第112話:人間代表と魔王達
一方は、鈍色の長髪を背中に伸ばし淡色のドレスワンピースを纏う気品ある長身の美女スクーデリア。そしてもう一方は、純粋無垢な童のように天真爛漫で明朗快活な小柄な少女の如き様相を振り撒く緋黄色の髪を靡かせるクィクィ。それぞれ、可憐で上品な双眸の裏に潜まれた冷酷な殺気を曝け出しつつアルピナの両脇に並ぶ。
「お待たせ、アルピナ」
「構わない。まだ、全員揃った訳ではないからな」
それより、とアルピナはスクーデリアからアルバート達の方へ視線を動かす。大海のような深みを帯びる碧眼で見つめられ、アルバートとアエラは警戒と恐怖で顔を歪める。押すことも退くこともできず、掌の上で弄ばれる事しか出来ない屈辱感が魂を覆った。
「アルバート・テルクライア、そしてアエラ・キィスだったか? いつまでそこで突っ立ているつもりだ? ワタシ達を斃したいのだろう? 遠慮せずかかって来るがいい」
コートのポケットに手を入れ、アルピナは二人を挑発するように見下す。猫のような瞳から蛇の如き鋭利な眼光が放たれ、二人はその場に縛り付けられる。恐怖が二人の防衛本能を刺激し、足を竦ませていた。
「クッ……」
アエラは、思うように動かない自身の足を恨めしく思う。肝心な時に限って恐怖心に心を支配される自分の弱さを恥じる。しかし、怒れども恥じれども恨めども結果は変わらない。ただその場で石像のように固まる事しか出来なかった。
アルバートもまた同様の心境を抱いていた。スクーデリアに魂を売った結果、建前とは裏腹に本心はアルピナ達の味方となっている。しかし、偽の敵と相対しているにも係わらずまるで実際に敵対しているかのような恐怖が間断なく襲い掛かってきた。
もしかしたら口封じで殺されるのかもしれない、という思いすら湧き上がりもはや何を信じればいいのかよくわからなくなったアルバートは、それでも一縷の希望を見出してアルピナ達の計画に賭ける。深呼吸を重ねて理性を宥め、偽りの恐怖心を顔面に張り付けることでアエラを諮る。
そんなことを露と知らないアエラは、並び立つアルバートから微かな希望を見出すように一瞥し、しかしどうしようもない現状を悟り表情を曇らせる。
「キィスさん、テルクライアさん!」
絶望の泥濘にはまり込んだ二人の耳に突如として届く福音の如き呼び声。戦場の香りにそぐわない可憐でお淑やかな声色。アエラがその声が聞こえてきた方角を振り向くと、四騎士にして天巫女の役職を兼任する少女エフェメラ・イラーフがセナとともに駆け寄ってきているのが瞳に映った。
「イラーフ! ……と、誰?」
あれは、とアルバートは瞠目する。直截目にするのは初めてだが、直感でそれがセナであることを彼は認識した。そして、双方が言わんとしていることは互いの目配せのみで交換され、精神感応を挟まずともこれからすべきことを全て理解した。
「大丈夫なの、前線にまで来て?」
「はい、セナさんに護っていただけていますし、先程から魔物達が動きを止めて大人しくしていますので」
エフェメラの説明に、アエラは納得と疑問が半々になった複雑な感情を浮かべる。セナという人間が果たして何者か皆目見当がつかず、疑義の念で彼を見るとともにアルバートに尋ねる。
「アルバートは知ってる?」
しかし、アルバートは応えられない。セナがどういう名目でエフェメラに取り入っているのか聞かされていないため、下手な発言で矛盾を創る可能性があるのだ。そんな言い淀む彼の代わりを成すように、セナが自然な態度で代わりに発言する。
「失礼いたしました。私はしがない旅の者セナと申します。テルクライア殿とは、魔獣退治を数度協力させて頂いたことがある関係でして、今回も偶然この町に居合わせたので勝手ながら協力させて頂いた次第です」
「成る程、そうだったのね。それじゃあ、そのまま引き続き協力してもらおうかしら?」
畏まりました、とセナは恭しく頭を下げる。そして、アルバート達と肩を並べる様に立つとアルピナ達と対面する。携えた剣を抜き放ち、金色に光る瞳で彼女達を睥睨した。
「ここは私達に任せて、イラーフ殿は他の兵士の方々をお願いします」
わかりました、と彼女は他の兵士とともに後方へ下がり、負傷と疲労でボロボロになった彼らを護る様に立つ。それを見届けたセナは、改めてアルバートとアエラに一瞥しつつ言葉をかける。
「……とは言ったものの、これは……」
セナは言葉が詰まる。それも含めてすべて演技なのだが、アルバートですら一瞬騙されそうになるほどの演技力。改めて彼が悪魔であることを疑ってしまいそうになった。
しかし、尻込みするのもそこそこに三人は覚悟を決める。眼前に立つ三柱の魔王こと悪魔達に毅然として立ち向かう。
「ほぅ、漸く覚悟が決まったか。では、君達の覚悟を見せてもらおう」
アルピナ、スクーデリア、クィクィはそれぞれ笑みを浮かべて三人の人間の前に立ち塞がる。セナ対アルピナ、アルバート対スクーデリア、アエラ対クィクィという組み合わせで同時多発的に三つの戦闘が開始された。
しかし、一見して人類の存続を賭けているように見える戦いも、その本質は完全なる茶番。アエラを除く全てが虚構の覚悟でぶつかり合い、宴会芸の如きくだらない演技で尤もらしさを演出する。故に、激しく行われている戦いの裏では、悪魔達による精神感応の網が広がっていた。
『さて、くだらない茶番が始まったが、いつ終わらせるかはアルバートとセナに委ねよう』
了解、とセナは快諾し、アルバートもそれに続くように了承する。そうしている間にも爆発音と衝撃波が幾重にも重なりあい、茶番とは到底思えない激戦が繰り広げられている。
そんな中、アルバートは先ほどの精神感応の続きとばかりにアルピナに問いかける。
『それで、アルピナ様。先程の件ですが、一体何があったのでしょうか?』
『ああ、まだ説明の途中だったな』
◆◆◆◆ ◆◆◆◆
時は少しだけ戻り、アルピナとルシエルはレインザードの上空で対峙する。聖力と魔力が衝突を繰り返し、天頂の琥珀空からは懐かしい龍脈が雨のように降り注ぐ。金色の魔眼が輝き、龍脈を内包する風で青い差し色が入った黒髪が靡く。
それに対して、ルシエルもまた可憐で清楚な御髪を流し、神聖な香りが漂う衣服を靡かせてアルピナを睥睨する。手にした聖剣からは濃密な聖力が放出し、彼女の魂と連動して猛烈な殺気を含んだ覇気も零している。
「なかなかどうして君はしぶといな、ルシエル」
「貴女こそ、相変らずふざけた魔力ね、アルピナ公」
それでも、ルシエルはセツナエルの下命により剣を振るう。しかし、クィクィを奪い返されてしまい、もはやその目的は崩壊してしまっていた。その為、その目的のために必要だった手段が彼女の目的と化してしまい、ただ彼女自身の私欲のための戦いへと変貌してしまっていた。それでも、双方は互いの心に従って戦いを継続し、町の崩壊を気にすることなく爆発と衝撃を辺り一面に振り撒いていた。
しかし、ルシエルとアルピナでは実力の差が大きかった。天使と悪魔では天使の方が相性上有利だが、アルピナの方がルシエルより幾分か早く生まれたことからその相性差は意味をなさない。しかしそれも、草創の108柱の中でも最初期に生まれたアルピナより早く生まれた天使の方が珍しい以上、仕方ないことだった。それでもイルシアエルやテルナエルと比較すればかなり年齢差は小さいため、天使の中では比較的肉薄できている方だろう。
「お互い一度も死んでいないとはいえ、こうも実力に差があると気が滅入るわよ。一体、何が貴女をそれほどまで強くしたのかしら?」
「ジルニアのお陰、とでも言っておこう。寧ろ、あれだけ戦い続けて成長していなかったらそれはそれで問題だろう?」
「それもそうね。周囲の迷惑も考えずでたらめに戦い続ける貴女達に一体どれ程苦労した事かしら?」
懐かしいわね、とスクーデリアは笑う。それに釣られるようにアルピナもまた当時を懐かしんだ。
次回、第113話は1/18 21時頃公開予定です。




