実を知らないアエラはただただ己の不甲斐なさと圧倒的なまでの実力差に絶望と怒りをため込む事しか出来ない。魔王のように超常の力を持っている訳でもなければアルバートのようにそれに対抗できるだけの才能に恵まれているわけでもない。凡人でしかない彼女は、創作物の主人公のように感動的な結末を手繰り寄せることはできないのだろうか。


「このままじゃ……負ける……」


 自分自身の不甲斐なさに涙が零れそうになるのをどうにか堪え、しかしそれ相応の感情で理性を混濁された彼女は、まともな思考回路を欠落させてしまった。


「あれ、心が折れちゃった?」


 アエラの心情を読みとったように声をかけるクィクィ。ヒトの子を管理する悪魔としての本能と、ヒトの子の価値観では想像すらできない悠久の時を生きて来た経験則。読心術を使うまでもなく推察できる人間の感情を前に、クィクィは攻撃の手を緩める。


「いえ、まだよ! まだ、折れちゃいないわ!」


 理性で心を安定させ、折れかけていた心を無理やり引き戻したアエラは感情を昂らせつつクィクィに攻めかかる。目つきが変わり、ヒトの子としての殻を破りかけているかのようだった。


「おっと、危ない危ない」


 紙一重に感じられる絶妙な距離感で軽やかにアエラの攻撃をかわすクィクィ。稚い笑顔をより一層華やかに染め上げ、人間の底力に歓喜する。


「少しは良くなってきたんじゃない?」


 後天的な逸脱者? まだまだボクの敵じゃないけど、うまく育てばアルバートみたいになるのかな?


 アルバートのように英雄の領域にまでは到達していないものの、アエラの力は人間レベルから足を踏み出しつつあった。それは悪魔どころか魔物を軽くあしらえる程度のものでしかないが、人間の平均的な武力を基準にすれば十分すぎるほど。アルバートや悪魔、魔物の力に引きずられるように発芽したその力は、クィクィに更なる興味関心を誘引させる。 


 計画上、殺すわけにはいかないけど……今後のセナやアルバートの動向を考慮するならこれくらいはないと困るもんね。


 よし、とクィクィは気持ちを引き締める。ただの人間ではなく逸脱者の領域に至った存在と認め、その上で彼女を新たな遊び相手として再認識するのだった。


「それじゃあ始めよっか、アエラ?」


 口元に浮かぶ笑顔と倒錯する無感情な冷たい瞳でアエラを見つめるクィクィは、魂から魔力を迸出させるのだった。



 スクーデリアとクィクィがそれぞれ贔屓にする人間達と楽しい一時を過ごしている間、アルピナはセナを相手にして時間を潰す。全悪魔を統率する悪魔公としての名声は伊達ではなく、その権力に見合うだけの武力を保有しているのは彼女を知る誰もが認めるところ。同じ悪魔から見ても羨望と尊敬と称賛の眼差しを向けられることが多い彼女は、今回もセナから同様の眼差しを向けられていた。

 神龍大戦開戦直後に生まれたセナにとって、アルピナは遥か彼方の存在と呼んで差し支えない。ジルニアと鎬を削り続けてきた武勇伝はいつになっても尊敬の念を抱かずにはいられない。二つの神龍大戦に挟まれた戦間期で繰り広げられたその争いを目撃したこともあるのだが、そのお陰もあり彼女の底知れない実力には畏怖してしまう。

 そんな彼女と、茶番とはいえ剣を交えることができる好機に恵まれたのだ。二度とないだろうその好機を前に、セナは気持ちを昂らせていた。胸を借りるような気持と、或いは上回ってやろうという野心が織りなす興奮状態は、セナの魔力をより強靭なものへと変質させる。


「ほぅ、復活したばかりとは思えない魔力だな」


「そりゃあどうも、アルピナ。だが、せっかくの機会だ。全力でいかせてもうぞ」


「ああ、天魔の理に抵触しない範囲であれば好きにすると言い。さぁ、ワタシを斃してみろ」


 他の人間に聞こえない場所で交わされる悪魔としての会話。そこから始まる二柱の悪魔の戦いは、到底人間とは思えない領域へと昇華される。

 天魔の理は、地界を破壊しない為に設けられた聖力や魔力、龍脈といった神の子の力に対する制限処置。悪魔を統括する立場として、アルピナは改めて彼に注意を促す。当然、彼もそれを知っているため言われるまでもなく放出する力には留意する。

 尤も、既に膜が融解しつつある現状では気休め程度にしかならないだろうがな。

 アルピナは琥珀色の空を見上げて睥睨する。

 第二次神龍大戦の舞台は地界、即ち宇宙空間の全て。それに対して今回の争いはそんな宇宙空間に浮かぶ一つの星の中に存在する一国のさらにその中に存在する一つの町が舞台に行われている。これだけの狭い範囲にこれだけ大量の神の子が集結すること自体が非常に稀であることから、例え天魔の理で力の放出量を制限しても意味をなさなかったのだ。

 さて、とアルピナは小さく息を吐く。セナに合わせて魔力を放出し、彼の攻撃を迎え撃つ。天魔の理が定める力の放出制限は、各神の子が持つ全力の六割まで。しかし、セナの六割はアルピナにとっての四割にも満たない。それでも、アルピナはこの状況を楽しむように笑顔を浮かべる。


 ワタシを精々楽しませてみろ、セナ!


 セナが人間のフリをする都合上、その戦いの舞台は必然的に地上になってしまう。しかし、そんなことをまるで意に介さないとばかりにセナは果敢に攻めかかる。茶番ではなく本気で殺しにかかる時のような覚悟の眼光を放ち、遠慮の欠片も無い殺気を振り撒く。

 それでも、セナ攻撃はただの一度もアルピナに傷を負わせることはできない。全て紙一重で躱すか、或いは指先で軽く受け止められる。魔剣を構築する必要すらない、といった具合の冷徹な微笑を浮かべ、お返しとばかりにその肉体を容易に吹き飛ばす。


「……グッ!」


「どうした、セナ? その魔力は飾りだったか?」


「まだまだッ!」


〈武装・七光連斬〉


 セナの身体が直線的な光の軌跡を描いてアルピナに襲い掛かる。瞬きにも満たない刹那的時間の間に繰り出される斬撃はアルバートが放つ技の二倍以上。その速度は新生悪魔にすら見切れるかどうか。ヒトの子では、例えアルバートであろうとも残像すら捉えられないのは確実だろう。

次回、第116話は1/21 21時頃公開予定です

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