三、
三、
「どんな絵も、どんな人間も。例え、どんな文学だって、未完成のままにこの世に生み出される。未完成を至高と呼べば、またそれを否定する人間もいる。
でも、俺はどちらも馬鹿げてる。そう思う。」
私が近づくと、彼は分かっていたように微笑み、私の手に筆を握らせた。
「俺もまた、評価が嫌いだ。だから、此処に逃げてきた。俺と同じ考えのお前なら、この絵に何を付け足す?」
私は彼を見上げた。
言葉にするべきでないもの。それを、彼は知っている。あえて、言う必要のなく。ただ、生きる者は心が震えたままに曝け出せばいいのだと。
「私は家を探している。貴方と同じように、私達を見ようともせず、生き疲れていく人間達から逃れて。」
私を見ることが出来る人間は絶え続けている。世の中の、彼の言う未完成に囚われ続けた末、私達の居場所は消え去った。
そして、此処へ逃げてきた。
「貴方も、そうなのね。私と同じ。人間に忘れ去られてゆくのが、当然の種族。」
立ち上がった彼が、なんの表情も作らずに、黙って私に絵を差し出す。
私はその絵に微笑むと、彼の筆は受け取らず懐から取り出した、もう一本の筆で、見事な菊の隣に文章を書きつけた。
「薄氷の月光花」
菊の隣に、他の花の名前を連ねるのは少々躊躇ったが、今私が記せるものはこれが全てだった。
「希望とは大層なものだな。少女らしい美しい文章だ。」
彼は、ふふっと笑うと私の手から紙を受け取り、くるくると丸めて懐に締まった。
「それだけなの?」
「評価は嫌いなんだ。」
まるで、揚げ足を取るみたいな言い方をする。むっとして見上げると、何故か嬉しそうにしている青年の姿があった。
「さて、俺達は冬に居すぎたな。春を通って、今俺が住んでいる寺まで、帰ろう。」
冬に居すぎた?辺りを見渡しても、何か数刻前と変化があったようには、見られない。灯籠の元で赤く色づいているナナカナドが、私達を静かに見守っているだけだった。
「いいの?私も。ついていって。」
当たり前のように前を歩き出した彼に、私は思わず問いかけた。
「当たり前だ。あの文章と、お前の言葉を聞けば嫌でも、お前が何者なのかくらいわかる。それに、」
青年は、小さい私の手を握ると、私の歩幅に合わせて歩き出した。
「お前の…文章が気に入ったんだ。」
文章が気に入った?一体どういうことかと問いかける前に、急に視界が明るくなった。思わず彼の腰の辺りに身を寄せる。
離す気配のない手を見て、思わずほっとため息をついた。なにはともあれ、暫くは彼の言っていた寺に住み着けばいいだろう。寺というくらいだ。古い建造物に違いない。
それに、
「…。」
光がまぶしすぎて、ほとんど見えないが、私の手を離さないでいてくれる青年を見上げた。
何故かはわからない。けれど、あの絵を描いた彼ならば、同じアヤカシである彼ならば、これから先きっと大丈夫だと。そう思った。
そろそろ夏が到来しますね。
今のうちから、かき氷と冷えピタの準備を進めていますが、
きっと今年も暑さで動けなくなるんだろうな…。
少しでも、暑さを吹き飛ばすために怪談でも書こうかと思っていますが、違う冷気まで寄ってきたらどうしようかと思う今日この頃です。