表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ALPINA: The Promise of Twilight  作者: 小深田 とわ
第2章:The Hero of Farce
108/511

第108話:アルピナとヒトの子

 そういうとクィクィは魔眼を振り払う。それはイルシアエルとテルナエルの瞳にすら映らないほどの早業。音を置き去りにするような超速の剣技は、切られた本人ですら切られたことに気付くことが遅れる。

 その斬撃は二柱の身体ギリギリを掠める様に飛び、二柱の背後に聳える家を粉砕する。文字通り粉末状に切り刻まれた瓦礫は、雨のように二柱の頭に降りかかる。


 は……早すぎるッ⁉


 何も……見えなかった……。


 それは純粋な力量の差か、或いは諦観の境地故に意識が疎かになっていたのか。そのどちらにせよ、勝敗が決定的であるが故に反撃の余地は残されていなかった。


「ねっ?」


 恐怖に背中を押されるように、イルシアエルとテルナエルは立ち上がる。臀部を手で払い、小さく息を零した。反撃しようなどという気は微塵も起こらない。屈辱的ではあるが、二柱はクィクィの言葉に従ってその場を去ろうとする。その最中、平時の雑談を彷彿とさせる長閑な口調でテルナエルはクィクィに話しかける。


「ところでクィクィは、アルピナが契約を結んだあの人間の事をどう思ってるの?」


「えーっと……あぁ、クオンお兄ちゃんでしょ? どうっていわれても、別に特別な感情なんてないよ。だって、まだ話したことないんだもん。でも、急にどうしたの?」


「ああ、そうだったね。いや、ただ気になっただけだよ。アルピナ公がヒトの子と契約を結ぶなんて僕が知ってる限りだと初めてだから」


 そういえば、とクィクィは納得する。アルピナとの長い長い付き合いの記憶を巻き戻し、改めてアルピナとヒトの子との間には全くと言っていいほど関わりがなかったことを思い出した。

 クィクィは他の悪魔と比較してヒトの子、その中でもとりわけ人間との関わりが多い部類になる。その為、アルピナがヒトの子と関わりを持とうとしない様にはいつも疑問を抱いていたことを思い出した。



◆◆◆◆     ◆◆◆◆



【約2,500,000年前 魔界】


 黄昏色の空が三次元的に空間を埋める特殊な空間。魔界と呼称されるそこは、この世界に生きる全ての悪魔が集まる固有の領域。空気の代わりに魔力が空間を満たし、その領域を主張する。上下左右が失調する様な代り映えのない空間の中に巨大な浮島が点在し、その中にいくつもの建造物が散在する。ヒトの子の文化文明のようでありつつもどこか異なる様にも感じる特殊な装飾は、悪魔固有の趣味や好みの中にヒトの子の文化文明から持ち帰ったものを織り交ぜたもの。質素ながらも趣を感じさせるそれは、不思議と心落ち着かせる。


「ねぇねぇ、アルピナお姉ちゃん?」


 二柱の悪魔は、椅子に座って徐に息を吐く。机の上に置かれたティーカップからは温かな湯気が立ち上り、芳醇な香りを漂わせてくれる。石造りの壁と床には、半円アーチの巨大なステンドグラスから差し込む光が差し込むことで色とりどりに染まっていた。


「どうした、クィクィ?」


 アルピナと呼ばれた少女型の悪魔は、ティーカップをテーブルに置きつつ返答する。黒に青い差し色が入った髪を肩程に伸ばし、猫のように大きくやや吊り挙がった碧眼が妖艶に輝いた。両足を組み、黒いミニスカートの下から覗く雪色の大腿は少女らしい可憐さの陰で官能的な香りを見せてくれる。一方で、それと倒錯するような男性的な漆黒のコートが肩に掛けられる事で、彼女本来の勇ましさや冷酷さも強調されていた。

 対して、そんな彼女と席を共にするクィクィという悪魔もまた、アルピナに負けず劣らずな可憐さを漂わせる。年頃の少女らしくもあり童顔な男児らしくも感じられる稚い相貌を一層彩る様に伸びる黄髪は可愛らしく纏められ、艶やかな紅色の口唇が紅茶に濡れる。そして、身に纏う服装は中性的ながらも淡い彩が随所に鏤められて柔らかに揺れた。

 そんな彼女は、一見して男子型の悪魔のようにも女子型の悪魔のようにも感じられる。声と髪型だけみれば間違いなく女子型だろう。しかし、それを隠した風貌は男子型と間違えられても文句は言えないような雰囲気を漂わせる。現に、あらゆる世界に存在する全ての悪魔を統括する立場にあるアルピナですらクィクィの解剖学的性別を認知していない。果たしてクィクィが人間の男性形と女性形のどちらのモチーフなのか、それは本人以外は誰も知らない秘密となっている。


「ずっと気になってたんだけど、アルピナお姉ちゃんってヒトの子と関わる事ほんとにないよね。いっつも、ジルニアお兄ちゃんと戦ってるか他の世界の様子を見に行ってるかばっかり」


「ヒトの子が創造されて日も浅い。急ぐ必要もないだろう」


 アルピナはティーカップを手に持つと、静かに口元に運ぶ。心落ち着かせる香りが鼻腔と口腔を満たし、彼女は小さく息を吐いた。

 アルピナは悪魔の長として、神によるヒトの子の創造から各世界の創造に至る一連の流れに深く関与している。こうして一つの世界で地に足を着けて生きているのも、現場の眼からヒトの子を見守るよう神から言いつけられたためである。

 しかし、各世界およびヒトの子が創造されてよりかなりの時間が経っている。一向にヒトの子と関わりを持とうとしない彼女の態度に、クィクィは訝しがらざるを得ないのだ。


「そうかな? ボクがよく行ってる星の暦を基準にしたら7,500,000年くらい経ってるよ。ヒトの子はボク達と違って寿命があるし凄く弱いんだから、あんまりのんびりしてると全滅しちゃうかもしれないよ?」


「滅びたのであれば、所詮はその程度の存在だったという事だろう。必要な存在が生存し、不必要な存在が淘汰される。それはそれで美しくもあるだろう?」


 弱肉強食の生存競争は、魂が霧散しない限り不滅の存在であり生きた年代が実力に比例する神の子にはあまり馴染みがない概念。クィクィは、想像につかないといった具合に首を傾げた。


「うーん……どうだろう? ボクにはよくわかんないや。でも、アルピナお姉ちゃんがそう言うんならきっとそうなんだろうね」


 それでさ、とクィクィは話を変える。稚い相貌が可憐に輝き、純粋無垢な童のように明朗快活な声色で話す。


「さっきも地界に行ってきたんだ。すっごい面白かったよ」


「ほう。相変わらず君はヒトの子が、とりわけ人間のことが好きだな。ところで、人間達は我々悪魔や天使達に対する認識はあるのか?」


 うーん、とクィクィは顎に手を当てて考える。これまで会ってきた数多の人間達、そして深くかかわることがなかった他の人間達、そして悪魔にとっては短く人間にとっては長い時間の流れが生む文化文明の変遷。それらから導き出せる予想をクィクィは徐に口にする。


「知ってる人は知ってるって感じかな?」


「そうか。世界が創造された際の規則の中に、我々は正体を秘匿しなければならない、という文言は用意されていない。しかし、人間に限らずあらゆる生命は未知に対して恐怖を抱く。恐怖は自己防衛の力を生み、それは時として狂気に満ちた暴力となる。油断するなよ」


腕を組み、瞳を閉じて徐に呟くアルピナ。声色は低く、まるで戦いの最中にある様な緊張感に包まれた。それに対してクィクィは、至って変わらない楽観的な態度を崩すことなく笑った。


「はははっ、大丈夫だよ。ヒトの子って、アルピナお姉ちゃんが思ってる以上に弱いから。それにしてもアルピナお姉ちゃん、悪魔と魔界の管理でいろんな世界に引っ張りだこになってるせいで、地界に行く時間があんまりないらしいね」


 そうだ、とクィクィは勢いよく立ち上がる。アルピナの顔に近づいて、興奮したように話す。近すぎる距離感にアルピナは無意識に距離を取りつつ、クィクィの言葉を聞いた。


「今度、アルピナお姉ちゃんも一緒に行ってみようよ!」


「……フッ、そうだな。君がそれだけ興味関心をそそられるほどのものがあるのであれば、一度くらいは顔を見せてもいいかもしれない」


 アルピナは微笑む。猫のような碧眼が輝き、可憐な少女のような相好が荘厳な建物の中で瞬いた。



◆◆◆◆     ◆◆◆◆

次回、第109話は1/14 21:00頃に公開予定です

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ