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ALPINA: The Promise of Twilight  作者: 小深田 とわ
第2章:The Hero of Farce
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第105話:クィクィ

 こうなったら、とクオンは遺剣に宿るジルニアの龍脈を体内に逆流させて瞳に集約する。魔眼で不可能な領域も、天使に対して特効がある龍眼を重ね合わせることでより鮮明に見通すことができるかもしれない。ある種の賭けのようなものだった。

 やがて瞳に到達した龍脈は、クオンの魔眼を上書きする。かつての大戦でその存在感を誰よりも見せつけていたジルニアの瞳が、10,000年の時を経てこの地界に蘇った瞬間だった。大嵐のように吹き荒ぶ龍脈が瞳から溢出し、対面するクィクィの髪を激しく靡かせる。


「クッ……」


 しかし、その激しさはクィクィのみならず使用者のクオンの身体すら容赦なく蝕んでいた。両眼は充血し、鮮血が涙のように滴り落ちる。脳が手でかき混ぜられたようにざらつき、苦痛で相好は歪んでしまう。呼吸が乱れ、意識を手放してしまいたくなる。しかし微かに踏みとどまっていた理性を手繰り寄せ、クオンは強制的に意識を保つ。


 ハァ……ハァ……流石にキツいな……。


 止めどなく流出する鮮血を袖で拭いつつ、クオンは無謀な行為に走った自分の愚昧さに舌打ちを零す。それでも、辛うじて成功したという事実に微かな喜びを見出すことでその愚行を正当化する。

 何より、そんな彼の行動を誰よりも喜んでいたのは他でもないアルピナだった。ルシエルの攻撃を片手間であしらいつつ、遺剣から迸出する龍脈を肌で触れる。そして、クオンの瞳に宿るジルニアの瞳に懐かしさを見出すのだった。


「あぁ、久し振りに会えたな、ジルニア」


 少女のように可憐で美麗で、同時に悪魔的に官能的で恍惚とした笑顔は最近の彼女らしからぬほどに懐かしさで満ち足りていた。しかし、それほどまでにアルピナとジルニアの紐帯は特別なものであることはルシエルも承知の事であるだけに驚きはない。しかし裏を返せば、それほどまでにジルニアの力がクオンの瞳に大きく発露しているという事の証左でもある。さすがのルシエルも、最大限の警戒心を抱くと共にクィクィの支配に対して諦観の想いすら抱いてしまう。


「なるほど、これも貴女の作戦の内なのね、アルピナ?」


「作戦? さぁ、何の話だ? こればかりは、さすがのワタシにも予想外だ。もう少し時間がかかると思っていたのだからな」


 喜びで頬を綻ばせつつ、アルピナはルシエルを翻弄する。感情が行動に影響を与え、加虐的な態度が色味を増す。愉悦に浸り、冷酷で悪魔的な微笑みを浮かべつつ彼女はルシエルを甚振る。それと同時に、心中では精神感応を繋いでクオンに優しく語り掛けていた。


『なかなか様になったようだな、クオン』


『そんなわけ……あるかよ。ヒトの子の器で龍脈……ましてや皇龍の力を受け止めるのは……さすがに無理があったみたいでな。辛うじて耐えてはいるが……もって数分が限度……だな』


 途切れ途切れになりながら現状を訴えるクオンの声。弱々しくも勇ましさが増した声色は、避けられない戦いを経た成長の証だった。


『天使が用いる天羽の楔や我々悪魔が行う契約と異なり、遺剣から齎される龍脈は正規の手順を踏んで手に入れたわけではないからな。神の子と異なり軟弱な心身と魂しか持たない人間では、それも仕方ないことだろう』


 もっとも、君以外のヒトの子が同じことをすれば一瞬で肉体が崩壊するだろうがな。


 相変わらず何もかもが規格外だな、とアルピナは深層心理で笑いつつ、龍脈を受け止めようと藻掻くクオンを微笑ましく見守る。


『まあいい。数分しか持たないのであれば、その数分で決めればいいだけの事。当然、君ならできるだろう? 戻りかけたクィクィの理性と協力しつつ一撃で決めることだな』


『ああ、そのつもりだ』


 精神感応を切って、クオンは改めてクィクィと向き直る。少しばかり肉体と龍脈が馴染んだのか、脳を直接手でかき混ぜられるような苦しみは僅かにだが収まったような気がした。それでも通常時なら到底耐えられない様な苦痛であることには変わりなく、あまりのんびりしていたら肉体より先に精神が狂ってしまいそうだった。 


「さて、そろそろ助けてやるぞクィクィ!」


 クオンは龍眼を開いてクィクィの魂を見透かす。アルピナから授かった仮初の魔眼では見通すことができなかった細部まで詳らかにすることで、クィクィの魂に張り巡らされたルシエルの精神支配の痕跡を探す。


 これは……凄いな。いや、魔眼でも十分凄かったが、これならいける!


 遺剣を握るクオンの手に力がこもる。充血した両眼から涙のように鮮血が流れるが、それを無視するようにクオンは腰を落とす。遺剣を構え、龍脈と魔力を綯交させた力を剣身に纏わせる。ルシエルの魂は死を直感し逃走の手段をとらせようとする。しかし、それをクィクィの理性が抑え込む。僅かに取り戻した理性で肉体の主導権を一時的に取り戻し、クオンの前にその魂を晒す。


『これでいいんでしょ、アルピナお姉ちゃん?』


『ああ。最高だ、クィクィ』


 さあ、決めろクオン!


 自分がすべき最善の行動を確実にとって笑うクィクィに、アルピナは最大限の賞賛を送る。そして、その勢いをそのままに、クオンの背中を押した。


〈龍魔融離斬〉


 黄昏色と琥珀色のオーラが入り混じった剣を振り、クオンはクィクィに突撃する。音を置き去りにするような超速の突撃による衝撃を刃に集約させ、遺剣はクィクィの魂に迫る。そして、それに巣くうルシエルの精神支配の残滓を正確に捕らえ、一欠片の痕跡すら残すことなく魂から分離させる。

 一切の瑕疵をつけることがない神業的な剣筋に、その一部始終を追っていた誰もが関心の声を漏らす。アルピナも、スクーデリアも、そしてクィクィ自身や敵であるはずのルシエルまでもがその動きを止めて呆然と立ち尽くす事しか出来なかった。


 ああ……限界だ……。


 龍脈に心身を蝕まれ、体力と気力を使い果たしたクオンは意識を手放して地上に向けて自由落下を始める。龍眼も閉じられ、辛うじて遺剣だけは手放すことなく、弾丸のような速度で雲を貫く。


「おっと、危ない危ない」


 そんな彼を受け止めたのは、黄色い髪を琥珀色の空で輝かせる一柱の悪魔。髪型や服装、体格からして小柄な少女型の悪魔のように見えるが、しかしどこか男子のような雰囲気も纏わせるどっちつかずな性別を醸し出すその悪魔の名はクィクィ。今しがたクオンが救助した、アルピナとスクーデリアにとってかけがえのない大親友だった。


『おまたせ、アルピナお姉ちゃん、スクーデリアお姉ちゃん!』


 精神感応で元気溌剌な声色で声をかけるクィクィ。その態度も魔力も魂も、ルシエルの精神支配による消耗は一切見られなかった。


『君にしてはずいぶん時間がかかったな、クィクィ』


『相変わらず元気いっぱいね、クィクィ。それより、クオンの容態はどうなのかしら?』


 挨拶もそこそこに、スクーデリアの注意はクィクィの腕の中で気を失っているクオンの方へ向いていた。契約により魂が結びついているアルピナと異なり、スクーデリアではクオンの容態は大雑把に死かわからない。なにより避難所に集まっている人間の治療をイルシアエルとの闘いと並行しながら行っている関係上、既に手一杯だった。

 その本心はなにより、付き合いはまだ浅いとはいえクオンは既に大切な仲間なのだ。なによりアルピナの大切な契約相手でもある。心配しない訳にはいかなかった。


『気を失ってるだけだね。ボクの魔力を分ければ多少は回復するかもしれないけど、暫くは安静にした方がいいかもね。ジルニアお兄ちゃんの龍脈で肉体がボロボロだから』


『ああ、そうだな。ならば、クィクィは町の外れの空き家にクオンを寝かせ、スクーデリアの所へ行ってくれ。そろそろ仕上げに取り掛かろう』


『了解』

次回、第106話は1/11 21時頃公開予定です。

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