五、
五、
「おい、大丈夫か?」
ふらふらと、突如現れた春の情景を目で追っていた私を支えるように青年が肩を掴む。そのまま、苔むした岩に座らせてくれた彼に礼を言おうと振り向くと、思わず私はぽかんと口を開けてしまった。
「貴方、野狐だったのね。」
野狐。人を騙すことを生き甲斐にする、所謂化け狐のことだ。春の陽気の中、ゆらゆらと揺れている黄金色の尻尾と耳が何よりの証拠だった。
「気づくのが遅いな。座敷童子さん。」
狐が目を細めて、にやりと笑う。
「そんな顔も出来たのね。」
皮肉を込めて私が言うと、彼は大気を揺らがせて尻尾と耳を仕舞いながら、当たり前だとでも言うように、鼻で笑った。
「それよりも、もうふらふらしたりしないか?簡単な幻術を使っているだけだが、座敷童子の体じゃ負荷がかかるだろう。」
確かに。六百年生きているとはいえ、体自体は十歳ぐらいの幼子で止まっているため、体力も幼子と同じ程度しかない。けれど、一度座ったのが良かったのか、あの現実離れしたふわふわ感はもうなかった。
「大丈夫よ。もう慣れたわ。」
「なら、良かった。」
彼は立ち上がった私に手を貸しながら、鶯の飛び交う様子をちらりと見た。
「これから、もう一つ季節を超えるんだ。三半規管がやられないように、気をつけてくれ。」
恐らくだが、実際の季節に飛ぶのだろう。…、としたら梅雨か夏。そのぐらいだろうか。冬に長居しすぎたと言っていたが、本当に思っていたよりも長いこと彼と喋っていたようだった。
「妖術を使えば簡単に季節を越えられるから楽でいい。座敷童子は人と同じだけの時間を過ごすからな。突然、春を飛び越したら体を壊してしまう。」
どうやら、わざわざ春を乗り継いでいくのは、私の体を気遣ってのことだったようだ。
「ありがとう。」
「まあ、あの森が特殊なのがいけない。太古から存在する場所だからな。人間が作った場所とは時間の流れ方から、空気の澄み方まで、何もかも違う。」
狐はすっと目を細めた。
「夏に飛ぶぞ。俺に掴まってろ。」
再び手を繋いで、腰の辺りに寄り添う。今度は彼の妖術が解けるのだろう。ふらふらしてしまわないように、私は固く目を瞑ったのだった。
ようやく、本来の季節に飛び立ちましたね。
座敷童ちゃんと化け狐くんの仲もほんのちょっとだけ良くなって、僕は嬉しいです。
殺伐とした雰囲気も良いけれど、どうせなら主人公達には仲良くしてほしい。
四季折りの話なので、季節を中心に書いていますが、もう春が終わっちゃいましたね。…まだ、秋までしか書いてないんだ。どうしよう、栗ご飯食べてるところで終わってるよ。何とか休日を使って、頑張って書いていきたいと思います。