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ALPINA: The Promise of Twilight  作者: 小深田 とわ
第2章:The Hero of Farce
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第114話:魂の在りか

 アルピナは、大まかに事の顛末を伝え終わる。レウランディを巻き込んでしまったことを僅かに残念がりつつも、しかし計画の遂行が最優先だと割り切って話を転換させる。


『さて、暫くは周囲への状況周知の為にもそれらしく戦うとしよう。クィクィ、君の相手は純粋な人間だ。誤って殺さないように気を付けることだな』


 あのさぁ、とクィクィはアルピナの忠告に対して頬を膨らませる。しかし、それは決して心の底から怒っているわけではない。いつもと変わらない、二柱の仲睦まじい戯れ合いでしかなかった。そんな彼女達のやり取りに微笑ましい感情を抱きつつ、それを悟られることがない苛烈な剣戟が精神感応の外では紡がれていた。


『ボクがそんなことすると思う? アルピナお姉ちゃんじゃないんだから、手加減位できるよ』


『ほぅ?』


 眉をピクリと動かして反応するアルピナ。冗談冗談、と幼気な笑顔を振りまいてその場を誤魔化そうとするクィクィ。一触即発のように見えて、しかし一切の殺気や苛立ちを感じさせない長閑な空気。まるで仔猫同士の遊びを彷彿とさせるそれは、懐かしさを孕んでいた。

 そんな二柱のくだらないやり取りを横目に、アルバートはスクーデリアに弄ばれていた。氷の女王のような冷徹さを含みつつもどこか温かい佇まいは、大国の貴族を彷彿とさせる気品に包まれていた。


「ふふっ。思ったよりはやるようね、アルバート」


「それは光栄ですね。しかし、この程度で満足するわけにはいかないでしょう?」


 激化する戦いのお陰で、アルバート達の会話がアエラやエフェメラに漏れ聞こえることはない。その為、精神感応を使用することなく普通に会話を交わす。

 瓦礫と土煙を巻き上げ、剣と剣が幾度となく衝突する。本人の魔力と借り物の魔力が激突し、火花と閃光が重なり合う。

 見えない斬撃がアルバートの頬を切り裂き、鮮血が噴き出す。チッ、と舌打ちを零し果敢に反撃に打って出るアルバートだが、しかしスクーデリアにかすり傷一つつけることはできない。


 少しずつだけど、私の魔力が馴染んでるようね。クオンには到底及ばないけど、これなら今後も多少は使い道があるかしら?


 この戦いは魔王を敵と見做す人間達に対する欺瞞。それと同時に、スクーデリアはアルバートの稽古としてこれを最大限活用する。アルピナがクオンに対して施したそれと同じく、彼の魂に埋め込んだ彼女の魔力を最大限利用できるよう、彼の心身がより最適な状態へと変質するように促していく。

 そのお陰もあり、彼女の戦いは他の場所で行われている戦いと異なり異様なほど激化していく。アルバートは最早その戦いの目的を忘れたように全力を尽くし、スクーデリアに対して全霊の剣を振るい続けていた。

 しかし、それだけやってもアルバートではスクーデリアに及ぶことはできない。彼女の全力に対して一割にも満たないごく僅かな力で遇われ、その身は地面に投げ出される。


「グッ……」


「あら、もうお終い? 威勢だけは良いのね?」


「チッ……次元が違い過ぎる……」


 袖で血を拭い、アルバートは独り言ちる。息を切らし、滲出する汗と血に忌々しい感情を見出すほどに苛立つ。悪魔と人間、即ち神の子とヒトの子の格の違いを見せつけられ、どうしようもない絶望感に魂が囚われる。

 それでも、彼の体内を循環する英雄としての血が彼の心を鼓舞する。それにより、辛うじてながら彼は自尊心を亡失することなくスクーデリアに戦いを挑むことが出来ていた。

 しかし、どれだけ気丈に振舞っても気持ちだけで彼女に勝つことは到底不可能である。決して殺されない状況であるが故に、心が折れない限り負けることがないという点だけが保証されている。だからこそ、アルバートはどれだけ赤子のように遇われようとも隷従した敗北者のように粗雑に打ち捨てられようとも立ち上がることができた。

 そんな彼の、英雄の称号を体現するかのように何度も立ち上がり眼前で冷徹な殺気を放つ魔王スクーデリアに立ち向かう雄姿。それは、その場に居合わせた大勢の兵士の眼に賞賛と尊敬と羨望の感情とともに映る。誰もが彼を人類の存続における希望の光を体現する勇者として見出し、彼に対して最大限の奇蹟を希う。

 しかし、彼ら兵士達は知らない。アルバートは悪魔に魂を売り払い、今や人間の味方ではなくなってしまったのだ。故に、彼ら兵士達の宙ぶらりんな願いは龍脈に汚染されつつある大気に霧散するのだった。そんな板挟みの環境に苛まれるアルバートは、心中で彼らに謝罪する。そして、改めて眼前のスクーデリアに注意を向ける。

 小さく息を吐き、意識を自己の体内に向けた。血液とともに体内を循環する力、即ちスクーデリアから授かった魔力の流れを読みとろうとする。


 悪魔達の実力は魔力に左右されている。ならば俺も、授かった魔力を自分の力に変換できれば……。


 しかし、スクーデリアと戦いながら己の内奥に存在する魂に意識を傾けるのは至難の業。そもそも、アルバートは魂の存在をつい先ほど知ったばかり。本能として魂の存在を認識し、それの管理を生業としている悪魔達と同じように見通せるはずがないのだ。


 難しいな……。せめて戦いながらじゃなかったらまた違ったかもしれないんだが……。


 思うようにいかない煩わしさに軽度の苛立ちを覚えつつも、アルバートは呼吸を整えて魂と向き合う。そんな彼の様子から何をしようとしているのかを察したスクーデリアは、柔らに微笑む。人並に苦労している彼に感心しつつ、しかし悪魔という人間の上位者としての威厳を保持するように言葉をかける。


「なかなか苦労しているようね、アルバート。でも、自力でその考えに到達したのはお利口よ」


「……いえ。頭ではわかっているのですが、こうも結果が追いついていなければ意味もないでしょう」


 とっかかりすら掴めず、アルバートは煩悶とした相好を浮かべる。そんな彼に対し、スクーデリアはアドバイスとも追い打ちともとれる言葉を投げかける。


「ふふっ。本来ヒトの子は魔力やそれに準ずる力を持たないもの。認識が難しくても仕方ないわ。でも、アルピナ曰くクオンは魔力を授かったその日の内には魔力を自分の力に変換できていたそうよ。それに、今となって魔力だけじゃなくて龍の力、つまり龍脈ね。それも操れるようになってるわ」


 クオンが寝ている方角をチラリと一瞥しつつ、スクーデリアは純粋な感心の声で呟く。

 ヒトの子が創造されてかなり長い時間が経過しているが、クオンほどの逸材をスクーデリアは未だかつて見たことがない。それほどの成果だった。だからこそ、アルバートがこれほど苦労していることは特別彼が無能であることには繋がらない。しかし、英雄として様々な賞賛を縦にしてきた彼の気持ちとしては才能の差を突きつけられた絶望感にも映ってしまう。


「その日のうちに……しかも龍の力まで……」


 それでも、アルバートは諦めない、寧ろ、同じ人間であるクオンが出来たのだから自分にできない道理はないと希望を見出してすらいた。クオンのように瞬時にとまではいかずとも、時間をかければ可能であることは確定した。心に巣くう靄が払われたようにスッキリとした相好を浮かべたアルバートは改めてスクーデリアと戦いながら自己の魂を見通すべく意識を集中させる。


 楽しみね。この戦いの中で切っ掛けを掴めたら上出来といったところかしら?


 人間の成長性に期待を寄せつつ、スクーデリアはアルバートとの戦闘を続ける。魔剣が黄昏色の輝きを増し、スクーデリアの魔力が町を破壊しながらその規模は果てしなく増していった。

次回、第115話は1/20 21時頃公開予定です。

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