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ALPINA: The Promise of Twilight  作者: 小深田 とわ
第2章:The Hero of Farce
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第103話:地上と上空

『ねぇ、スクーデリア⁉』


『どうしたのかしら?』


 なんてことないように問い返すスクーデリア。これまでの親切で慈悲深い態度が何処へ消えたのか、と思わざるを得ないほどの豹変ぶりはさすがのアルテアですら驚かざるを得ないのも納得だろう。


『どうしたの、ではないわよ。随分適当過ぎるんじゃない?』


『問題ないわ。私と同じく戦いを好まない貴女だからこそ、少し強引でも死にかけた方が身に付きやすいのよ。安心しなさい、絶対に死なせないわ。それに、私も久しぶりにヒトの子と交流してみたくなったのよね』


 どういうこと、とアルテアは尋ねる。何故急にヒトの子が俎上に上るのだろうか、と訝しがらざるを得ない。脈絡を感じさせない会話の内容に、アルテアは疑問符が幾つも脳裏に浮かび上がる。

 しかし、チラリとスクーデリアを一瞥した時にその理由が全て理解できた。アルテアは、自分とスクーデリアとの間にある決して越えることができない壁の高さを再認識するとともに、その高さに絶望する事しか出来なかった。


『まさか……東の避難所の人間の魂に仕込まれたルシエルの精神支配を除去しようというわけ? イルシアエルと戦いながら?』


『ええ。イルシアエルとテルナエルの二柱を同時に相手しながらだと、流石にの私でも不可能よ。でも、どちらか一方でも請け負ってくれたら問題ないわ』


『そんなの……』


 不可能。アルテアの脳裏に浮かぶのはその一言に尽きる。幾ら残滓の様な精神支配の痕跡とはいえども、それを見えない場所から無翼の天使と戦いつつ行うなど奇蹟としかいいようがない。

 しかしそれと同時に浮かび上がるのは、スクーデリアの魔力操作はアルピナのそれすらも凌駕する全悪魔一の技量を誇っているという事実。その境地にまで至れば、それすらも可能になるのだろうか。得体のしれない恐怖すら浮かび上がるほどの御業は、アルテアを驚愕させるには十分すぎた。


『だったら、私が東の避難所に行けば……』


『ええ、それでもよかったと思うわ。でも、今後の事を考えたら戦力の強化は必須なのよ。悪く思わないことね』


 その時、テルナエルはアルテアとの剣戟を加速させる。格の違いが露わになり、精神感応を繋げている余裕がなかった。そのため、アルテアは一時的に精神感応を切断して眼前の天使に集中する。


「クッ……」


 苦悶と苦痛に相好を歪めて、アルテアはテルナエルの攻撃を受ける。受けきれなかった斬撃で血を流しながら、それでも負けじと彼に攻撃を加える。

 それに対して、スクーデリアもまたイルシアエルとの闘いを加速させる。流石の彼女も、見えない場所にいる人間達の魂を間接的に治療しながらの戦闘ではこれまでの様な余裕を保てなかった。可憐な相好が苛烈に据わり、嘗ての神龍大戦の末期時を彷彿とさせる苦悶を浮かべてしまう。


「どうした、スクーデリア侯! さっきまでの勢いは何処に行ったの⁉」


 苛立ちを露わにしてイルシアエルは凄む。秘匿されたスクーデリアの魔力操作を見抜けず、その翻意を見通せない彼女はただ徒に憤懣を募らせる事しか出来なかった。そして、その憤懣を力に変えつつ彼女は更に攻撃の苛烈さを増す。

 しかし、それでもなおスクーデリアの牙城を崩すことはできない。高度に秘匿された魔力操作はイルシアエルに尻尾を掴ませない。そのため、何故スクーデリアの勢いが減弱したのかを見通すことはできない。そのため、彼女の不必要な手加減を疑ってかかる事しか出来ないのだ。

 そのすぐ近くでは、テルナエルとアルテアの戦いも過激さを増強させていく。ただでさえ格下のアルテアは、復活後間もないと言うこともあり必要以上の苦戦を強いられる羽目になっていた。彼女は知らないが、テルナエルもまた神龍大戦で一度死を経験した身の上。しかし、その死までに得た経験の差が大きすぎるのだ。

 それでも、アルテアは必死に食らいつく。死を覚悟しながらの戦いは必要以上に精神を消耗させてしまうが、しかし一度死を経験していることがその恐怖心を気迫させてくれた。その上、今回はかつてと異なりスクーデリアの庇護下にあることが確定している。これに勝る安心感は数えるほどしかないだろう。


「復活したばかりの割には意外と動けるみたいだね」


「貴方から賞賛の言葉が聞けるとはね。そういう貴方は、寧ろ弱くなったんじゃないかしら?」


「ああ、そっか。知らないんだったね。僕もイルシアエルも一回死んでるから。復活したのは最近。だからまだ力が取り戻せてないんだよね」


 イルシアエルとテルナエルが死亡したのは第二次神龍大戦の中期。アルテアやセナ、エルバ達の死亡から300,000年ほど後になる。その為、彼女がその事実を知らないのは仕方がないことだった。

 アルテアはその事実に少々面食らいながらも、神龍大戦の過激さを思い出して納得する。アルテアが死亡したのは大戦の初期だったが、大戦の継続に伴って苛烈さが増したことを知っていれば容易に想像できる。或いは、その想像を上回るほどの過酷さだったかもしれないが、過ぎ去りし過去の真相を求めるのは野暮だと思いあまり深く考えなかった。


「あら、そうだったの? でも、厳しいことには変わりないわね。貴方と私では、生きた時間が違い過ぎるもの」


「そうだよね。君の実力だと、どれだけ足掻いても僕には敵わない。ほぼ同期間死んでたのなら尚更にね」


 ほら頑張って、とテルナエルはアルテアを挑発する。狂気と猟奇に満ちた金色の聖眼でアルテアを嘲笑しつつ、まるで性格悪い上官が部下を甚振るような感覚で翻弄する。鮮赤色の血がアルテアの肌から噴き出し、疼痛を伴って彼女の相好を歪ませる。それでも、スクーデリアの期待に応えようと奮戦するのだった。



 地上では、天使と悪魔がそれぞれの覚悟と使命を胸に聖力と魔力を衝突させる。一方上空では、同じく聖力と魔力が苛烈な衝突を繰り返すことで眩い光球と吹き荒ぶ衝撃波を幾重にも生み出している。しかし地上のそれと異なるのは、天使と悪魔による戦いではないということ。一方は天使対ヒトの子たる人間、もう一方は悪魔同士の戦いだった。

 アルピナと契約を結ぶことで悪魔の力を授かった人間クオンは、濃密な聖力を迸らせる智天使ルシエルを相手に遺剣”ジルニア”を振るう。玉汗が溢出し、傷口から流出する鮮血と混ざり合って頬を伝う。四肢も同様に血で塗れ、疼痛と疲労で眉を顰める。肩を上下させて酸素を求め、何時まで経っても終わりが見えない無限の迷宮に舌打ちを零す。

 一方ルシエルは、そんな疲労などどこ吹く風かと言わんばかりの涼しい顔で見つめる。根本的に異なる神の子とヒトの子の身体構造の差異が露呈し、明確な優劣を生じさせていた。


 くそッ……キリがないな……。さて、一体どうしたものか……。


 手札をほぼ全て使い切り攻めあぐねるクオンは、どうしようもない地力の差を見せつけられて苛立ちを露わにする。まだ切り札的手段は残存しているものの、それを使うにはまだ時期尚早と言うこともありどうしても行動が制限されてしまうのだ。


 せめて地上の仕事が全部片付いてしまえばどうとでもなるんだが……。


 神龍大戦の影響で悪魔の数が非常に少なくなってしまっていることが、この場にも悪影響を振り撒いていた。しかし、どうしようもない事実に苛立ちを覚えても何一つ改善しない事を知っているクオンは、その感情を魂の奥底にグッと押し込む。


『おい、アルピナ』


『どうした、クオン? 負けたか?』


『まだ大丈夫だ。それより、状況は?』


 全悪魔を統括するアルピナは、当然の事乍らこの戦場に参加している全ての悪魔の動向を把握しながら戦っている。自身の眼とスクーデリアから定期的にもたらされる近況報告をすり合わせ、俯瞰的に見渡すその魔眼は、10,000年に渡る戦間期を経ても衰えはみられなかった。

次回、第104話は1/9 21:00公開予定です

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